カタツムリを突っつくと、ツノもヤリも殻に引っ込めて動かなくなる…。そんな誰もが知っていそうな常識を打ち破る研究結果が発表された。

北海道に生息するカタツムリ「エゾマイマイ」に天敵をまねた刺激を与えると、なんと「走って逃げる」というのだ。

エゾマイマイ(出典:京都大学)
エゾマイマイ(出典:京都大学)
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発見をしたのは、京都大学大学院の森井悠太特定助教や北海道札幌啓成高校の生徒などによる研究チーム。

“走って”逃げるエゾマイマイは、主に北海道と周囲の離島にいる幅4cmほどにもなる茶色っぽい殻を背負ったカタツムリで、札幌や函館などの街中でも普通に見られる種類だという。

このエゾマイマイは天敵であるオサムシに襲われると、「殻を振り回して撃退する」という非常に珍しい行動を取ることが分かっている。実は森井特定助教がこの行動を初めて確認し、2016年に研究論文を発表していた。

今回の研究ではエゾマイマイに天敵を真似た刺激を与え、その前後で移動速度がどう変化するかを調査。すると、通常は平均で秒速1.05 mmほどだった歩行速度が、刺激を与えると1.27~1.35mmに上がり、1.2~1.3 倍ほど速くなったことが確認できたという。

このことから研究チームは「エゾマイマイは捕食者に襲われると殻を振り回すと同時に “走って逃げる”という世界的にも知られていない対捕食者行動を取ることが示されました」と結論づけた。

室内実験の様子(出典:京都大学)
室内実験の様子(出典:京都大学)

ただし「走る」と言っても秒速1.27~1.35mmとのことなので、「実際に野外でどれほどの効果を発揮するのかは本研究からは推定できていません」とのことだ。

また、一般的にカタツムリの多くは夜行性とされているが、エゾマイマイは昼夜問わず活発に活動する“周日行性”であることも判明。いつでも活発なエゾマイマイのような種は、世界的にも知られていないという。

「つくづくヘンなカタツムリ」だと思った

とても興味深い研究結果だが、カタツムリの「走る」姿は普通に見て分かるものなのだろうか?そもそも、なぜこんな研究をしようと思ったのか? 森井悠太特定助教に聞いてみた。


――そもそも今回の研究はどんな経緯ではじめた?

エゾマイマイが殻を振るという、これまでにカタツムリでは知られていなかった行動を取るということを、2016年に論文として発表した時に、エゾマイマイの移動速度が刺激後に上がるということを目視による観察でなんとなく掴んでいました。

ですので、きちんと計測すれば、その通りの結果になるだろうということは予想していましたが、他の研究を優先させたため実験に着手できずにいたところ、スーパーサイエンスハイスクールに指定された北海道札幌啓成高校より、科学部の指導を依頼されたことを機に、高校生らと高校教諭の手を借りて移動速度の計測を行うことにした、というのが今回の研究の経緯です。


――エゾマイマイが「走っている」かどうかは、見て分かるの?

刺激の前後で 1.2~1.3 倍ほどに上がると言っても、秒速 1.05 mm(平均)から秒速 1.35 mm(平均)に上がる程度です。慣れればわかりますが、初見ではまずわからないだろうと思います。


――ヒトが走ると両足が地面から離れるが、カタツムリの「走る」とは?

「走る」という表現はあくまで比喩的なもので、実際に地面から離れるようなことはありません。通常の移動(歩く)との動きに現時点では違いは見つかっておらず、通常時の動きを単純に早めているだけだろうと考えています。


――エゾマイマイが「走る」ことが分かったとき、どう思った?

殻を振ったり「走」ったり、つくづくヘンなカタツムリだな、と思いました。


――エゾマイマイは殻に引っ込まない?

休眠や冬眠の際などには殻に引っ込みますので、引っ込むこと自体はできます。しかし、天敵に襲われた際などには決して引っ込まず、身体を出して応戦します。ですので、休眠中のエゾマイマイをつつくと、慌てて出てきます。


――他のカタツムリは「走らない」の?

基本的にカタツムリは殻に籠って天敵などの難を逃れますので、わざわざ出てくるカタツムリ自体がそもそも稀です。とはいえ、世界的には皆無ではないので、他のカタツムリでも今回発見されたような「走る」行動は見られるはずですが、現時点では科学的にきちんと示された例はなく、今回の発見が恐らく初めての報告になると思います。


――エゾマイマイは周日行性とのこと…いつ寝るの?

具体的にはまだ明らかになっておりませんが、昼夜問わずいつでも、寝たい時に寝、食べたい時に食べるという生活を送っていると思われます。


――なぜエゾマイマイはこんなに変わった性質がある?

やはり、天敵であるオサムシ類(地上徘徊性の昆虫類)の存在が大きいだろうと思います。エゾマイマイに備わった特殊な性質のほとんどが、対捕食者戦略として機能していると考察できるからです。


――今後はどんな研究をする?

エゾマイマイにはヒメマイマイという遺伝的に識別できないほどに非常に近縁な姉妹種がおります。こちらも北海道と周辺の島嶼にのみ生息する固有種であることから、エゾマイマイとヒメマイマイへの種分化は北海道内で生じたと考えられますが、その種分化のプロセスに天敵であるオサムシ類が関わっているのではないかと睨んでいます。

捕食者によって被食者が多様化するか否かは、未だに意見が別れており活発に議論が行われているトピックですので、本系(エゾマイマイ/ヒメマイマイとオサムシ類の系)を使えば、捕食者による被食者の多様化仮説を証明できるはずと私は考えています。今後も本系をあらゆる角度から精査し、実験や調査を重ねて、上記の仮説を検証していきたいと思っています。

野外実験の様子。左下にカタツムリがいる。(出典:京都大学)
野外実験の様子。左下にカタツムリがいる。(出典:京都大学)

ちなみに、野外でエゾマイマイの活動性を調べた実験は、森井特定助教が森の中に1人で5日間泊まり込んで行ったそうだ。早朝・正午・夕方・深夜の1日4回、計20匹のカタツムリを、目覚まし時計に起こされながら観察したため、最後は自身の「日周性」がめちゃくちゃになってしまったとのことだった。

これからも体に気をつけて、研究を続けてほしい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。