現役からの引退を発表したフィギュアスケート・宇野昌磨。

5月14日の会見で、引退を考え始めた時期は「2年前くらい」と話していた宇野。

そして、3月の世界選手権を前に取材をした際に、宇野はフジテレビのカメラに向けて、引退することを明かしていた。

世界選手権の前に決めていた“引退”

2023年末の全日本選手権で、宇野は羽生結弦さんに並ぶ6度の優勝を飾った。

年が明け、世界選手権に向けて動き出した宇野だったが、すでにこのときには引退することを決めていた。

「自分がこのことを話すってなると、ようやく自分もその年齢になったというか、感慨深いです。

この世界選手権をもって、現役に一度区切りを、いわゆる引退をさせていただきます」

世界選手権前に行ったインタビューで「引退」について話した宇野
世界選手権前に行ったインタビューで「引退」について話した宇野
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宇野は「引退」という言葉を口にした。

「一度」という言葉に何か含みはあるのか聞くと、宇野はこう答えた。

「含みも一応入れていますが、一年休むということにするか、すごく迷いました。ただ、休養にすると、復帰する目で見られるじゃないですか。

休養してそのままフェードアウトする方も多いですけど、引退したあとにやることも全力でやりたい。

復帰に向けて、という目で見られるより、新たな道としての自分を見てほしいという思いもあったので、盛大な言い方になるかもしれませんけど、“引退”という言葉を使わせてもらいました」

より「楽しい」と思える場所を選んだ

3月に行われたカナダ・モントリオールの世界選手権で「一区切り」と決めていた宇野。

3月の世界選手権、宇野のフリー
3月の世界選手権、宇野のフリー

「フィギュアスケートというものを、自分がここまでトップに来られたからこそ、これだけ楽しく取り組めた。モチベーション高く取り組めたものであった。

今の自分がやりたいことは3年前とまた違って、自分にとっての理想のフィギュアスケートを一番磨くためにショーとかをやっていて。

やりがいを持って、楽しいってより思える場所を自分で選択した、という感じになってくる。勘違いしてほしくないのは、いまのルールや状況などに不満があると思ってほしくはなくて。ただ自分の考えが変わっただけ」

続けて宇野は、現役時にジャンプを全力で取り組むことと、同じレベルの楽しさを見つけることができたと話す。

「引退」を決意した理由を語る宇野
「引退」を決意した理由を語る宇野

「3年前だったら、ジャンプという部分に全力で…、去年までもジャンプに全力を尽くしていましたけど。それは、フィギュアスケートという競技の結果を求めていたからこそだった。

ただ、結果も自分で満足できた上で現役を続けてみたけど、やっぱり『より楽しい』『よりやりがいを持ってやれた』というのはショーとかで、ひとつの作品に向かって、全員で同じ方向を向いて、毎日『より良くしよう』という意思を持ってやれることがすごく楽しく充実して。

まるで、ジャンプを全力でやっている現役生活のときのようなモチベーションの高さでやることができた」

「ただ今は、現役という部分で、どうしてもそういったモチベーションで取り組めない。自分のやりたいことと、目指さなければいけないものの、ちょっとしたズレから、難しいなって思う心境を、この2年間過ごすことはありました。

ただ自分がやるって決めたからこそ、そこに責任を持ってやる、という気持ちでここまで進んできましたが、まあ、離れてみてもいいんじゃないか。そんな感じです」

「疲れた」が前に出て苦しかった

そして、世界の頂点に立ったからこその葛藤もあったと振り返る。

「一番思ったのは、去年の世界選手権でした。終わったあとに『良かった』とか、終わってすぐの心境が『うれしい』とか『安心』よりも、“疲れた”という心境が前に出てしまった感じなので、結構苦しかった」

2023年世界選手権での演技後、宇野は氷上に寝転んだ
2023年世界選手権での演技後、宇野は氷上に寝転んだ

「ジャンプという部分に最善を尽くしていましたが、そのジャンプで浮き沈みがあったり、僕は表現も頑張りたいけど、ちゃんと責任を持って現役をやらなければいけない、という葛藤に耐えつつ。

僕は自分の練習を『努力している』と思ったことはなかったですけど、それは『やりたいことだったから』こそ。ただまあ『努力』になっていたな、と。そういうところから、葛藤はありましたね」

そうした葛藤の契機は、背中を追い続けてきた羽生結弦さんの引退やネイサン・チェンが休養したことにあったという。

ノービス時代の宇野とジュニア時代の羽生結弦さん
ノービス時代の宇野とジュニア時代の羽生結弦さん

「ゆづ君だったり、ネイサンが現役から退いてしまったことも大きくあったと思います。でも、そこから良くやったと思います。

“責任感”というモチベーションって、本当に大事。モチベーションと、向かう方向が同じだとスムーズに進む。

そこがうまくいかないと、本当にうまくいかなくて。その中でもよく頑張ってきたなって。『もういいんじゃないか』というところでもありました」

ステファンには感謝しかない

「引退」という決意を抱え、「良い演技で現役最高の演技で締めくくりたい」と、2月にスイスから来日したステファン・ランビエールコーチとともに世界選手権に向けて、5日間の集中トレーニングを実施した。

2月、来日したステファンコーチと練習する宇野
2月、来日したステファンコーチと練習する宇野

過去にインタビューした際、影響を受けた演技に、宇野は“世界で一番スケートがうまい”とたたえるステファンコーチの名前を挙げていた。

そんなステファンコーチとのマンツーマンのトレーニングは過酷だったが、宇野には笑みがこぼれていた。

集中トレーニングではステファンコーチと腹筋も
集中トレーニングではステファンコーチと腹筋も

「僕がいま思っているのは、ステファンに本当に感謝しているので、ステファンが満足してほしい。

僕が、現役でつなぎとめているのは、そこでしかなくて。ステファンとの歴史は短いですけど、いろんなことがあった。

言葉では難しいですけど、感謝しかしていない。僕もステファンにとっても思い出に残るような演技をしたいです」

集中トレーニングでは苦手だという陸上トレーニングも励んだ
集中トレーニングでは苦手だという陸上トレーニングも励んだ

宇野の思いをステファンコーチに伝えると「10年後、20年後に振り返ったとき、同じ物語を異なる視点で思い出せるように、彼との思い出を特別なスペースに保存しておきます。いつか彼と一緒に振り返って共有できるように。

同じ瞬間を生きていても、10年後や20年後にそのことについて話すと全く違います。その色彩は人によって違うのです。私も思い出を記憶に留めておきます」と語った。

笑顔で終えた、世界選手権

迎えた世界選手権は、宇野、鍵山優真、イリア・マリニン、アダム・シャオ イム ファと、300点超えが4人も出場する史上最強の争いとなった。

ショート後にはガッツポーズも飛び出した(2024年世界選手権)
ショート後にはガッツポーズも飛び出した(2024年世界選手権)

ショートで今季世界最高得点をマークし、首位発進した宇野からは、ガッツポーズも飛び出した。

しかしフリーでは珍しくミスが重なり4位に。それでも研ぎ澄まされたプログラムで会場を包み、温かい拍手が送られた。

フリー後、演技を振り返る宇野は「清々しい」と話した(2024年世界選手権)
フリー後、演技を振り返る宇野は「清々しい」と話した(2024年世界選手権)

フリー直後、宇野は「今日までの練習に悔いはない」「僕らしい。大舞台で素晴らしい演技を、と妄想もありましたが、うまくいかないのが過去の自分を振り返っても多かった。今日まで頑張ってきてよかった」「清々しいです」と演技を振り返った。

後悔がない日々を送ってきたからこその言葉だったのかもしれない。

世界選手権を終えて、笑顔でカメラの前にやってきた宇野
世界選手権を終えて、笑顔でカメラの前にやってきた宇野

現役ラストのシーズンは「自己満足」を掲げて挑み、世界選手権を前にしたときには「世界選手権が終わった瞬間や1つ1つの試合が終わったあとに笑顔でいてほしい」と話していた宇野。

そして、5月の引退会見では現役生活を振り返り、「昔は練習した分だけ試合でできなかった時に悔しいというか、落ち込んだりしていた。

21年間フィギュアスケートをやってきて、しっかり笑顔で終えられる選手になれたというのは、小さい頃に僕が“こうなりたいな”と思っていたスケーターに一歩でも近づけたんじゃないかな」と語った。

競技会からアイスショーへと変わったとしても、宇野はこれからも人々を魅了する演技を見せてくれるだろう。新たなステージに進む、宇野のこれからに期待しかない。

フィギュアスケート取材班
フィギュアスケート取材班