麹(こうじ)は、調味料や化粧品として注目されている。米に麹菌をつけて、繁殖・発酵させたものが「米麹」だが、花に色があるように麹菌にも白や黄色だけでなく、黒いものがある。愛知県には、その珍しい「黒い麹」を作る職人がいる。
全国から注文が入る人気の黒麹
愛知県西尾市の、海と山に囲まれた西幡豆(にしはず)町に「みやもと糀(こうじ)店」がある。味噌、醤油、酢、みりんなど、日本伝統の発酵調味料を作るのに欠かせない、「麹」の製造元だ。

麹は蒸した米に麹菌をつけ、高温多湿の環境で菌を繁殖させて作る。

この工房の麹職人の宮本貴史さん(46)は、様々な麹を手掛けている。

宮本貴史さん:
(材料は)穀物と菌で、米につければ米麹、麦につければ麦麹、豆につければ豆麹になるので、麹っていうのは日本の食文化のほんとにもう土台になっているもの
夏の時期には「黒麹」のみを作る。その独特の酸味が受け、全国から注文が入る。

利用客A:
黒麹、甘酒で使うことが多くて、豆乳とか牛乳で割ってドリンクにして飲んだりしています。夏場に甘酸っぱいもの飲みたくなるので、ちょうどぴったり
利用客B:
(黒麹は)お酢ほどではないけどマイルドな酸味があって、そのまま飲むだけじゃなくて料理にも使えたりだとか。あと、朝ごはんとか面倒くさい時、ちょっと飲んどけばいいかみたいな。手軽に栄養取れていいかな、みたいなのがありますね
宮本貴史さん:
もともと沖縄の泡盛だったりとか、九州の焼酎とか蒸留酒の製造に使われているのが黒麹。僕は麹屋なので、いろんな麹を作って試すので。その中で衝撃的に黒麹の甘酒がおいしかった。何とかしてこんなおいしいものを家庭に広められないかというところで作り始めたというのがきっかけですね
暑い作業場で何度も繰り返す「種付け」
感動した「黒麹」を多くの人に伝えたいと、2018年から製造を始めた。
麹作りは、前日から水に浸けておいた米を蒸す。

宮本貴史さん:
今日使っているお米は、愛知県の知多半島の美浜町ですね。あいちのかおりという品種です
粘りが少なくパラっとほぐれやすい米の方が、良い麹に仕立てられるという。一度に150キロもの量を、約1時間かけて蒸し上げる。

宮本貴史さん:
外硬内軟(がいこうないなん)という言葉があって、外はべちゃっとせずにからっとしていて、中まで火が通っているというのが良い蒸しの状態になります
蒸しあがったら男2人がかりで30キロずつ台に移し、人肌ほどに冷やしながら、固まった米を手でほぐす。

米の蒸気で作業場は40度を超える。汗が止まらない中も、絶えず手を動かす。

宮本貴史さん:
暑いですね、夏は特に。夏場はほんとにもう汗、だいぶかきますし、ちょっと熱中症にならないように気を付けるんですけど。力仕事でもありますよね
米がほぐれると、宮本さんが缶を手に取った。

中に入っているのは「黒麹菌」だ。一般的な米麹を作る麹菌とは別物で、この菌が生み出すクエン酸が酸っぱさのもとになる。

「黒麹菌」をまんべんなくふりかけ、「種付け(たねつけ)」をする。天地を返してもう一度菌をふり、再びかき混ぜる。米のひと粒ひと粒に菌が行き届くよう「種付け」は3回に分けて行う。

この作業を5回繰り返し、1時間かけて150キロの米の「種付け」を終えると、菌の繁殖を促す「発酵機」の中へ。

宮本貴史さん:
だいたい30度から35度くらいの温度環境の中で、よりお米の上で麹を繁殖させてあげるという。約48時間ぐらいで麹の完成形に持っていくんですけど
ただ、48時間放っておくわけではない。5時間後、発酵機のフタを上げ、再び固まった米をほぐし、生きた麹菌が全体にまわるよう「手入れ」を行う。腰を曲げたまま、30分以上麹菌と向き合う。

宮本貴史さん:
美味しくできることはもちろんですし。麹菌の力を精一杯引き出せるような形で麹を作ってくというところに力を入れています
体調を崩し始めた農業…作った大豆から味噌を作りたどり着いた麹
愛知県安城市に生まれた宮本さんは、写真の専門学校を出た後、カメラを片手にインドや東南アジアを巡ったが、帰国後、体調を崩した。

宮本貴史さん:
自律神経失調症とかパニック障害って名前がついているんですけれども、当時20数年前はどこも異常がないということで、検査しても。そうすると行き着いた所が、自分自身が食べるものを見つめ直して、さらに自分の食べるものは自分で作りたいみたいなところから、農園を始めることになりました

体が悲鳴を上げたとき出した答えが、「自分が食べるものは自分で作る」ことだ。農業を始め、育てた大豆で味噌作りにも挑戦し、そこで出会ったのが、麹だった。

宮本貴史さん:
味噌仕込みを重ねるとか、勉強して理解していくにあたって、麹というものが一番の要だというところに気づきました

製造元から買っていた麹も、自ら作ることにし、試行錯誤を続けて商品化にこぎつけると、甘酒ブームも追い風となりたちまち人気を集めた。そして、2018年に始めたのが「黒麹」だ。発売後、インスタグラムのフォロワーが4000人以上増え、全国から注文が舞い込んだ。

宮本貴史さん:
一度甘酒が盛り上がりすぎると、少しやっぱり落ち着くので次の楽しみみたいなものを、なんか提供できたらなみたいなところもありましたね
48時間かけてようやく黒い麹に 甘酒にするとヨーグルトにも

「種付け」から24時間後の翌日、再び「手入れ」を行う。薄く広げることで、熱がこもらないようにしつつ、酸素をとりこみ、菌が呼吸できるようにする。

宮本貴史さん:
麹って、なんかちょっと子育てみたいだなと思う時があって。温度が上がらない時は寒がっているところに毛布をかけて温めてあげたりだとか、温度が上がり過ぎている時は手をかけて温度を下げてあげるみたいな感じで。赤ちゃんとかを扱ってるようなというか、なんか本当にそんな感じですね
さらに4時間後、3度目の「手入れ」。麹は生き物。我が子を慈しむように、何度も手をかけて面倒を見る。

宮本貴史さん:
黒くなってくるのはもっと後半のほうで、いったん白く菌糸に覆われて、そのあと胞子が黒くなってく
48時間が経過し、白かった麹が黒い胞子をまとった。ようやく完成だ。

宮本さんが育てあげた「黒麹」は、白い米についた黒麹菌にはクエン酸がたっぷりだ。レモンのように爽やかな酸味が効いている。

醤油と混ぜ、寝かせれば、「しょうゆ麹」に変身し、ドレッシングにも使える万能(ばんのう)調味料になる。

宮本さん一番のおすすめは、ヨーグルトメーカーや炊飯器で手軽に作れる「甘酒」で、ドロッとした見た目とは対照的に、爽やかな味わいだ。

好みのフルーツと和えたりヨーグルトにかけたり、暑い夏を元気に乗り切るのにぴったりのスタミナ源だ。

手軽に飲みたいという人には、パック入りの「黒麹甘酒」もある。

宮本貴史さん:
普通の甘酒と比べて、黒麹っていうと一般の方にはまだまだ(知られていない)ではあるんですけど。夏場に飲む爽快感と、体にいいというか、染み渡る感じですね。これがもっともっと広まっていったらいいなと思っています
2023年7月6日放送
(東海テレビ)