名古屋市の住宅街にある小さな出版社「桜山社」の代表は、企画から編集、営業までを一人で担い、創業から10年の間に43冊を出版してきました。派手さはなくとも、人の思いを丁寧に形にする、温かな本づくりを続けています。

出版社「桜山社」代表の江草三四朗さん(左)
出版社「桜山社」代表の江草三四朗さん(左)
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■本づくりの原点は“売れるより出したいもの”…たった一人で挑む“街の出版社”

名古屋市中区の「丸善」で開催されている創業10周年フェア。

丸善の担当者:
「瑞穂区で地元に根差して、熱意をもって一人でやってらっしゃる大変誠実な出版社さんです」

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出版社の名前は「桜山社」。瑞穂区の小さな会社です。代表の江草三四朗さん(46)。

江草さん:
「本をつくるといっても本屋で売る本もあれば、個人的につくりたいとご相談もいただくのでお手伝いをしていくのが桜山社の仕事です」

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一人で作家の発掘から出版交渉、経理までをこなします。市場調査も兼ねて書店巡りもします。

名古屋ブックセンターの店主:
「出したいものを出さないと。江草さんが出したいけど“これ売れないな”ではなく。初心忘れるべからず」

江草さん:
「本づくりの原点ですね」

地元の知られざる作家と地域の書店を結び、10年間で43冊を読者に届けました。

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この日は作家との打ち合わせです。

江草さん:
「“書き溜めていた原稿を本にしたい”という問い合わせがあって、これからご自宅に伺う」

待っていたのは、小学6年生の伊藤りあさん。週に20冊本を読むこともある読書家です。

りあさん:
「本をつくりたいというか、軽い気持ちで書いていたらすごい大きさになっちゃった。『キミコと森冒険』というタイトルです」

りあさんの母:
「小学校を卒業する。小学校で一番やっていたのは、本を読んで書くことだったので、記念に」

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りあさん:
「(夢は)小説家、作家。瑞穂図書館のポスターに、桜山社のポスターが」

りあさんの母:
「本を出したいのなら、自分で電話してみなさいって。どうすれば本出せるか聞いてごらんって」

江草さんは、本を書いてみたい少女の願いをかなえるべく、出版に向けてアドバイスをしています。りあさんは、文章を書くのは得意ですが挿絵は苦手。イラストは友達の力を借りることにしました。

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江草さん:
「表紙イラストをどうするか宙ぶらりんだったので、刊行までの目安ができたので安心しました」

出版業界の未来も、ひょっとしたらそんなに暗くないのかもしれません。

■喪失からの再出発…桜山社の誕生

江草さん:
「セミ捕りが好きで、毎日のように山崎川にセミを捕りに行っていました」

子供の頃は内気な少年だったという江草さん。運動は苦手で本を読むのが好き。誕生日には生き物図鑑をねだり、学校帰りに近所の本屋をはしごするのが日課でした。

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本に関わる仕事がしたい。大学卒業後に名古屋の出版社に就職。その後、神奈川の新聞社へ転職し記者も経験しました。そんな江草さんが出版社を立ち上げたきっかけは、ある“挫折”からでした。

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江草さん:
「もともと出版社をつくるってわけでなくて、ゼロになってしまった」

30代半ばで、故郷で家庭を持ちたいと名古屋のIT企業に転職した江草さん。しかし与えられたのは、コールセンターでの仕事でした。

江草さん:
「『ネット回線を変えたらキャッシュバックありますよ』って電話する仕事でした。強引に電話だけで契約を取り付けてしまう。悪い言い方をすると、高齢者をだまして契約を取ってしまう」

1カ月半で会社は辞めましたが、人の思いを踏みにじるような仕事に手を染めたという自戒の念にさいなまれます。

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江草さん:
「喪失感だけですね。もう後戻りはできない。自分に言い聞かせて(桜山社を)始めました」

一念発起し、2015年に36歳で桜山社を立ち上げました。

■全力で生きる人の思いを大切にしたい…出版の原点は一人の画家との出会い

出版社の原点となった出会いが江草さんにはあります。

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名古屋市南区にあるベーカリー。パンやお菓子を作る工房の奥の部屋で、絵を描くのは重度の自閉症画家・三宅勝巳さん(51)です。

母・せつ子さん:
「最初はぐちゃぐちゃに書いていて、“絵?”って思ったけど、ときどきすごく綺麗なときも。まだその頃は、自閉症ってどこに相談しに行っても分からなかった。本当にこれからどうしたらいいのだろうって感じで」

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母・せつ子さんが目を付けたのが、これまで勝巳さんがクレヨンで書き溜めてきた3000枚近くの絵でした。

せつ子さん:
「ずっとやってきて年齢もいったので、残しておきたいなと思って。江草さんにお願いすれば良い本ができるかなって」

江草さんが勝巳さんに1年半寄り添い取材を重ねた『24色のクレヨン』(2018年)。画家としての才能を開花させる過程がまとめられています。

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江草さん:
「企業をボロボロな状態でやめて、不安定な気持ちを引きずっていた。勝巳さんを見ると、自分のペースで絵を描いていて、今日も取材したいって気持ちになった。勝巳さんという今を全力で頑張っている人にスポットを当てることができたっていう意味では、私自身が勝巳さんに助けられたと思う」

巻末には「今を全力で生きる人の思いを大切にします」の一文が。これが桜山社の理念となりました。

■次に描く夢は「娘と共に絵本を作ること」

2025年9月、江草さんは地元のギャラリーで「桜山社 10周年の歩み展」を開きました。

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江草さん:
「最初は書き手もいなかったので、本当に1冊出せるかもわからなかった。10年経って合計43冊も出せた。自分なりに頑張ったなって」

小学生作家・伊藤りあさんは、イラストを担当することになったお友達と一緒に訪ねてきてくれました。そして2人からサプライズが。りあさんの本に、江草さんが登場することになったのです。

江草さん:
「すごくうれしい。夢がありますよ。こんなにワクワクすることない。良い本にしなければ」

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江草さんには夢があります。それは、4歳の娘・ゆうかちゃんと一緒に絵本を作ること。

江草さん:
「春になったらゆうちゃんと桜の絵を描きにくるよ、パパは」

江草さんの娘・ゆうかちゃん:
「どこに?」

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江草さん:
「山崎川に桜の絵を描きにくるんだ。パパはクレヨンで描こうかな」

ゆうかちゃん:
「ゆうちゃんは、ペンで描く」

江草さん:
「ゆうちゃんと本を作るのがパパの夢だった。本を一緒に作ろうね。」

出版という夢を叶えた江草さん。次の夢は、娘と共に紡ぐ絵本です。

東海テレビ
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