静岡県がリニア新幹線の県内の工事を認めない理由のひとつは、南アルプスの自然への影響だ。工事で出る土砂の置き場についてもJR東海の候補地に難色を示している。これに対し、リニアが通る予定の静岡市の市長は「大きな問題はない」と、県とは真逆の意見を表明した。

土砂置き場候補地に県は難色

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リニア新幹線は静岡市最北部の南アルプスを通る。静岡工区の工事で出る土砂は370万立方メートル、東京ドーム3個分だ。JR東海は、このうち360万立方メートルを大井川上流の燕沢の約18万平方メートルの土地・ツバクロ発生土置き場に盛土する計画で、高さは70mになる。
残りの10万立方メートルは、基準値を超える自然由来の重金属等を含む「要対策土」で、別の場所に盛土する。

大井川上流の燕沢
大井川上流の燕沢

燕沢に置かれる予定の盛土について、静岡県はホームページで「70mもの高盛土は、南アルプスという脆弱な地質・地形を考慮すると、長期的には盛土崩壊や土砂が大井川に流れ込み、濁水や河川閉塞も危惧されます」と懸念を表明している。

燕沢を視察する川勝知事(2020年6月)
燕沢を視察する川勝知事(2020年6月)

南アルプスは国が「深層崩壊(斜面の崩壊が表層よりも深部で発生する山崩れ等)の発生頻度が“特に高い地域”」に分類していて、2023年8月に開かれた県のリニア環境保全連絡会議 地質構造専門部会では、委員から「南アルプスの崩れやすい地質構造を踏まえたうえで、広域的な評価を行い、適地であるか確認することが重要である」との意見が出た。静岡県の担当者も「盛土を置く場所は他の候補地も含め1カ所に大量に置くのがいいのか、もう一度検討してもらえれば」とJR東海に注文を付けた。

盛土のイメージ(JR東海)
盛土のイメージ(JR東海)

土砂置き場はJR東海が最初に候補とした場所を、県の希望で変更した経緯がある。JR東海はこれまでに深層崩壊や洪水を想定したシミュレーション結果を示しているだけに、「もう一度そこ(燕沢)がいいのかという話はかなり困惑をしている」と反論した。

静岡市長が県と真逆な見解

静岡市のリニア事業影響評価協議会(2023年10月)
静岡市のリニア事業影響評価協議会(2023年10月)

県内で唯一 リニアの工事現場がある静岡市の難波喬司市長は、このJR東海の候補地について「大きな問題はない」と、県とは真逆な見解を表明した。静岡市が設置している「リニア事業影響評価協議会」の2023年10月13日の会議でのことだ。

静岡市・難波市長
静岡市・難波市長

難波市長はもともと国土交通省の技術官僚で、土木工学が専門だ。静岡県の副知事時代に担当していたこともあり、リニア問題に詳しい。
難波市長は、土砂置き場が周辺の環境に与える影響を3種類に分けて、JR東海の環境保全措置に問題がないか、静岡市の見解を示した。

南アルプスの高山植物とライチョウ
南アルプスの高山植物とライチョウ

まず盛土があること自体が周辺の環境に与える影響だ。「地形改変による動植物の生息環境への影響」と、「発生土置き場からの排水による河川の水質への影響」で、いずれもJR東海が提案した緑化計画や排水処理計画により、「全体として問題はない」とした。

工事発生土置き場に予定される燕沢
工事発生土置き場に予定される燕沢

次に盛土に外部から力が加わることによる周辺環境への影響だ。「降雨による盛土の崩壊の可能性」と、「地震による斜面崩壊の可能性」について検討し、こちらもJR東海が「100年に一度の雨による河川水位や流速を考慮して構造を強化していること」や「適切な地震動での解析により安全性を確認していること」などを理由に、「全体として問題はない」などとした。

山体崩壊の影響 3つのケース

土砂置き場上流の千枚岳(提供:明星大・長谷川裕彦教授)
土砂置き場上流の千枚岳(提供:明星大・長谷川裕彦教授)

さて今回の影響評価で難波市長が「特殊で難しい」としたのは、「周辺状況の変化による影響」だ。具体的には「盛土自体は安定しているが、上流で山体崩壊などが起きて土石流が流れ下った時に、盛土がある時とない時で周辺に与える影響にどんな違いがあるのか」だ。

白色が燕沢方面(提供:明星大・長谷川裕彦教授)
白色が燕沢方面(提供:明星大・長谷川裕彦教授)

土砂置き場の上流にある千枚岳は深層崩壊の恐れがあり、土砂が直下の上千枚沢を通って大井川まで流れ下ったり、大井川の流れが土砂でせき止められダムができたりした場合に、下流にどんな影響が起きるのか。県とJR東海の見解が食い違っているもの、この点だ。

JR東海の環境影響評価書より
JR東海の環境影響評価書より

JR東海は様々な条件でシミュレーションし、登山者が滞在する下流の「椹島ロッヂ」付近への影響に「ほとんど違いがない」としている。これに対し県や県専門部会の委員は、JR東海の想定よりさらに大規模な山体崩壊などをシミュレーションするよう注文を付けている。

ドローン映像で現状を説明する難波市長
ドローン映像で現状を説明する難波市長

難波市長は、静岡市がドローン撮影したツバクロ周辺の映像をモニターに映しながら、今がどんな状況になっていて、深層崩壊でどんな影響が起こりうるかを説明した。
難波市長はJR東海の想定などを参考に、山体崩壊など3種類について市独自のシミュレーションも含めてJR東海の見解を評価した。

静岡市の資料より
静岡市の資料より

まず「深層崩壊による土石流が、直接 大井川を流れ下る」ケースだ。
JR東海は上千枚沢から85万立方メートルが流れ下り、100年に一度の大雨の条件でシミュレーションした結果、下流の椹島ロッヂ付近の河川水位は、「盛土がない場合とある場合で違いはない」とした。
静岡市は、JR東海の想定は「ほぼ最悪の現象」としたうえで、「盛土のある・なしで影響に違いは見られない」としたJR東海のシミュレーション結果を「適切」とした。但し「想定外の事態発生に備え、椹島ロッヂでの避難呼びかけなどソフト面で影響の低減措置を明確にしておく必要がある」と注文もつけている。

JR東海の土砂置き場予定地
JR東海の土砂置き場予定地

また静岡市は土砂の量をJR東海の想定を上回る1000万立方メートルにして、独自の予測をした。まるで県や専門委員がJR東海に求めている、「さらに大規模な山体崩壊」のシミュレーションを、静岡市が代わりにやっているかのようだ。
静岡市は、「土石量に比べ水分量が少ないことから土砂の大部分は下流に直接流れず、土砂ダムを形成する」と予想した。つまり下流への影響に違いはないということのようだ。

災害の影響回避は「JRではなく県に責任」

静岡市の資料より
静岡市の資料より

次に「大規模な深層崩壊が発生し、盛土の手前に土砂ダムができ決壊する」ケースだ。
JR東海は「上千枚沢から85万立方メートルが崩落して高さ32mの土砂ダムをでき、川がせき止められる。そのダムが決壊して100年に一度の大雨で土砂が流れ下った場合」の、椹島ロッヂへの影響しシミュレーションした。こちらも「盛土のある・なしで、影響に違いは見られない」という。
静岡市は周辺の地滑りなども加えJR東海よりも大規模な1000万立方メートルの崩壊を想定した。土砂ダムの高さが高くなる分 下流への影響は大きいが、それでも「盛土のあるなしで、影響の大きさは問題視するほどの変化はない」と指摘する。

静岡市・難波市長
静岡市・難波市長

さらに次の指摘が興味深い。
難波市長は「このような土砂ダムは盛土があってもなくても発生するもので、それ(ダム決壊など)による影響の回避措置はJR東海に課されるものではない。土砂ダムが発生した場合の対策は、河川管理者である静岡県が災害防止策として、ハード(貯留水の排水等)とソフト(避難指示等)の両面でするものだ。静岡市とJR東海は県の対策に協力する」と指摘した。
県などがJR東海に追加のシミュレーションをもとめている態度とは一線を画し、「シミュレーションと対策は県が考えるべき」と言い切った。
さらに「土砂置き場の盛土があれば、上流の土砂ダムから流れ出る土砂を土砂置き場が食い止めるので、下流の椹島ロッヂへの影響を減らす方向にも働く」とも予想してみせた。

静岡市の資料より(土砂ダムと盛土が結合)
静岡市の資料より(土砂ダムと盛土が結合)

最後に、静岡市は「大規模な深層崩壊で、盛土と一体となった土砂ダムが形成された」ケースを考察した。この場合は、1000万立方メートルの土砂が流れ、高さ65m・最大幅460m・長さ541mの巨大な土砂ダム、ロックフィルダムが誕生する。「巨大なダムができてから短期間で水が溜まり一気に全体が崩壊する現象は起こりにくく、椹島ロッヂで避難を呼びかける時間は十分にある」として、「65mの土砂ダムの崩壊現象についてのシミュレーションの必要性は小さい」と指摘した。

以上3つのケースで「土砂置き場(盛土)の周辺状況の変化の影響」を検討した結果、静岡市はJR東海が環境保全のためにとる措置は「全体として大きな問題はない」と結論づけた。

「行政も解決法の提案を」

難波市長がJR東海の環境保全措置を評価する前に示した、「静岡市の環境影響評価に対する考え方」も印象に残った。

静岡市・難波市長
静岡市・難波市長

環境影響評価について、「事業の実施による環境への負荷について、完全な環境保全措置(回避)ができない時は、状況に応じたできる限りの回避・低減・その他の配慮に努めるべき。それらが適正になされるよう、行政や事業者はそれぞれの立場で努めるべき」と法律の趣旨にふれたうえで、難波市長は「JR東海だけに任せるのではなく、行政としてもそれぞれの立場で考え、解決法の提案も必要と考えている」と結んだ。

リニア新幹線 山梨実験線
リニア新幹線 山梨実験線

難波市長の主張は、静岡県の川勝知事の胸にどう響くのだろうか。
静岡市は次回のリニア事業影響評価協議会で市としての見解をまとめ、JR東海に伝える方針だ。

(テレビ静岡)