11月5日の米大統領選に向けての戦いが本格的に始まった。

共和党候補選びではドナルド・トランプ氏が予備選で3連勝を果たし、既に共和党は一強多弱化し、“トランプ党”のようになっている。

共和党候補選びで3連勝中のトランプ前大統領
共和党候補選びで3連勝中のトランプ前大統領
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民主党はバイデン大統領一本だが、高齢への懸念が米市民の間で広がり、両者の戦いではトランプ有利という環境が整ってきているようにも映る。

言い換えれば、我々はトランプ再選というシナリオを現実問題として想定し、日本企業としてはリスク最小化のためあらゆる対策を練っておく必要があろう。

トランプ再選で想定されるシナリオは?

では、第2次トランプ政権が誕生した場合、経済安全保障の視点からどのような動きが想定されるのか。

まず考えられるのは、米中貿易戦争の再来だ。

第2次米中貿易戦争とも呼べるが、周知のように中国との膨大な貿易不均衡に強い不満を募らせていたトランプ氏は、第1次政権時に中国からの輸入品に対して次々に追加関税をかけた。

米中貿易戦争の再来?
米中貿易戦争の再来?

中国はそれに応戦する形で米国製品に対して報復関税をかけるなど貿易摩擦が深まり、これは当時日本企業が最も懸念する地政学リスクとなった。

バイデン氏とトランプ氏は理念や価値観などで相容れないが、バイデン政権がトランプ政権から継承した数少ないものの1つが対中政策だ。

習近平国家主席とバイデン大統領(2022年・バリ島)
習近平国家主席とバイデン大統領(2022年・バリ島)

バイデン大統領は中国を戦略的競争相手と位置づけ、新疆ウイグル自治区における強制労働などを理由にウイグル強制労働防止法を施行し、対中輸出入規制を強化した。また、先端半導体が中国によって軍事転用されるのを防止するため、バイデン政権は2022年秋に先端半導体分野で中国への輸出規制を強化し、2023年1月には同規制に同調するよう日本とオランダに打診した。

そして、日本は米国の要請に応じる形で昨年7月から先端半導体の製造装置など23品目で中国への輸出規制を開始することになった。

日本企業が押さえるべき2つのポイント

この流れは確実に第2次トランプ政権に継承されるが、日本企業としては2つのポイントを押さえておく必要がある。

1つは、バイデン政権とトランプ政権の対中貿易規制の質の違いだ。

その違いを言葉で表せば、攻撃的、先制的、懲罰的となるのだが、上述のように、バイデン政権は新疆ウイグル自治区における強制労働、中国による先端半導体の獲得阻止という理由で対中貿易規制を強化したが、そこからは中国経済に打撃を与えるためといった攻撃性や懲罰性というものは感じにくい。

新疆ウイグル自治区を訪問する習主席(2022年7月)
新疆ウイグル自治区を訪問する習主席(2022年7月)

一方、トランプ政権のそれは貿易の不均衡を打開するという先制的、攻撃的、懲罰的な意図が見え隠れする。ちなみにトランプ氏は、大統領に返り咲けば中国からの輸入品に60%以上の関税を課すと指摘しており、日本企業としては、第2次トランプ政権となれば、より「攻撃的、先制的、懲罰的な」対中貿易規制に戻ることを認識する必要があろう。

もう1つは、第1次政権と第2次政権の違いだ。

これはトランプ氏特有のことではないが、仮に秋の選挙でトランプ氏が勝利すれば、トランプ氏の大統領任期は4年のみとなる。1期目は2期目を意識しながら大統領の職務に従事することになるが、2期目はそれを意識する必要はなく、要は、トランプ氏は1期目以上に規制に縛られることなく自分のやりたいことをやっていく可能性があるのだ。

バイデン大統領・ゼレンスキー大統領会談(2023年12月)
バイデン大統領・ゼレンスキー大統領会談(2023年12月)

トランプ氏は既に真っ先にウクライナ支援を停止する、中国製品に60%の関税を課すなど大胆なことを言及しているが、後のことを考えなくていいという認識のもと、1期目以上に米中貿易摩擦が激しくなることも考えられる。

また、問題は米中間だけではない。

8年前の米大統領選でトランプ氏がヒラリー・クリントン氏に勝利した際、日本国内では日米関係はどうなるかと大きな不安が漂ったが、当時の安倍総理がトランプ氏と個人的な信頼関係を作り、米国と欧州との間では亀裂が深まったが、日米関係は良好だった。

「シンゾ―」「ドナルド」蜜月関係を築いた安倍元首相
「シンゾ―」「ドナルド」蜜月関係を築いた安倍元首相

だが、我々はそれをそのまま第2次トランプ政権に当てはめるべきではない。

第1次トランプ政権下の日米関係は良好だったが、それは安倍総理が個人的な信頼関係を作ることに成功したからであり、第2次トランプ政権と付き合う日本の首相がそれをできるとは限らない。

トランプ氏は個人的な関係をそのまま外交に転用する傾向があり、仮にそれに失敗すればトランプ氏の対日姿勢にも大きな変化が生じる可能性がある。

日米経済摩擦の再燃も?
日米経済摩擦の再燃も?

要は、日米経済の間でも米国側から厳しい圧力や不満が示されることも十分に考えられ、日本製鉄によるUSスチールの巨額買収計画でトランプ氏が絶対に阻止すると発言したことはそれを示唆している。

米中貿易摩擦だけでなく、日本企業としては日米間でも摩擦が生じる可能性も想定しておく必要があろう。

(執筆:一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事 和田大樹)

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415