ウクライナやガザ地区のみならず、世界では紛争によって多くの子どもたちが被害を受けている。怪我や病を負った子どもたちの医療支援を50年以上に渡って行っているのが、ドイツ・デュッセルドルフ郊外にあるNGO(非政府組織)ドイツ国際平和村だ。

筆者が先月この村を訪れると、身体に大きな傷を負いながらも目を輝かせて遊ぶ子どもたちの姿があった。しかし一方でイスラエルによるガザ地区攻撃がこの村にも暗い影を落としていた。

大きな傷を負いながらも無心に遊ぶ子どもたち
大きな傷を負いながらも無心に遊ぶ子どもたち
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「帰国したら学校に通いたい」

「大切にしているのは、子どもたちが本当に安心して暮らせる状況を提供することです」

こう語るのはドイツ国際平和村(以下平和村)のビルギット・シュティフター代表だ。平和村では1967年の設立以来、紛争や貧困などによってケガや病気を抱えた子どもたちを祖国から招き、治療して帰国させる取り組みをしている。

ビルギット代表(左から2番目)「子どもたちに安心して暮らせる状況を」
ビルギット代表(左から2番目)「子どもたちに安心して暮らせる状況を」

現在平和村にはアフガニスタン、アンゴラ、ウズベキスタンなど7つの国と地域の、2歳から12歳までの子ども165名が暮らしている。アフガニスタンから来たビビカズムさん(8)は治療のため2年以上平和村にいる。平和村が大好きだという彼女の夢は祖国で学校の先生になることだ。

アフガニスタンからきたハシブラくん(12)とムハマドくん(12)、そしてアンゴラのバエミヤくん(7)は、それぞれ帰国したら学校に通いたいといった。そして不自由な体を装具で支えながら「ここは楽しい」と笑顔で語った。

(左から)ハシブラくん、ムハマドくん、バエミヤくん
(左から)ハシブラくん、ムハマドくん、バエミヤくん

多様な子どもに医療と学びの場を

平和村ではかつて戦火に直接巻き込まれた子どもたちを多く受け入れていた。いまも銃で撃たれ重傷を負った子どももいるが、最近増えているのが「戦争の二次(間接)被害」と言われる怪我や疾病、特に骨髄炎や重度の火傷の子どもたちだ。

いずれも内戦や紛争による医療施設やライフラインの崩壊、衛生環境の悪化によって、適切な治療が受けらず、これ以上治療が遅れれば死に至るほどの状態で平和村にやってくる。

多様な子どもが共存している。(中央がビビカズムさん)
多様な子どもが共存している。(中央がビビカズムさん)

ビルギット代表は「ここには様々な国籍、宗教、文化の子どもが共存しています。ここで身につけたことを祖国に持ち帰って種をどんどん撒いてほしい」という。平和村では子どもたちに医療だけでなく学びの場も提供している。

子どものほとんどは祖国で貧困家庭に育ち学校に通えていないため、平和村では基礎的な読み書きと算数を教えている。授業はドイツ語で行われるが、読み書きは帰国する日のために祖国の言葉を教えるようにしている。

基礎的な読み書きと算数を教える
基礎的な読み書きと算数を教える

「自分の平和」を子どもたちが考える

また「平和」を考えるプログラムでは、子どもたちが「自分が思う平和」を書き記す。教室の壁には「平和は1人1人が始められる」「笑顔でいたら平和にいつかなる」「友情を育むことが平和への第一歩」といった紙が貼られていた。祖国の平和を求める気持ちがにじみ出ていて、読む者の胸を打つ。

さらに文化背景の違う子どもたちが争いになった時、解決策を探すプログラムも行っている。

自分の意思を主張することを学ぶ
自分の意思を主張することを学ぶ

取材当日の学びの場では、女の子6人のグループが3組に分かれ、1人がもう1人の腕をいろいろな道具(例えば、木や紙やすりなど)で触れ、その感覚が嫌なものか、あまり気にならないものかなどを伝えあう。スタッフによると「他人から嫌な感覚や感情を与えられたとき、相手に『止めて』『嫌だ』と言うトレーニングをしている」という。

平和村では自分の意思を主張することを学ぶ必要があると考えている。女の子の1人は止めてと言えず、痛みがでるまで耐えていたが、やがて自分の気持ちを人に伝えられるようになるはずだ。

日本人スタッフが心の不安を取り除く

平和村のスタッフはいま約120名。そのうち子どもと直接触れ合うスタッフは約50名だ。

ほとんどのスタッフはドイツ人だが、日本人が6人いる。リハビリ担当のみのりさんは、テレビ番組で平和村の存在を知り、日本で作業療法士の資格を取って9年前にドイツにやってきた。みのりさんのもとには毎日40名程度の子どもたちがリハビリに訪れる。

みのりさんは子どもの心の不安を取り除こうと語りかける
みのりさんは子どもの心の不安を取り除こうと語りかける

筆者がリハビリの様子を覗くと、子どもたちは笑顔でトレーニングをしていた。しかし心に傷を負った子どもも多く、みのりさんは心の不安を取り除こうと語りかけている。

「子どもたちには身体のせいで、自分の未来を制限してほしくないと思っています。ですから心の保ち方を教えたり、病院と連携して装具をどうやって入手できるかなど情報を伝えています。こうした仕組みをつくることで、子どもの不安を軽減できたらと思います」

歴史的背景がガザの支援を難しくする

いまイスラエルのガザ地区攻撃で、子どもを含む多くの市民が犠牲となっている。さらに医療支援を受けられずに、怪我や病、そして飢餓に苦しむ子どもたちがいる。

平和村ではガザ地区の子どもたちに支援を届けられないか検討しているという。「様々な方法を考えていて実行できるならもちろんしたい」とビルギット代表は言う。

「しかし今のところ実行が可能な状況ではありません。まずスタッフが現地に入れる状況ではありません。また、子どもを招けば新たな病院を確保しなければいけませんが、ドイツの病院には政治的な立場があって、イスラエルとガザ地区、どちらかの子どもを支援するのは難しいと思います」

「支援したいが”背景”があるので難しい」
「支援したいが”背景”があるので難しい」

「支援したいのですが、“背景”があるのでとても難しいのです」

苦渋の表情を浮かべたビルギット代表は、こうして言葉をつぐんだ。ホロコーストの歴史を背負ったドイツが、イスラエルが敵対するガザ地区の子どもを支援するのは国の政治的判断が必要となるのは推測できる。

いまだ先の大戦が、いまを生きる子どもたちに暗い影を落としている。

子どもの笑顔が厳しい現実を忘れさせてくれる(左は筆者)
子どもの笑顔が厳しい現実を忘れさせてくれる(左は筆者)

(執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。