反転攻勢開始から約5カ月。ウクライナ軍は激戦地アウディイウカに旅団を派遣し猛攻を図る。一方、イスラエルとハマスの軍事衝突から1カ月、ロシアはアメリカの中東政策を強く批判。

BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を迎え、2つの戦争を戦況と国際世論戦の両面から分析した。

疲弊のウクライナ 政権と軍の間、政権内部にも軋轢の指摘

新美有加キャスター:
英「エコノミスト」誌で、ウクライナ軍のザルジニー総司令官が「今は手詰まりの状態」とウクライナ軍の苦境を吐露。対してゼレンスキー大統領は会見で、手詰まり状態ではないと否定した。政治と軍の間の亀裂が指摘される。

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兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
軍のトップであるザルジニー総司令官のこのような率直な発言は今までなかった。総司令官は戦況の膠着を率直に認め、ウクライナ軍の主導権維持のために5つの課題があるとして具体的な改善策も提示した。大統領との認識の違いが浮き彫りになってきており、政治と軍の間の溝が垣間見えると思う。

小泉悠 東大先端研専任講師:
互いに若干位相の違う話をしているのでは。ゼレンスキー発言は政治的な檄を飛ばしているように見える。苦境を頭から否定しているわけではないと思うが、軍と政権の緊張関係は一定程度あるのだろう。またゼレンスキー政権の元大統領府長官顧問のアレストビッチ氏が最近、異なる意見を聞かない独裁者だとして、猛烈にゼレンスキーを批判している。完全に一緒にはできないと前置きをしつつ、ヒトラーの名前を出した。ユダヤ系のゼレンスキーに対して最大級の侮辱。政権内部でも軋轢は相当あったのだろう。

兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
政権内部でも以前から意見の対立はある。ゼレンスキー大統領はあくまでも最後まで領土奪還のために戦闘を続ける姿勢だが、アレストビッチは戦況が膠着する中で「ある程度話し合いで折れなくてはいけない」というニュアンスのことを言っている。真意は見極める必要があるが。

小泉悠 東大先端研専任講師:
アレストビッチは、NATOに加盟したいが(紛争当事国である)今のままでは加盟できないのである程度の領土をロシアに譲って加盟し、譲った領土は軍事的にではなく政治的奪還のみを目指すと提案。ウクライナ社会は相当疲れており、従来の形ではまとまらない感覚を政治家たちが持ち始めているのかも。決して諦めの雰囲気ではないと思うが。

要衝とは言えないアウディイウカでロシアが求める政治的戦果

新美有加キャスター:
米「戦争研究所」によれば、ロシア軍がドネツク州アウディイウカ付近で攻撃を継続し、辛うじて前進。一方、ロシアの軍事ブロガーはウクライナ軍が反撃に成功したと投稿。活躍したとされるのが「第47機械化旅団」で、欧米供与の主要な兵器を運用するウクライナの精鋭部隊。トクマクへ向けた進軍からアウディイウカに転戦させたとされるが。

兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
ロシアがアウディイウカで大攻勢をかけているのは、大統領選挙も近く、プーチン大統領がドネツク州の完全制圧を優先しているためと言われる。対してウクライナも第47機械化旅団を転戦させた。ロシアの政治的なこだわりにウクライナも乗っているように見える。政治的な戦果をロシア側に許すことは、ウクライナへの政治的ダメージになる可能性がある。

新美有加キャスター:
アウディイウカ自体は戦術的にはあまり価値がないという話もあるが、ロシアに取られた場合は主導権を渡すことになってしまうか。

小泉悠 東大先端研専任講師:
「主導権」にはっきりした定義はないが、いつどこで戦うのかを決める力だと思う。アウディイウカでの攻勢で主導権がかなりの程度ロシアに移った部分は確かにある。ただ、ここでの主導権維持のためにウクライナが兵力をつぎ込むことが正しいかは別問題。

新美有加キャスター:
一方、11月4日にウクライナ軍はクリミア半島にあるロシア軍の要衝、半島東部ケルチにある海洋・公安インフラを司るザリフ造船所に攻撃を行ったと発表。

小泉悠 東大先端研専任講師:
ウクライナはロシアの警戒心をより強め、クリミアをがら空きにしておけない状況を作りたい。すると、前線に出したい部隊や防空システムなどをクリミア後方に下げさせておける。特にケルチには、ロシアとクリミアを繋ぐ唯一の橋であり、ウクライナが一度攻撃を加えたケルチ海峡大橋(クリミア大橋)がある。

対ロシアと対イスラエル、ダブルスタンダードで自らの首を絞めるアメリカ

新美有加キャスター:
アメリカ政府は、ウクライナへの最大4億2500万ドルとなる追加支援を発表。うち1億2500万ドルは大統領権限で米軍の在庫から供与、残り3億ドルは「ウクライナ安全保障支援イニシアチブ」の資金を使用するとみられる。アメリカ政府はこの資金がイニシアチブの最後のお金になると説明しているが。

松田拓也 東大先端研「ROLES」特任研究員:
バイデン大統領が演説で支援の必要性を国民世論に訴えたが、共和党が反発している。イスラエルについては超党派で一定の理解を得ているが、ウクライナに関しては共和党から厭戦ムードが高まっており、今回は既にある財源の中での支援になった。

反町理キャスター:
アメリカの国内世論は。

松田拓也 東大先端研「ROLES」特任研究員:
見えにくいが、冒頭の話のようにウクライナに手詰まり感が出てしまえば「支援をどこまで続けるのか」となる。各メディアは完全にイスラエルに向いており、ウクライナにとって非常にタイミングが悪い。

新美有加キャスター:
そうした中、日本でのG7外相会合。日米外相会談で上川外相は「中東情勢をめぐるアメリカの外交努力を評価し最大限支持。日米の固い結束が重要」、米ブリンケン国務長官はG7として団結する重要性を指摘。

小泉悠 東大先端研専任講師:
ウクライナに対して、防空兵器や砲弾の爆薬の原料などの支援を日本が行ってくれないか、という話が出る可能性はある。アメリカに言われて出すのもどうかと思うが、我々がウクライナに負けてもらっては困る立場なら、真面目に考えてよいこと。

反町理キャスター:
東アジア情勢もあり、事実上3正面のような形。アメリカのウクライナ支援が手薄になったら日本から支援し、東アジアはアメリカにお願いします、というのも変な話では。

兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
ただ中長期的に見ると、この3正面でのバランスの問題を日米間、また他のG7諸国とも確認していく必要がある。中東だけ、ウクライナだけを切り取った話では十分ではない。

反町理キャスター:
G7の外務大臣が集まるのは、武力衝突の開始後初めて。10月22日にオンライン首脳会談でまとまった日本以外の6カ国の共同声明の要旨は「イスラエルの“自衛権行使”を支持、国際人道法を遵守し民間人を保護」。日本はこれに乗れるか。

松田拓也 東大先端研「ROLES」特任研究員:
ウクライナには法の支配に基づいて国際秩序を維持する話を当てはめやすかった。中国の海洋進出に関してもそう。しかし、イスラエルとハマスの問題にはこのロジックを使うのが非常に難しい。ダブルスタンダードになってしまう問題がある。ロシアがウクライナの民間人を殺しており、国際人道法違反だという話で。

反町理キャスター:
ではイスラエルがしていることはどうなんだ、と。外相会合で出てくる共同声明は、ロシアから見れば突っ込みどころ満載のものとなるのでは。

兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
それでも1つの声明にまとまればいいが、国連総会でも投票が完全に割れている。ロシアは好機と見ているはず。ダブルスタンダードという言葉を使いながら、中国とともにアラブ諸国やグローバルサウスを取り込んでいく外交的な動きが、既に始まっていると見える。

小泉悠 東大先端研専任講師:
アメリカは実際ダブルスタンダードで、イスラエルのやっていることも非難されるべきであるのは前提として、それらが結果的にロシアの行為を免罪し、ウクライナ支援を弱めてしまっている。アメリカのオウンゴールを見ている気がしてならない。

日本の戦略論に必要な「エンドステート」とは

新美有加キャスター:
日本政府がとるべき姿勢、私たちが持つべき視点とは。小泉さんのご指摘は「まるで戦争を自然現象のように捉えているのでは。今求められているのは、『エンドステート』を持って戦略論を考えること」。

小泉悠 東大先端研専任講師:
これは、軍事戦略を考えるときに最終的に何を達成したいかを決め、そのために必要な作戦や戦術などを考えていくこと。戦争を不可避の所与の現実のように捉えるのではなく、「東アジアは、ウクライナ情勢は、中東はこうあってもらわなきゃ困る」というエンドステートを持つ。その上で我々に何ができるのか、そのためにどういう戦略を持つのかという考え方をしなければ、日本は振り回されるばかり。そうであってはいけない。

反町理キャスター:
日本政府も43兆円の防衛費や防衛3文書など整えようとする姿勢はあると見えるが、方向性が迷走していると感じるか。

小泉悠 東大先端研専任講師:
そうは思わない。中身や施策の実効性に議論の余地はあると思うが、2023年改定の国家安保戦略にもそれなりのビジョンがある。

兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
難しいのは、エンドステートもウクライナ、中東、将来の東アジアと複数を考えねばならないこと。同盟国・友好国との間のすり合わせも必要。戦略的な発想を持つ以前に、国際情勢に関して主体的な関心を持ち日本として知見を深めていく必要がある。

(BSフジLIVE「プライムニュース」11月7日放送)