キリスト教系新宗教の「エホバの証人」が3月15日に公表した動画が、信者らの間で物議を醸している。教団を離れた脱会者との関係を禁ずる「忌避」や、「排斥」(破門処分)などの教義が世界的に問題視される中、教団の最高幹部の一人が動画を通じて、そうした教義を緩和すると宣言したのだ。
この記事の画像(6枚)緩和に対して、信者の中には歓迎する声もある一方、批判や不信感は依然と根強い。FNNは、動画公表後に日本国内の教団幹部らに配布された内部資料を入手。「人権侵害」との批判もある教団をめぐり、何が起きているのか取材した。
「エホバはあなたに帰ってきてほしい」
同教団ではこれまで、自ら脱会手続きを取った人や、教義に違反し「排斥」を受けた人と、信者との交流を一切禁じる「忌避」をしてきた。その対象は家族間でも例外ではなく、脱会者らの孤立が、人権侵害にあたると指摘されてきた。
そんな中、教団は3月15日に突然、公式ホームページ上で1本の動画をアップロードし、そうした教義を緩和すると発表した。
動画のタイトルは「2024 統治体からの話(2)」。アメリカ・ニューヨーク州に世界本部を置く教団の意思決定機関「統治体」のメンバーの一人、マーク・サンダーソン氏が「統治体は、会衆(信者のグループ)内で悪事を犯した人にどう接すると、エホバの憐れみにもっと倣えるか、よく祈って考えました」とした上で、聖書の記述を引用しつつ、これまでの聖書解釈を変更することや、教団の新たな方針を説明した。
「エホバはあなたに帰ってきてほしいと思っています」。サンダーソン氏はこう呼びかけた上で、「これまでは会衆から除かれたその人に、あいさつすることはありませんでした。でも統治体は、会衆から除かれた人が集会に来たとき、簡単なあいさつをしたり、歓迎したりするかどうかは、伝道者それぞれが聖書の教えによって整えられた良心に沿って決定できると判断しました」と述べた。
その他にも、信者の排斥処分の要否などを決める「委員会」で、従来1回のみだった信者本人への審理を複数回に増やすことや、信者の服装としてそれぞれ女性はスラックス、男性はノーネクタイとノージャケットを許容することなどを、教団の公式見解として明らかにした。
内部文書「会衆内の重大な悪事に対応する方法の調整」
また、この動画がアップロードされた直後、日本国内の教団幹部らには一通の通達書がPDFファイルで共有された。FNNは、教団内部の関係者から通達書を入手した。
タイトルは「会衆内の重大な悪事に対応する方法の調整」。今後、各教会の世話役「長老」がどのように信者を指導すべきかが記載され、趣旨は、動画と同じように忌避や排斥を緩和するというものだった。最高幹部が公表した新たな方針が、現場レベルにも共有され始めたことがうかがえる。
現役長老「信者の人権保護のポーズ示したいだけ」
こうした動きについて、ある現役の長老は「エホバの証人にとって、とても大きな方針転換」と表現した。信者らの中からは、大きな変化だと驚きつつ「一度脱会した元信者が教団に戻ってきやすくなる」と歓迎する声も聞かれたという。
しかし、この長老は「教団は『信者の人権を保護する』というポーズを示したいだけ」と批判的だ。「あくまで教団が柔和になったのは、信者であろうとする人にだけ。しかも、そうした人への挨拶を許容した程度。今までに脱会して今後も教団に戻る意思がない人は、いまだに忌避の対象のまま。『信じない自由』は一切尊重されていない」。
自身も排斥処分を受けて脱会を余儀なくされた、元長老の根尾啓太さん(仮名)も「教団が世の中から攻撃されないようにするための手法の一つにすぎない」と指摘する。根尾さんは現在も現役信者の両親らと会うことができないといい、「明らかな人権侵害をずっと続けてきた罪は重い。たとえ戒律を今後さらに緩めたとしても、過去のことがなくなるわけではない」と突き放した。
二世信者「聖書は変わらないのに何で教義が変わるのか」
かつて2世信者だった関東地方の40代女性は今回の動きを歓迎しつつも、複雑な心境を隠せない。
女性は小学生の時、母親の影響で信者となった。信者以外の友人と縁を切らされ、学校より教会の行事や聖書の勉強を優先することを余儀なくされた。同級生からも腫れ物のように扱われた。自宅でも、信仰に反対する父と母が毎日のように口論していた。両親の仲を取り持とうとしたが、次第に父から無視されるようになり、生きるためには母に頼るしかなかった。
将来の目標だった看護師も、通っていた教会の長老に「布教活動を優先しなさい」と諦めさせられた。足の障害を治すため全身麻酔で手術を受けるときには、教義で定められている輸血禁止を母親に強制された。
24歳で脱会したが、今も当時のフラッシュバックで摂食障害に苦しみ、入退院を繰り返している。近く予定している首の手術でも、手術中に輸血を受ける可能性を想像すると、今でも強い罪悪感を覚えてしまうという。
そんなトラウマを抱えてまで成人後も信者を続けたのは、自身が脱会することで母親から忌避されたり、脱会者を娘に持つ母親が教会で仲間はずれにされたりしないかが不安だったからだ。今回の忌避の緩和について「現役の信者にとっては歓迎できることなのかもしれない」と評価しつつ、こう吐露した。
「聖書は変わらないのに何で教義が変わるのか。私はあれだけ苦しんで、今もつらい記憶から逃げられていない。あの日々は何のためのものだったのか教えてほしい」
訴訟対応で教義変更か
「エホバの証人問題支援弁護団」の田中広太郎弁護士は今回の動きについて、「教団が海外での複数の訴訟で敗訴していることが要因とも考えられる。中には忌避が大きな焦点となったケースがある」と指摘する。
教団側が信教の自由などを主張し勝訴した判例もあるが、2024年3月上旬にはノルウェーで、国からの補助金を取り消された教団が国を提訴した第一審の裁判で、忌避などが争点となり教団側が敗訴したばかりだ。「今後も各国で同様の裁判が相次ぐ可能性があると見越したものではないか」 。田中弁護士は「緩和と見える今回の動きは小手先のものに過ぎない可能性があり、今後、実際の現場での運用がどうなるかを注視する必要がある。さらに、問題は忌避だけではなく、輸血禁止や児童虐待など課題は山積みのままだ」と指摘している。