「なんで婚外交渉をしたんですか」

うつむく30代男性を半円で囲むように座り、黒いスーツを着た3人の教団幹部が問い詰める。

その幹部の一員として座っていた根尾啓太さん(仮名)は、目の前の男性を「悪魔に取り憑かれた存在」と信じ、冷ややかな視線で見つめていた。「エホバの証人」の教義を破った信者を審査する「審理委員会」。

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その数年後、自身が逆にその視線を浴びることになるとは、ほんの少しも思っていなかった。

“孤独”から信者になった母に連れられて…

4歳の頃から、母に連れられて教団の集会所へと通った。

母はその数年前、夫の海外駐在に帯同していた際、日本人の友人に「英語や聖書を学べる」と誘われ、現地の信者と交流を始めた。孤独を感じることもある海外生活で数少ない心の支えとなり、帰国後に入信し熱心な信者となった。

幼少期から集会所は怖い場所だった。

集会中に私語をしたり、いたずら書きをしたり、他の子どもにちょっかいを出したりすると、すぐに地下にある専用の部屋へと連れて行かれた。その場には複数の靴ベラがあり、あざができるほど何度も尻をたたかれた。

母の笑顔が見たかった

幼い目にも、周囲の家庭との違いは明らかだった。

幼稚園で誕生日やクリスマスパーティーをする際、一人だけ別室で待機させられた。小学校4年生ごろ、音楽の授業で校歌のテストがあった時も、一人だけ別の曲を歌わざるをえなかった。そのたびに周囲の児童から、あざ笑うような視線を浴びた。

それでも母の前では、従順に教義を信じているように振る舞った。テストの点数が良くても駆けっこが早くても母はほめてくれない。だけど、聖書を暗唱できたり、地域の各家庭を訪ねる布教活動中に教義をうまく説明できたりすると満面の笑顔でほめてくれた。

その笑顔が見たかった。

中学生、高校生になると、教義への違和感から集会所へ足を運ぶ頻度も減った。しかし同じように育った同世代の仲間がいたから、教団と完全に縁が切れることはなかった。

転機となったのは高校3年の春。治療が難しい慢性腎炎を発症した。身体はだるく、血尿などの症状も出る。走ることもできなくなった。

将来の夢は父のように世界を股にかけ働くビジネスマン。そんな人生の選択肢が若くして狭められた気がして、絶望感に苛まれた。

“絶望”から一転「開拓者」へ

そんな時に心の支えになったのが「エホバの証人」だった。将来は、大学を出て負荷の少ない仕事をしながら奉仕活動をする。育った環境であれば、自分を受け止めてくれるように感じた。

1年間の浪人生活を経て、都内の大学に入学した。しかし入学直後の健康診断で、慢性腎炎の症状が出ていないことが分かった。医師も驚いた表情を見せつつ「完治している」と診断した。今思えば、投薬治療や食事面でのケアが功を奏したのだと思う。

だけど、その時はこう思った。

「エホバの神様の贈り物かもしれない」

周囲の信者も驚いてくれた。そして口々に言った。

「『開拓者』になって神様に恩返ししないと」

教団では、月に90時間を布教活動に捧げる信者のことを「開拓者」と呼ぶ。病気が治り体力も回復した。周囲からの期待もあった。開拓者となり教義に生きよう――。そう心に決め、大学2年の夏に大学を中退した。

母が見せてくれた「笑顔」

朝から夕方まで、各地の駅前や戸別訪問で布教活動をし、夜には聖書の研究に励む。そんな日々を来る日も来る日も過ごした。その働きぶりが評価され、教団の大会で約1万人の信者を前に話す機会も与えられた。

31歳の若さで、教団の幹部で信者らの世話役にあたる「長老」にも任命された。

母親は息子の長老就任に、これ以上ない笑顔を見せてくれた。それは、かつて自分が見たかった、あの笑顔だった。

“出世”幹部として「裁く」日常

長老になり約2年後の34歳。医療機関連絡委員会(HLC)のメンバーにも選ばれた。信者への輸血を禁じる教義を踏まえ、手術が必要な信者に無輸血での治療をおこなう医療機関をつなげる役職だ。

無輸血に固執した結果、悲惨な状況に陥るケースも多く見聞きした。出産時に出血し母胎ともに助からなかったり、親が手術に反対し2歳の男の子が治療を受けられなかったり。違和感を覚えることもあった。だけど「輸血をしなければ楽園に行ける」という教えを信じ、与えられた職務をこなした。

信者の子どもが身に着ける“輸血拒否”を示す身元証明書
信者の子どもが身に着ける“輸血拒否”を示す身元証明書

長老の仕事のひとつに「審理委員会」での聞き取りがあった。教義に抵触した疑いのある信者を聴取し、裁く場とされている。

ある審理委員会で、婚外交渉をしたと内部告発された30代男性と20代女性の信者を裁いた。長老に配布されている教本を元に、性交渉をした時期、場所、方法、頻度を詳細に尋ねた。質問は、身体を触り合った際の体勢などにも及んだ。弁解を重ねる二人を「悪魔の誘惑に負けた信者」と思い、冷たい視線を浴びせかけた。

性交渉についての「エホバの証人」長老向けの教本
性交渉についての「エホバの証人」長老向けの教本

そうして教団内で着実に地位を高めてきた。しかし40歳になった約10年前、教団内でのある不正を見つけたことから状況が大きく変わった。

教団内では当時、開拓者は年720時間以上の奉仕活動が義務づけられていた。ある日、教団内の資料に目を通していた時、同僚の長老が過去数年にわたり、それを満たしていないことに気づいた。

迷った末に内部告発をした。周囲の模範たる長老にふさわしくないと思ったからだった。しかし、上層部はそんな訴えを黙殺した。それでも何度も上層部に問題提起を続けた。その結果、押されたのは「反抗的」というレッテルだった。

一転…「冷たい視線」は自分に

教団施設に「話し合い」と称して呼び付けられた。部屋に入ると、半円状に座ったスーツ姿の長老ら8人に相対して座るよう指示された。すぐに審理委員会にかけられることに気づいた。長老らの視線は冷たかった。それは、かつて自身が浴びせかけていたものと同じだった。

必死に自身の主張を繰り返した。

「私は不正を正したいだけ」
「どうして是正しないのか」

しかし発言の度に「そんなことは聞いていない」と遮られ、非を認めるよう一方的に詰問された。

何度かの審理委員会を経て、下された裁決は教団からの追放を意味する「排斥処分」だった。積み重ねてきたものが崩れ落ちる気がした。

排斥されると、信者とはもちろん親族とも関係を断絶させられる。処分が下る前夜、実家で両親と妹と食卓を囲んだ。家族には分かってもらえるはず。そう思い無実を訴えたが、母は言った。

「全部エホバの神様が決めたもの。たとえあなたが正しいとしても仕方ないことでしょう」

見られなくなった「母の笑顔」…

その日以来、実家を訪ねても、玄関が開くことはなくなった。約5年前に祖母が亡くなったが、葬儀の連絡もなかった。

母に喜んでもらいたくて熱心な信者になった。教義も正しいと信じられた。でも教団を離れた今、それらは全て異常だったと思う。

「家族の絆を壊されたり2世信者として苦しめられたり、教団内には人権問題が山ほどあり、今もつらい思いをしている人は大勢いる。そうした現状を知ってもらいたい」

「なぜ性的な関係を?」3人の男性長老に囲まれて…女性信者が証言

FNN取材班は、審理委員会で排斥処分を受けた一般信者からも証言を得た。

母親の影響で3歳から集会所に出入りしていた中島みきさんは、15歳の時、教団施設への出頭を命じられた。

理由も告げられず指定された部屋に入ると、3人の長老の男性に囲まれ、こう尋ねられた。

「心に手を当てて下さい」
「あなたはなぜ、今日ここに来たのか。エホバの御名の元にもとづいて話を始めましょう」

長老らは次々と質問を重ねていった。性関係を結んだことがあるのか、なぜ性的関係に結びついたのか、どういった行為をしたのか――。エホバの神を信じていた中島さんは、男性と関係があったことなど全ての質問に正直に返答した。

性交渉についての「エホバの証人」長老向けの教本
性交渉についての「エホバの証人」長老向けの教本

その結果、下されたのが排斥処分だった。

尋ねられた質問自体が性暴力に当たるのでは、と今は思う。振り返れば、幼い時から教団内で性被害を受けていたとも感じる。

ひじで胸をつつかれたり、スカートの中を撮影されたり、尻や太ももを触られたり。その相手が尊敬する親しい相手だったから、違和感があっても声をあげることはできなかった。

排斥処分の結果、家族とも疎遠になってしまった。そして今も当時の性被害や排斥の記憶から、フラッシュバックに苦しんでいる。当時を振り返り、こう語る。

「教団で親しかった人とも連絡が取れなくなり、生きている価値がない、死ぬしかないと思うまで精神的に追い込まれた」

アンケート調査でも42人が…

審理委員会をめぐっては、宗教団体「エホバの証人」の元2世信者らでつくる「JW児童虐待被害アーカイブ」の調査に対し、42人の元信者が「自分の性経験を話すよう強制されたことがある」と回答している。うち6割以上が心に爪痕が残るなど「現在も生きづらさを感じている」と回答したという。

「JW児童虐待被害アーカイブ」は、こども家庭庁に調査結果と要望書を提出
「JW児童虐待被害アーカイブ」は、こども家庭庁に調査結果と要望書を提出

関係者によると、審理委員会は、関係当局に通報する場合などを除き「2人以上の証人が必要」というルールがある。信者から性加害を受けた場合も、被害者本人以外に少なくとも1人の目撃者が必要になり、被害申告のハードルになっている可能性があるという。

教団は審理委員会や排斥について、どう説明しているのか。

報道機関向けの声明や公式ホームーページでは「バプテスマ (洗礼のこと※筆者注釈) を受けてエホバの証人になったものの伝道をやめ、仲間との交友から遠のいている人たちを避けることはしません」「重大な罪を犯した人であっても、自動的に排斥されることはありません。とはいえ、バプテスマを受けたエホバの証人が聖書の道徳規準を破って悔い改めないなら、排斥されます。聖書は『その邪悪な人をあなた方の中から除きなさい』とはっきり述べています」「ある人が排斥されたものの、妻や子どもが引き続きエホバの証人である場合はどうでしょうか。宗教的な結びつきは変わりますが,家族としてのきずなは変わりません。結婚関係、家族の愛情やかかわりは続きます」などと主張している。

(フジテレビ報道局社会部 松岡紳顕)

松岡 紳顕
松岡 紳顕

フジテレビ報道局社会部記者
1991年生まれ、福岡県とカナダ育ち。慶應義塾大学法学部を卒業後、2015年に全国紙に入社。知能犯罪や反社会的勢力、宗教2世問題、農水省、宮内庁などを担当。2023年秋よりフジテレビ社会部で司法担当記者として、汚職関係を取材しています。趣味は冬山登山です。
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