2023年10月7日にイスラム過激派テロ組織ハマスがイスラエルに対する大規模テロ攻撃を開始し、イスラエルが対ハマスの開戦宣言をしたことに対する岸田政権の対応は遅く、場当たり的だった。加えてそこには、日本を国際的に孤立させ、国家安全保障を危うくし、日本への不信感を増幅させる問題がある。

開始5日後に「テロ」と呼称変更

岸田首相がこれについてXで声明を出したのは翌日の8日であり、この声明で岸田氏はハマスの攻撃をテロと認定しなかった上に、「全ての当事者に最大限の自制を求めます」と訴えた。

岸田声明の内容は、他のG7諸国の首脳や外相が、当日直ちにさまざまなかたちでハマスの蛮行をテロと非難し、イスラエルの自衛権を支持すると明言したのとはあまりにも異なっていた。「すべての当事者に最大限の自制を」というのは要するに、イスラエルに自衛権を行使するなとほのめかしたに等しい。

岸田政権は、テロ開始から5日後の10月12日になって突如、ハマスの攻撃をテロと呼ぶと発表した。その理由として松野官房長官は、「多数の一般市民を標的として殺害や誘拐を行う残虐な無差別攻撃である点も踏まえ、テロ攻撃と呼称することとした」と述べた。その事実は当初からすでに明らかであり、呼称変更の説明になっていない。テロと呼ぶかどうかを「検討」するのに5日間を要したということだろう。

ガザの病院爆発 日本は「攻撃」と発表したが…

10月17日にガザの病院で爆発が発生すると、その直後に上川外相は、病院が「攻撃」され、「多数の死傷者が発生」「罪のない一般市民に多大な被害が発生したことに、強い憤りを覚えます」という談話を発表し、暗にイスラエルを非難した。外務省はこれに「10月17日、ガザ地区ガザ市にあるアングリカン・アル・アハリ病院で爆発が発生し、避難していた市民少なくとも500人以上が死傷」という説明を補足した。

爆発があったガザ地区のアル・アハリ病院(10月18日)
爆発があったガザ地区のアル・アハリ病院(10月18日)
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しかし、実はガザの病院が「攻撃」されたという事実も、「避難していた市民少なくとも500人以上が死傷」という事実も、それを裏付ける証拠はない。これを発表したのは「ガザ保健当局」であり、ガザ保健当局はテロ組織ハマスの傘下にある。米紙『ニューヨーク・タイムズ』は、ハマスの発表を鵜呑みにし、事実確認をせずに一面で報じたことを誤りと認めた。しかし、岸田政権は上川氏の談話を訂正も謝罪もしていない。

日本除くG7がイスラエルの自衛支持

22日に日本を除くG7諸国(6カ国)が電話会談し、イスラエルの自衛権を支持する共同声明を出すと、岸田政権は日本が参加しなかった理由について、「6カ国は今回の事態の中で誘拐・行方不明者など犠牲者が発生しているとされる国々だ」と述べ、日本人が犠牲になっていないからだと説明した。日本人がハマスのテロの犠牲になっていないので、イスラエルの自衛権を支持しない、という説明に合理性は全くない。

「イスラエルの自衛権」への支持は述べず…
「イスラエルの自衛権」への支持は述べず…

上川外相は27日にも記者会見で、「イスラエルが主権国家として、自国及び国民を守る権利を有することは当然」とは述べたものの、イスラエルの自衛権を支持するとは述べなかった。この場で上川氏は、「我が国は、ハマス等によるテロ攻撃を断固として非難した上で、第一に、人質の即時解放・一般市民の安全確保、第二に、全ての当事者が国際法を踏まえて行動すること、第三に、事態の早期沈静化を一貫して求めてきております」と強調している。

8日の岸田首相の「全ての当事者に最大限の自制を求めます」から27日の上川外相の「事態の早期沈静化」に至るまで、岸田政権はイスラエルには自衛権があると言いつつも、自制するよう、早期沈静化のためにその行使を自粛するよう暗に求める態度を続けている。しかもイスラエル非難をほのめかす表現を含む発信も続けている。

G7首脳による共同声明については「コメント差し控える」と述べた
G7首脳による共同声明については「コメント差し控える」と述べた

上川氏は27日の会見で「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を共有する我々G7」とか、「日本は、今年G7の議長国であります。法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化、そして、国際的なパートナーへの関与の強化等を優先課題として、G7の議論をリードし、成果を挙げてまいりました」と、G7の一体性、日本のリーダーシップを強調した。

しかし日本以外のG7首脳が共同声明を出したことについては、「他国が発出した声明の内容につきまして、コメントすることにつきましては、差し控えさせていただきます」「今般の事案につきましては、我が国は直接の当事者ではなく、個別具体的な事情を十分把握しているわけではないことから、確定的な法的評価を行うということにつきましては、差し控えたい」云々と論点をずらし、木で鼻をくくったような回答に終始した。

また、24日の会見では「従来、国際社会において、中東問題をめぐりましては、様々な枠組みで、議論や立場表明がなされてきております。今回もその一つとして、G7とは別の形で発出されたものと承知しております。このように、国際社会では、その時々の情勢や、また各国が抱える状況等に応じまして、様々な形で連携・協力が行われてきております」と一般論にすり替えて、記者の質問を煙に巻いた。

岸田政権の「中立」外交は“夜郎自大”

テロとの戦いというのは、「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を共有」するかどうかが、最も端的に試される局面である。テロとは暴力の行使により自らの政治的目的を達成しようとする試みであり、自由や民主主義の対局に位置することは言うまでもない。テロを容認すれば民主主義は崩壊し、法の支配にもとづく国際秩序は瓦解する。

 
 

岸田政権は、今でこそハマスの攻撃について「テロは容認できない」「テロを断固として非難」と言ってはいるものの、初動の段階ではそもそもハマスの攻撃をテロと認定することすらできず、一方でテロ組織ハマスの発表を証拠もないのに早急に事実と認定し、暗にイスラエルを非難する談話を発表するという醜態を国際社会にさらした。

しかも日本は、G7とたもとを分かち、テロ攻撃に対するイスラエルの自衛権行使を支持しない道を選択した。岸田政権のこの選択は、日本の有事の際、国際社会が日本の自衛権行使を支持しない可能性を増大させた。日本がテロ攻撃や他国からの軍事侵攻を受けたとしても、「我が国の国民が犠牲になっていないので、我が国は日本の自衛権行使を支持しません。事態の早期沈静化のため、日本には最大限の自制を求めます」と言われることになろう。

中東外交だけは中立でやる、欧米とは異なるバランス外交を、などという掛け声は、日本国内では一定の支持を得るかもしれないが、国際的に客観的に見れば単なる夜郎自大だ。中立には対価が伴う。日本にはその覚悟も準備もない。日本には一国で自国を守れるだけの軍事力も兵力もないのが現実だ。

米国との同盟関係に加え、価値観を共有する諸国と連携した外交を展開することなしには、日本の国防はおぼつかない。

岸田政権の中東外交は、亡国の外交である。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。