静岡大学と浜松医科大学の統合・再編をめぐる議論が混迷を極めている。静大側の二転三転する姿勢に構想から5年が経過した今、実現どころか両大学で交わした合意の破断までちらつき始めた。これまでの経緯を整理する。

1法人2大学で双方が合意

旧制静岡高校や静岡第一師範学校など5つの旧制学校を前身とし、150年近い歴史を誇る静岡大学。

静岡大学 静岡キャンパス
静岡大学 静岡キャンパス
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静岡県内で唯一の医学科を有する浜松医科大学。

浜松医科大学
浜松医科大学

両大学に再編・統合の話が浮上したのは今から5年以上前の2018年5月にさかのぼる。

文部科学省が少子化による学生数の減少に伴い地方国立大学の経営が行き詰まることに備え、従来のように1つの法人が1つの大学を運営する方式から、1つの法人が複数大学を運営できる方式へと制度変更を検討する中で、法人の統合を視野に情報共有の場を持っていることが発覚した。

1年近い議論の中でまとまったのは、両大学の運営法人を統合した上で、浜松市内にキャンパスを置く静岡大学の工学部・情報学部と浜松医科大学を合併させて新たな大学を作り、静岡市内にキャンパスを置く静岡大学の人文社会科学部や教育学部など4学部はそのまま静岡大学とする再編案だ。

統合・再編に向け合意した両大学(2019年3月)
統合・再編に向け合意した両大学(2019年3月)

2019年3月。静岡大学・石井潔 学長(当時)と浜松医科大学・今野弘之 学長が法人の統合ならびに大学再編に関わる合意書を締結し、石井学長が「両方の大学の独立的な運営で小回りの利く迅速な意思決定と活動ができる」と強調すれば、今野学長は「想像できないような分野が開拓される」と胸を張った。

激化する“賛成派”と“慎重派の”対立

ただ、当初は2021年度までに統合を完了し、新大学の生徒募集は2022年度から行うことを目標に掲げていたが、これに待ったをかけたのが当の“静岡大学”の教職員だ。

反対の声をあげたのは主に静岡キャンパスの教職員で、工学部などがある浜松キャンパスが浜松医科大学と合併すると静岡大学の規模が小さくなり、質の高い学生や研究者が集まらなくなるとの理由だ。人文社会科学部の田島慶吾 副学部長(当時)は「静岡地区に残される4学部に関しては、ほぼ何のビジョンも示していない」と痛烈に批判した。

反対の声をあげた静岡キャンパスの教職員(2019年3月)
反対の声をあげた静岡キャンパスの教職員(2019年3月)

ここから“推進派”と“慎重派”、静岡大学「内部」の対立が激化する。

し烈極める学長選 制したのは‥‥

大きな動きが見られたのは翌2020年10月。再編を推し進めてきた石井学長が任期満了に伴う学長選考に立候補せず、推進派と慎重派の一騎打ちとなった。そして投票や面接経て選任されたのが、慎重派で現在も学長を務める人文社会科学部の日詰一幸 学部長(当時)だ。

静岡大学の新学長発表会見(2020年10月)
静岡大学の新学長発表会見(2020年10月)

選考結果を受け、日詰学部長は「慎重な考えは変わらない」とした上で「合意書もあるので、枠組みの中で何ができるのか、これから追求していかないといけない」と述べた。

一方、再編に前のめりの浜松市・鈴木康友 市長(当時)は同じ頃、萩生田光一 文部科学大臣(当時)のもとを訪れ、統合・再編の後押しを要望。「大臣は大変いい案。反対する理由がわからないくらいに言っていた」と慎重派をけん制した。

文科省へ直談判に向かう当時の浜松市長(2020年9月)
文科省へ直談判に向かう当時の浜松市長(2020年9月)

さらに、浜松市が商工会議所の会頭などを交え統合・再編に向けた地域の将来像を議論する会議を立ち上げて攻勢を仕掛けたのに対し、静岡市が静岡大学と設置した大学の将来像や再編について話し合う協議会では、統合・再編を“ゼロベース”として様々な選択肢を検討する作業部会が開かれるなど、“推進派”と“慎重派”の溝は深まるばかりだった。

統合・再編は延期…ただ期限は示されず

こうした中、両大学が大きな決断を下す。2021年1月、統合・再編の在り方を話し合う協議会の結論が出ていないなどとして、両学長が揃って会見し計画延期を発表したのだ。静大側の石井学長(当時)は計画の白紙撤回ではないことを強調したものの、延長の期間については「何年もかけるわけにはいかない」と曖昧さが残った。

そうは言っても、このまま引き下がるわけにはいかないのが浜医大側だ。この年の10月に行われた学長選考で今野学長が再任されると「統合・再編を前提として話し合いをいま進めていると理解している。1年でも早く統合・再編となることが望ましい」と暗にプレッシャーを掛けた。

再任が決まった浜医大・今野学長(右・2021年10月)
再任が決まった浜医大・今野学長(右・2021年10月)

だが、期待とは裏腹に静大側から2022年7月に示された“日詰学長の私案”は「運営法人を一緒にするだけでなく、将来的には1つの大きな大学を目指す」1法人1大学という新たな案。

日詰案により浜松市長が激怒

これにしびれを切らしたのが浜松市の鈴木市長(当時)だ。退任が目前に迫る中、統合・再編への思い入れが強い鈴木市長は“最後の仕事”と言わんばかり再び動きを見せた。2023年3月、統合・再編に期待を寄せる市内経済界や近隣自治体を巻き込んだ期成同盟会を発足させ、挨拶では「子供たちの夢を壊し、就学・教育の機会を奪ったことが許せない。静大の(日詰)学長に猛省を促したい」と強い口調で非難した。

そうそうたる面々が集結した期成同盟会(2023年3月)
そうそうたる面々が集結した期成同盟会(2023年3月)

これに対し日詰学長は「大学のことは大学に任せ、大学が主体的に決める必要がある」と反論しつつ、「静岡県全体を活性化させることができる、学問分野の広い裾野を持った大学を実現するには、大学を統合することが望ましい」と改めて1法人1大学案を主張した。

私案の次は“別案”提示 静岡市長も怒り

浜医大・今野学長によれば「学長同士の会談は毎月ずっと行っている」という。ただ折り合いがつくことなく、7月に行われた両大学との協議の中で今度は日詰学長が2つの大学を統合した上で静岡と浜松に強い権限と独立性を有する2つの学校を設置する“1大学2校案”という国立大学としては前例のない仕組みを提案。

静大側は合意案の早期実現を求める浜医大側に譲歩するため、大学名の変更や浜松への大学本部の移転も視野に入れているとするが、これには“味方”であるはずの静岡市からも異論が噴出した。難波喬司 市長は「法人形態が議論されている中で良くわからない案。私にはまったく理解できない」と一蹴し、名称変更や本部移転についても「表面的だ」と批判。

”モデルチェンジ”案に苦言を呈した静岡市長(2023年8月)
”モデルチェンジ”案に苦言を呈した静岡市長(2023年8月)

10月16日には静大の浜松キャンパスに勤務する川田善正 副学長など4人が、いわば“大学にだまし討ち”の形で会見に臨み、「日詰学長は『1大学2校案が浜医大に受け入れられない場合は白紙も視野に入れる』としている」と危機感をあらわにした上で「合意書に基づく早期実現を求めるとともに浜松キャンパスの目指す将来と意見の尊重を求めたい」と訴えた。

しかし、静大側は10月18日に行われた教育研究評議会で“1大学2校案”を成案とした。関係者によると、会議の中では「静岡大学未来創成ビジョン」なるものが示され、“オール静岡共創型総合大学”構想が説明されたという。

具体的には従来の学部制を廃止した上で「学群制」を採用し、浜松地区には医工学群、静岡地区には自然・生命科学群を置き、さらに両地区をつなぐ新大学の骨格として先端教育・教養学群を設置し、教育や組織の効率化、研究の連携強化を図るというものだ。

日詰学長は報道陣に対し「合意書を白紙にするということではない」と強弁し、会議の中では「合意書もいろいろな捉え方があるので、まずは静大として案を示したい」と話したとのことだが、当初交わした“1法人2大学”案の履行を求める浜医大側が難色を示すのは確実な情勢と言える。現に浜医大側は10月31日に予定されていた静大側との連携協議会について“休会”を申し入れた。

“偉大”すぎる静大工学部

このように経緯を書き並べてみると静大サイドの“内部の争い”であることが良くわかる。では、なぜ議論の終着点が見いだせないのか?これには工学部の存在が関わっている。旧制・浜松工業学校を前身とする静大工学部は1926年、故・高柳健次郎 氏が世界で初めてブラウン管を使った電子式テレビの開発に成功したほか、多くの研究者や技術者を養成し、自他ともに認める“静大の名門”だ。

工学部がある浜松キャンパスの高柳健次郎氏の銅像
工学部がある浜松キャンパスの高柳健次郎氏の銅像

静大と浜医大双方の“推進派”は、工学部などと県内で唯一の医学科を持つ浜医大が連携すれば医学分野の最先端を築くことができると展望するが、“慎重派”は“名門学部”が無くなることでブランド力の低下、学生や研究者の獲得における競争力の低下などを懸念する。

OBや現役生徒、未来の学生のために…誰もが納得する答えは得られないかもしれないが、多くの人が納得する結論を早急に見つけ出すことが期待されている。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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