「なぜハマスはイスラエルに大規模攻撃をしたのか?」
「なぜ今、このタイミングなのか?」
「なぜ勝ち目もなく、パレスチナ人にも大きな犠牲が出ることがわかっているのに攻撃するのか?」

10月7日にイスラム過激派テロ組織ハマスがイスラエルに対し大規模テロ攻撃を開始して以来、こうした疑問を持つ人が多い。

現在メディアで流布している「専門家」の回答は、おおむね次のように集約される。

「なぜならイスラエルの占領や貧困、失業などにより、パレスチナ人が絶望し、不満が爆発したからである」
「なぜならアラブ諸国とイスラエルの間の和平が進み、ハマスが疎外感や焦燥感を覚えたからである」
「なぜならイスラエルに極右政権ができ、ハマスが反発を強めたからである」

はっきり言おう。これらの回答は背景を説明しているように見えて、実はハマスを擁護している。

ハマスはこんなに追い詰められていたんだ、だからあのような攻撃に出るのも仕方がなかったんだとハマスの事情をおもんぱかり、逆にハマスを追い詰めた側を非難する。彼らの槍玉に上がるのは決まってイスラエルであり、サウジアラビアや、時には米国や英国の時もある。

ロケット弾を発射する戦闘員(ハマスの軍事部門が10月9日に公開した映像より)
ロケット弾を発射する戦闘員(ハマスの軍事部門が10月9日に公開した映像より)
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疎外や焦燥を感じたらテロをするのも仕方ない、貧しい人や失業者は絶望してテロに走るものだという言説は、もっともらしいようでいて、極めて差別的で侮蔑的だ。疎外感を感じたからといってテロをする人などほとんどいない。貧者も失業者もテロになど走らない。テロリストはテロをするからテロリストになるのだ。貧乏だからテロリストになるわけでも、失業者だからテロリストになるわけでもない。

そもそもこうした言説は、ハマスとパレスチナ人を混同している。

空対地ロケット弾の発射準備を行う戦闘員(ハマスの軍事部門が10月9日に公開した映像より)
空対地ロケット弾の発射準備を行う戦闘員(ハマスの軍事部門が10月9日に公開した映像より)

ハマスはガザ地区を武力で実効支配しているイスラム過激派テロ組織であり、パレスチナ人の正当な代表でも何でもない。むしろパレスチナ人は、ハマスによって支配され、搾取され、じゅうりんされ、人間の盾として利用されている被害者だ。

メディアに流布するハマスを擁護するニュアンスを帯びた解説は、ハマスへの同情を引き起こし、代わりにイスラエルへの憎しみを生むという問題もある。結果として、ハマスが無差別テロ攻撃を実行し、1200人を超えるイスラエル人の命をむごたらしく奪ったという事実が矮小化される。これは悪しき印象操作だ。

ハマスが狙う、パレスチナ自治政府の“利権”

実はハマスのテロ攻撃の背景には、日本の「専門家」がほとんど言及しない問題がいくつもある。

ひとつ目はパレスチナ内部の抗争だ。

現在、国際社会においてパレスチナ人の代表とされているのはパレスチナ自治政府である。パレスチナ自治政府は1994年、パレスチナ解放機構とイスラエルによるオスロ合意に基づき設立された。

重要なのは、パレスチナ自治政府が世界中から集まるパレスチナ支援金の主たる受け皿となっている点だ。日本もパレスチナに対し、ここ30年間で23億ドル(約3400億円)を支援している。パレスチナ自治政府はこうした支援金で運営されているのだが、支援金の一部は汚職に消える。その割合は少なくない。

パラグライダーでイスラエルに越境する“訓練”を行う戦闘員(ハマスの軍事部門が10月7日に公開した映像より)
パラグライダーでイスラエルに越境する“訓練”を行う戦闘員(ハマスの軍事部門が10月7日に公開した映像より)

ハマスが狙うのは、このパレスチナ自治政府が独占している利権だ。自分たちがパレスチナの正当な代表となれば、世界からの支援金をほしいままにできる。ハマスは「清貧の戦士」などでは全くない。カネに目がない金満テロ組織だ。年間7億ドルの収入があるとされ、ハマスの指導者イスマイール・ハニーヤはカタールの高級ホテルに暮らしている。ハマスの幹部も軒並みカタールかトルコで豊かな生活を送っている。彼らはいつも、ハマスのテロやガザ空爆をカタールの放送局「アルジャジーラ」の画面で眺める。高みの見物だ。

ハマスがパレスチナ自治政府にかわりパレスチナ人の正当な代表となるためには、何よりもパレスチナ人たちの支持が必要だ。だから彼らは度々、勝てるわけがないにも関わらず、イスラエルに対して無差別テロ攻撃をしかける。ロケット弾がイスラエルに向けて次々と発射され、それがイスラエル人を殺傷すれば、人々は喜んで祝福する。

ハマスはイスラエルの音楽フェスを襲撃
ハマスはイスラエルの音楽フェスを襲撃

今回はロケット弾だけでなく、1000人以上のハマスのテロリストが越境してイスラエル領内に入り、音楽フェスに参加していた若い女性たちを次々と陵辱して殺害したり、集団農場(キブツ)に暮らす人々の家に次々と突入し、女性や子供を後ろ手に縛って処刑したり、乳幼児を斬首するなど、筆舌に尽くしがたい蛮行を繰り広げた。彼らはそれらを得意げに動画に収め、自らインターネット上に公開した。こうした一連の行為が、パレスチナの人々を喜ばせハマス支持につながると彼らは思っているのだ。

だからこそ彼らは「絵的に派手」なテロをする。これは「宣伝としてのテロ」なのだ。これでパレスチナの人々が、やはり我々の代表はパレスチナ自治政府ではなくハマスであるべきだと思うようになれば、ガザで武装蜂起したように、ヨルダン側西岸でも武装蜂起することができるかもしれない、と彼らは考えている。成功すれば、パレスチナ自治政府にかわり、ハマスがパレスチナ代表の座に座ることも夢ではない。

ハマスの巧みな印象操作

ふたつ目は、国際世論の操作、印象操作である。

ハマスは軍事や諜報、武器庫といった拠点を、ガザの学校や病院、住宅地の地下に設置する。そうすれば、ハマスがテロをしてイスラエル軍が報復攻撃をした際、必ずそれらが攻撃され、民間人が巻き込まれて犠牲になるからだ。これがハマスの「人間の盾」作戦である。

負傷した子供を抱きかかえ、救急車に駆け込む医師(ガザ・10月9日)
負傷した子供を抱きかかえ、救急車に駆け込む医師(ガザ・10月9日)

ハマスは子供の犠牲者数を強調することで、イスラエルの非人道性、残虐性を国際社会に訴える。世界中のメディアが、爆撃され廃墟となったガザと、犠牲になった住民の姿をセンセーショナルに報道する。世界中の人々がこれを見て、中東問題やパレスチナ問題は複雑でよくわからないけれど、とにかくイスラエルは残虐な国で悪なんだという印象を持ち、弱者たるパレスチナの味方をすることが道徳的に正しいのだと理解する。その中でハマスは、かわいそうなパレスチナ人を体を張って守り、戦う、正義の戦士だと印象づけられる。

これがハマスの戦略だ。

日本のメディアや「専門家」はハマスの狙い通りに動くコマである。ハマスはメディアや世論をどう動かすか熟知しているのだ。

対イラン制裁緩和の影響

ハマスの大規模テロ攻撃がこのタイミングで実行された背景にも、「専門家」が語らない要因がある。それは対イラン制裁の緩和だ。

ガザが包囲されているにも関わらず、ハマスが数万発のロケット弾をはじめとする大量の武器を保有しているのは、イランからの資金援助と技術協力があるからだ。これはイランもハマスも認めている公然の事実である。

米国オバマ政権は2015年にイランと核合意を結び、対イラン制裁を緩和したが、トランプ政権は核合意から離脱し、再度イランに対する制裁を強化した。バイデン政権は核合意再建を目指し、徐々に対イラン制裁を緩和している。9月にはイランで収監されていた米国人5人の解放と引き換えに、韓国で保管されていたイランの資産60億ドル(約8860億円)の凍結を解除した。

イランの最高指導者・ハメネイ師は攻撃への関与を否定したが、ハマスを称賛(テヘラン・10月10日)
イランの最高指導者・ハメネイ師は攻撃への関与を否定したが、ハマスを称賛(テヘラン・10月10日)

対イラン制裁が緩む中、イランは中国との関係を強化し、今は大量の石油を中国に売ることで外貨を獲得し、イラン経済の状況は急速に改善している。イランはロシアに自爆ドローンなどの兵器を供給するなど、武器の輸出も推進している。

イランに潤沢な資金が入ることはすなわち、ハマスに潤沢な資金が入ることを意味する。今回のハマスの大規模テロ実行は、こうしたタイミングで発生したことも重要だ。

ハマスの攻撃を「悪の所業」と強く非難したバイデン米大統領(10月10日)
ハマスの攻撃を「悪の所業」と強く非難したバイデン米大統領(10月10日)

日本は民主主義国である。日本以外のG7諸国は、首脳たちが繰り返しハマスのテロを非難し、我々はイスラエルの側に立つというメッセージを出している。テロというのは暴力の行使によって他者を恐怖に陥れ、それによって自己の政治的目的を達成しようとする手段のことだ。ハマスのやっていることはまさに、テロそのものである。

日本以外のG7諸国がハマスのテロを繰り返し非難するのは、テロが民主主義の大敵であるからに他ならない。テロを容認すれば民主主義は崩壊する。国際秩序も消えてなくなる。ハマスは追い詰められたのだからああするのも仕方がない、ハマスをあそこまで追い詰めたイスラエルが悪いなどと悠長な「解説」をし、中立を装い道徳的高みに自らを位置付けて満足している場合ではない。

日本はテロを容認するのか。歴史的背景があれば、やむにやまれぬ事情があれば、テロもやむなしというのが日本の立場なのか。政府の姿勢、メディアの報道姿勢、そして「専門家」の研究姿勢が問われるべきである。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。