シナイ半島に新たにパレスチナ国家を建設することでガザ紛争を終収し、いわゆる「二国間解決」も実現しようという試みが始まったのかもしれない。

エジプト・ガザ境界付近で進む工事

2月半ば、ガザ地区南部に隣接するシナイ半島に、エジプトが広大な土地の整地と周囲を高いコンクリートの壁で囲む工事を始めた。

エジプト・ガザ境界付近で行われている工事(2024年2月17日)
エジプト・ガザ境界付近で行われている工事(2024年2月17日)
この記事の画像(5枚)

エジプトの当局者は米紙ウォールストリート・ジャーナルに対して、ガザ地区でイスラエル軍の最終掃討戦が始まった場合、パレスチナの民間人を避難させるためのもので、広さは20平方キロ、10万人を収容することができると明らかにした。

しかし、この土地の整備をめぐっては、他にも目的があるのではないかと思わせる情報があったのだ。

「シナイ半島北部にパレスチナ国家建設?」

ドイツの左派系研究機関で中東問題に詳しい「ローザ・ルクセンブルグ財団」の機関紙は2023年12月、標題のような記事を掲載していた。

それによると、ネタニヤフ政権のシンクタンク的存在である「ミスガブ国家安全保障及びシオニズム戦略研究所」は、2023年10月に「ガザ全人口のエジプトへの最終的移住」と題した報告書を提出。それに続いて、イスラエル政府によるガザ地区のパレスチナ人の移住計画なるものがリークされたという。

すでに壁が完成している箇所も(2024年2月17日)
すでに壁が完成している箇所も(2024年2月17日)

その計画は、まずガザ地区最南部からシナイ半島に「人道的回廊」を設け、イスラエル軍の総攻撃が始まれば、パレスチナ住民はシナイ半島の「避難地区」に逃れることができ、その場に新しい都市の建設もはじまる。しかしガザ地区に沿って数キロの幅で「無人地帯」が設けられ、脱出した住民はガザ地区に戻ることは許されないことになるというものだ。

要するに、「避難地域」という名目でシナイ半島にパレスチナ人の国家を新設するという考えで、ネタニヤフ首相も2023年にヨーロッパ各国首脳と会談した際に、この計画への支援を要請していたので、ハマス紛争の戦後処理の方策として重視していると考えられる。

エジプト、サウジ、UAEが“関与”か

シナイ半島にパレスチナ国家を建設して中東問題を解決しようという計画は、これまでも折あるごとに浮上していた。

2017年には、エジプトがシナイ半島に1600平方キロの土地を提供し、アラブ首長国連邦などが都市建設の資金を出すという計画が湾岸諸国から提唱され、米国のトランプ政権も支持すると広く伝えられた。

1600平方キロといえばガザ地区の4.4倍で、パレスチナ全人口を収容することもできる計画だったが、結局パレスチナ自治政府の反対で実現しなかった。

エジプト・ガザ境界付近の建設現場の衛星画像(2024年2月21日撮影)
エジプト・ガザ境界付近の建設現場の衛星画像(2024年2月21日撮影)

実は、この時にパレスチナ側でこの計画を推進していたのが、モハメッド・ダーランという人物だった。ガザ地区のパレスチナ軍事部門を率いていたが、その後自治政府の主流派と対立して追放されアラブ首長国連邦に亡命していた。その間に、同連邦の指導者やエジプトのシシ大統領などと親交を深めていると言われる。

そのダーラン氏が2024年2月、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューを受け、「新パレスチナ国家建設」について次のように語っている。

「エジプトとサウジアラビアそれにアラブ首長国連邦の指導者は、パレスチナ国家建設に至る経緯を支持することにやぶさかではない」

パレスチナ国家建設をめぐって3国が関与していることを認めたわけだが、その背後でダーラン氏が計画を推進していることは公然の秘密でもあるようだ。

シナイ半島の「パレスチナ国家」ならばイスラエルも承認

問題はイスラエルの対応だが、ネタニヤフ首相のリクード党の綱領にはこうある。

「西部エレツ・イスラエル(イスラエルの地)の一部を放棄する計画は、我々の国に対する権利を損ない、必然的に「パレスチナ国家」の設立につながり、ユダヤ人の安全を危険にさらし、イスラエル国家の存続を危うくし、平和の見通しを挫折させる」

これを逆に読むと、シナイ半島はエジプト領で「エレツ・イスラエル」には含まれない。そこに「パレスチナ国家」ができることは、イスラエルでも保守民族主義の右翼政党の綱領には抵触しないことになる。

エジプト・ガザ境界付近の建設現場の衛星画像(2024年2月21日撮影)
エジプト・ガザ境界付近の建設現場の衛星画像(2024年2月21日撮影)

つまり、シナイ半島の「パレスチナ国家」ならばイスラエルも承認でき、中東問題解決の鍵を握る、いわゆる「二国間解決」も可能だということになる。

シナイ半島で始まった整地作業やコンクリート壁の建設は、中東に新しい時代をもたらす基礎工事になるのかもしれない。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。