能登半島地震から1カ月あまりが経った。2次避難せず、被害の少なかったガレージと避難所を行き来する輪島市の男性。「次の世代に受け取ってもらうのは年寄りの役割」と復興を見届けるため、輪島に残る決断をした。一方1日に持ち帰る水の量は20トン。1カ月以上続く給水所通いの生活。住民の疲労は限界に来ていた。

「復興を見届けたい」年寄りの役割…

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輪島市の朝市通り。

かつて人々の暮らしや市場のにぎわいがあった場所だが、いまは人の姿も話し声もほとんどない。元日の能登半島地震によって発生した火災に巻き込まれた建物や車、焼け落ちた瓦は、地震から1カ月が経った今も、現場にそのまま残された状態となっている。

谷内家次守さん
谷内家次守さん

谷内家次守さん:
「私は、‟輪島あかり人”というはんてんを着てみんなを案内していた」

輪島市の朝市通りで出会ったのは、輪島市の職員として40年以上観光分野に携わってきた、谷内家次守さん(77)。

毎日通った朝市通り…その姿は、あの日一変した。

谷内家次守さん:
「あの規制線から向こうが全部燃えた。ここまで徹底してやられるとは思わなかった」 

谷内さんの自宅も、地震によって住み続けることが困難になった。

谷内家次守さん:
「信心深かったので、朝晩のお勤めは必ずしなさいとよく言われていたので、仏壇だけは大事にしていたがこのありさま…どうしようもない」

断水が続く中、気分転換は、給水車から汲んだ水を沸かして淹れる、大好きなコーヒー。

被害が少なかった自宅横のガレージと、避難所を行き来する日が続いている。

2次避難などの選択肢も頭をよぎるというが、生まれ育った地元で暮らし続けたい理由があった。

谷内家次守さん:
「自分たちができることは何もないかもしれないが、見届ける。次の世代に受け取ってもらうのは年寄りの役割。できるだけ残りたい。生活するのはここだけだろうと思う。生意気な言い方すると地域産業や観光産業、漁業などが捨てられては困る。復興を見届けたい」

1日に持ち帰る水は‟20トン“

被災地で、いまも続く断水。生活への影響が深刻化していた。

石川県では、激しい揺れによって広い範囲で水道管が破損し、輪島市と珠洲市のほぼ全域を含む、約4万490世帯で断水が続いている。

石川県内で最も多い1万4200世帯、市全体の3分の2の世帯で断水が続く七尾市、給水所で住民が1日に持ち帰る水は20トン以上。

長引く給水所通い。住民の疲労は、限界に近づきつつあった。

七尾市民:
「腰が痛くて。水を汲むときは必ずコルセットをしている。あすあさって復旧するという話がネットなどで出るが、肩すかしになってしまい、辛い」

「トイレに使う水は、山の裏に湧水があるので、別で汲みに行っている」

「しんどい。結構きついから。もう限界かな」

(富山テレビ)

富山テレビ
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