「息子への輸血は絶対に認めません」
キリスト教系の新宗教「エホバの証人」の3世信者だった男性(20)は10歳の頃、病院で医師に強く迫る両親の姿を覚えている。心臓に疾患が見つかり手術が必要となったが、両親は手術の同意書にサインをしてくれなかった。病気のせいで幼い時から体がだるく、すぐ息切れする。「手術を受けさせて」と訴える男性に、母は首を振って言った。
「『楽園』で会えなくなるじゃない」と。
アニメや漫画も禁止され…
両親ともに教団信者の家庭に生まれた。父親は、教会で信者らに教えを説く世話役「長老」を務めていた。物心ついた時から教団の教えは身近だった。男性は温和で優しい両親が大好きだった。
だが小学校にあがると、すぐに周囲の家庭との違いに気づかされた。
校歌の斉唱は歌えず、学校で開かれるクリスマス会には参加できない。アニメや漫画も禁止され、キャラクターグッズを配布されても家に持って帰らないよう言われた。友人関係も制限され、信者以外の友人を自宅に連れて行くと、「『世の友達』とは距離を置きなさい」と母親に厳しく注意された――。
この記事の画像(7枚)特につらかったのが、両親と各家庭を訪ねる「伝道」だった。聖書片手に、地元の家々のインターホンを押して回る。物心ついていない時からベビーカーに乗せられて両親に連れられていた。暑い日も寒い日も、週2日は地域を回る。小学校の同級生宅を訪ねることもあった。服装は決まって黒のスーツ姿。「何しているの?」と不思議がる同級生を前に、恥ずかしさでぎゅっと両手を握りしめた。
教義への疑問から、「そんなことしたくない」と両親に反抗することもあった。だがその度に返ってきたのは、痛みを伴う叱責だった。「信仰心が足りない」と、父は素手、母は竹製の孫の手で何度も尻や足を叩いてきた。場所はいつも自宅の玄関。普段は優しい両親が、突然急変する。その姿を想像し、びくびくしながら毎日ドアのノブを回した。
小学生が直面した”輸血拒否”教義
10歳の時、小学校の健康診断で心音に異常が見つかった。大病院で検査すると、心臓の内部に穴が開いていることが発覚した。医師からは「手術をするなら今がベスト」と告げられた。幼い時から周囲の児童と比べ体力もなく、すぐにバテる。その原因が分かって安心した思いで、両親に「手術をさせてほしい」と告げた。
しかし、両親は手術を拒否した。「手術中に輸血を受ける可能性がある」というのが、その理由だった。輸血を禁じる教義を認識しつつも、医師は何度も「お子さんの体調が最優先」と説得してくれた。それでも両親はうなずかなかった。
一方で、両親は教団関係者と頻繁に会うようになった。相手は、信者らに無輸血での治療を提供する医療機関などを斡旋するHLC(医療機関連絡委員会)の職員ら。彼らと熱心に議論しながら、書類をのぞき込み、何かメモを書いているようだった。
疑問に思い、父親の本棚をあさってみると、教団内部の書類が何枚も見つかった。信者に教義について説くもので、父親のメモ書きは、医師に対して輸血を拒否する方法を記した箇所に集中していた。普段は、優しい両親。そんな二人を頑なにする教義に一層疑いが強まっていった。
その直後、母親にも病気が見つかった。命に関わる重篤な病だった。病状が悪化するにつれ、「手術をしてほしい」と主張する自分への叱責がより激しくなっていった。母は、孫の手で体罰を与えながら言った。「私はもう死ぬかも知れない。死んだ後に、一緒に楽園で会えなくていいの」
教義では、「神に従順である信者は楽園に入る機会を差し伸べてくれる」と定めている。母は最後までその教えを信じ、息子の手術に反対し続け、数年後に他界した。
「優しい思いをねじ曲げた教義が許せない」
「輸血を拒むことで楽園へと行ける」「輸血をさせないことが子どもの幸せにつながる」。息子に幸せになってほしいという母の思いが理解できるからこそ、一層、胸が苦しくなった。もう耐えきれないと思った。
15歳の時、父に告げた。「僕は教団を信じていない」。父は悲しげにうなずきつつ、「今は信仰心がなくても、いつか芽生えさせて戻ってきなさい」と語った。
その数年後、自分の意思で手術を受けた。手術は成功し、かつては辛かった運動も自由にこなせるようになり、今は社会人としても自立している。当時のことを「病気が発覚して8年間。つらさだけが引き伸ばされた時間だった」と振り返る。
しかし、そんな怒りやもどかしさは、両親には向いていない。「本来、両親は子ども思いで優しい二人。僕のことを思ってくれた気持ちは分かるから」。だからこそ、こう訴える。「そんな優しい思いをねじ曲げた教義が許せない。平和で幸せな家庭を返してほしい」
厚労省指針後も”輸血拒否”促す文書
なぜエホバの証人は、輸血を受け入れないのか。教団のホームページでは、「旧約聖書も新約聖書もはっきりと、血を避けるよう命じている」からだと主張している。
FNNは、2023年8月に長老が信者に指導する際の資料として、教団内で配布された文書を関係者から入手した。タイトルは「妊娠中の女性のための情報」で、2021年8月に配布された同タイトルの文書を改訂したものとみられる。
厚生労働省は昨年12月、親による子どもへの輸血拒否を「虐待にあたる」とする指針を出している。新たに入手した文書には、「あなたの代わりに決定するものではありません。自分で考えて決定して下さい」と本人が判断することを強調する文言が新たに加えられていた。
しかし、早産で生まれた赤ちゃんについて、「医師に輸血以外のあらゆる方法を駆使して治療を受けられるようにお願いしてください」と記されていたり、赤ちゃんが深刻な黄疸になった場合には、「輸血以外の方法でどう治療できるか、医師と相談してください」と書かれていたりするなど、教団が依然として、信者に子どもへの輸血の拒否を促していることがうかがえた。
エホバの証人側はFNNの取材に対し、以下のようにコメントしている。
エホバの証人・日本支部のコメント(抜粋)
文書には「この資料は特定の治療法を勧めたり、あなたの代わりに決定したりするためのものではありません。この情報を使って、自分で考えて決定してください」と明記されています。
この文書の目的は、妊婦が同種血輸血を回避して出産を扱う経験を積んだ医療チームのケアを受けられるように助けることです。出産に関連してまれに生じる緊急事態でも、熟練した医師たちは患者の意思を尊重し、無輸血で対応できるよう備えています。