2023年10月7日、パレスチナ自治区・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルへ奇襲攻撃を行って以降、双方の間では軍事的な衝突が続いている。イスラエル軍はハマス殲滅のためガザ地区への攻撃を続けているが、パレスチナ側の犠牲者数は3万人を超えており、諸外国のイスラエルへの非難の声が強まるばかりだ。

同時多発的な反イスラエル・反米闘争

ガザ地区では人道危機が深刻化しており、これまでイスラエル支持に撤してきたアメリカのバイデン政権も苛立ちや不満を募らせている。アメリカとしてはこれによって諸外国から対米不信が強まることを警戒し、最近はイスラエルがガザ南部ラファへの侵攻に踏み切れば、イスラエルへの軍事支援を見直す方針を示している。我々は今日、イスラエルの孤立と強硬姿勢を貫くネタニヤフリスクを見ていると言えよう。

ガザ地区ではハマスとの戦闘が続く(イスラエル軍 3月10日公開)
ガザ地区ではハマスとの戦闘が続く(イスラエル軍 3月10日公開)
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そして、これによってイラクやシリア、レバノンやイエメンを拠点とする親イランのシーア派勢力が反イスラエル、反米闘争を激化させている。イラクやシリアを拠点とする親イラン勢力は現地にある米軍施設への攻撃を毎日のように行っている。1月下旬にはシリアと国境を接するヨルダン北東部にある米軍施設に無人機による攻撃があり、米兵3人が亡くなり、米軍も親イラン武装勢力への攻撃を強化している。

レバノンのヒズボラもイスラエル北部への攻撃を強化し、イエメンのフーシ派は紅海上を航行するイスラエル関連船籍への攻撃を続け、米英軍は同国にあるフーシ派の拠点を空爆するなどしている。

米英軍はイエメンの反政府組織フーシ派の拠点を空爆(2月24日)
米英軍はイエメンの反政府組織フーシ派の拠点を空爆(2月24日)

それぞれの勢力はイランから支援を長年受けるが、それぞれの戦略と判断によって武装闘争を展開してきた。しかし、今回は同時多発的に反イスラエル、反米闘争を激化させており、そこには一種の連帯感さえも見え、こういった現象はこれまで見られなかったと言えよう。

ネット上で報復呼びかけ

イスラム国やアルカイダなどのスンニ派過激勢力も反応している。

エジプトの「イスラム国シナイ州」、ナイジェリア北東部などを拠点とする「イスラム国西アフリカ州」、コンゴ民主共和国東部を拠点とする「イスラム国中央アフリカ州」、サハラ地域を束ねる「イスラム国サハラ州」、アフガニスタンを拠点とする「イスラム国ホラサン州」などイスラム国系組織、シリアの「フッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)」、マリを中心にサハラ地域を拠点とする「イスラムとムスリムの支援団(JNIM)」や「マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」などはネット上でこの問題を頻繁に取り上げ、イスラエルや米国を非難するとともにイスラム教徒に対して報復を行うよう呼び掛けたりしている。

イランを敵視するイスラム国まで同調 欧州ではテロも

アルカイダと違い、イスラム国はイランや親イランのシーア派勢力を強く敵視し、イランの支援を受ける同じスンニ派のハマスを非難するが、こと今回の紛争においては、「スンニ派やシーア派という派閥を超えたイスラムの反イスラエル、反米闘争」という様相を呈しており、両派の武装勢力が1つの紛争をきっかけに同じ方向に舵を切る(攻撃をエスカレートさせ、攻撃を呼び掛ける)ことも初めての現象と言えよう。

実際、10月7日の戦闘直後、ハマスは各地で活動する親イランのシーア派勢力に同調するよう呼び掛けた。

ネタニヤフ政権は攻撃停止の姿勢を一切見せず
ネタニヤフ政権は攻撃停止の姿勢を一切見せず

こういう状況においても、ネタニヤフ政権は攻撃を停止する姿勢を一切見せない。既に、フランスやベルギーでは今回の紛争に触発されたような個人による単独的なテロ事件が発生し、両国ではテロ警戒基準が最高レベルに引き上げられた。ドイツやデンマーク、オランダでは、ユダヤ教施設への攻撃を計画していたとして、ハマスのメンバーとみられる男たちが逮捕されている。

オリンピックに向けたテロ警戒強化へ

今年夏にはフランスのパリでオリンピックが開催されるが、1972年のミュンヘンオリンピックではパレスチナの武装勢力「黒い9月」がイスラエル選手団の宿泊施設を襲撃し、イスラエル人11人が殺害されるテロがあった。今後、フランス国内ではオリンピックが近づくにつれテロへの警戒が強まり、国内のテロ対策がいっそう強化されることだろう。

(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415