新型コロナウイルスによって顕在化した日本のオンライン教育の遅れと、あっという間に忘れ去られた9月入学論争。ポストコロナの時代にこの国の教育はどこに向かうのか?

「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の35回は、APU=立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏に、コロナの中で混迷する日本の教育のありかたを聞く。

立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
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大学の価値はキャンパスライフにある

――APUではオンライン授業を行っていますね。学生のうち半分は留学生ですが、今はどこにいるのですか?

出口氏:
外国人の留学生は約6割がキャンパスのある別府市にいて、4割は帰国しています。日本人も6割は別府、4割は東京や大阪などの自宅にいます。キャンパスは学生がいてなんぼなので、寂しいですね。新型コロナウイルスは、目に見えない台風が吹き荒れているようなものなので、ワクチンや薬ができるまでは、基本はステイホームしかないわけで仕方がありませんが。

――オンライン授業は下期も続けますか?

出口氏:
下期はオンラインとオンサイトのハイブリッド授業にチャレンジします。卒業式も入学式もやる予定です。大学の価値はキャンパスライフにあるわけで、学生同士で励まし合い、先生と議論して学んでいくわけです。オンライン授業はwithコロナの時代の便宜的な手段で、一時避難、疎開のようなものですね。大学は「場所のビジネス」なので、放送大学になって大学が生きていけるはずがありません。放送大学の授業料は大学の授業料の5分の1くらいですから。それで教育と研究が継続できるでしょうか。

――全国の小中学校では「1人1台端末」のGIGAスクール構想が進んでいますが、オンライン授業に消極的な先生もいるようです。

出口氏:
1人1台はいいと思います。PCやタブレットという、いわば高度な文房具をみんなに渡して、それで世界が広がるわけですから。アフターコロナの時代にオンライン授業をやるかどうかは、基本的に先生の自由でいいと思います。人を教えるということは全人格的な作業ですから、先生が授業中はオンラインではなく全身全霊をかけてオンサイトで語り続けようと思うなら、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

日本の教育の諸悪の根源は、東大を頂点にした垂直的序列性と、全国で金太郎アメのように同じことを教えるという水平的画一性です。教育はまさに手作りであって、そこに人が惹かれるのです。

アフターコロナ時代にオンライン授業をするかどうかは先生次第(画像はイメージ)
アフターコロナ時代にオンライン授業をするかどうかは先生次第(画像はイメージ)

「トランプけしからん」だけではリーダーでない

――アメリカではトランプ大統領が、オンラインだけで授業を受ける留学生に対してビザ発給を禁止する方針を打ち出しましたが、批判されて撤回するなど混乱しています。

出口氏:
日本にとっては絶好のチャンスです。「そういう偏狭な考え方はけしからん」とトランプ大統領を非難するのは簡単ですが、日本の国益を考えたらこんなチャンスはないわけです。世界で一番優秀な留学生を集め続けているアメリカがそんな状態なら、アメリカに向かう留学生は減るかもしれません。

日本はコロナに対して、相対的に上手く対応できている国ですよね。だから世界中の学生が「アメリカに行けなくなったらどうしよう」と考えている時に、相対的に安全な先進国である日本に目を向けるようPRをする。留学生を集める絶好のチャンスですよ。

―― 一方で香港では「一国二制度」が事実上崩壊し、若い世代が反発を強めています。

出口氏:
香港にはアジアのトップ10に入る大学が3つもあります。日本では東大しか入っていません。だから、香港に対する中国のやり方を批判するは当然として、香港の有名大学を志望する学生を日本に呼び込む絶好のチャンスです。また、グローバル企業のアジアのヘッドクォーターは、香港とシンガポールが折半していて、東京にはほとんどありません。こちらもこんなチャンスはありません。

こうした世界情勢の中で、どうしたら日本にプラスになるかを考えるのかが、リーダーの役割です。評論家のように「トランプや習近平はけしからん」と言っているだけの人は、真のリーダーではないですね。

トランプ大統領と習近平国家主席
トランプ大統領と習近平国家主席

――しかし、日本政府も留学生の再入国を制限していますね。

出口氏:
ですから、再入国を早く認めてほしいと7月15日に首相官邸で行われた「まち・ひと・しごと創生会議」でも申し上げました。教育のグローバル化を進めている日本の大学全体が、一刻も早い緩和を求めていますが、これは単に大学のエゴだけで話しているのではなく、国益を考えてと申し上げたのです。

在留資格をすでに持っている留学生の再入国許可と、新入生のビザの発給手続きを再開してほしいと。そう申し上げましたら、萩生田文科大臣が「留学生30万人は大事です。ただ文科省だけではできないので、法務省や外務省ともよく相談する」と要望を受け止めてくれました。

9月入学議論は時間軸を分けられない失敗例

――7月に教育再生実行会議が開かれ、「9月入学」導入について議論が再開します。

出口氏:
これまでの秋入学の議論は、時間軸を分けて考えることができない失敗例の代表だと思います。僕は10年以上前から秋入学論者ですが、いま政府がやるべきことは「来年から全ての大学で秋入学も始める」という一言でいいんですよ。一番不安な状況にある高校3年生を安心させるために、「来年は春入学に失敗しても秋入学があるよ」と。2回受験のチャンスがあるんだったら、安心できるでしょう。

――9月入学に関しては、就学前児童がどのように小学校に入学するかも論点となっています。

出口氏:
小学校から高校までは、5年程度かけて調整すると言えば終わりですよ。来年やる必要はどこにもありません。時間軸を分けて考えることができないで、「大学の秋入学をやるなら小学校からすべて一斉に」と考えるから反対論が続出して、秋入学という素晴らしい制度が潰されたわけです。こういうことをやっていたら、この国の未来はありません。

僕が秋入学論者である理由は、春入学は制度的な拷問だと考えているからです。北海道や東北に住んでいたら、統一試験の日に大雪などになると心配ですよね。厳寒期に風邪をひいたらどうしようとか、ずっとピリピリするでしょう。なぜそんな厳寒期に、18歳にかわいそうなことをやらせるんですか。

秋入学を導入すれば、そういった心配もなくなります。卒業の時期も春と秋になることで、企業の新卒一括採用というガラパゴス制度を一掃して、通年採用を推し進めることにもつながります。

再開した「9月入学」の議論の行方は…(画像はイメージ)
再開した「9月入学」の議論の行方は…(画像はイメージ)

――今回は、いろいろな議論がごちゃまぜに語られてしまいましたね。

出口氏:
時間軸を分けて本質的な議論をせず、拙速に秋入学を潰してしまうのは、今回のコロナ禍での悪例の代表ですね。時間軸を分けて考えれば、誰も反対しないと思います。春秋の2回、入学試験をやればいいだけの話です。こんな当たり前のことができないのは、リーダーにもメディアにも大きな問題があります。論点をきちんと提示しないと、国民は何が本当かわからないじゃないですか。

――コロナをチャンスに変える。リーダーやメディアの責任は大きいですね。ありがとうございました。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。