窃盗の罪に問われていた静岡県警の元白バイ隊員の男に懲役1年6カ月・執行猶予3年の判決が下された。裁判の中で、事件は違反車両に警告指導しようとしたものの、逃げられたことがきっかけとなったことが明かされた。

人定質問にはボソボソした声で…

2022年7月。浜松市中区の駐車場に停められていた軽自動車の中から、現金 約18万円の入った財布やバッグを盗んだとして、静岡県警交通機動隊に所属する巡査部長の男(41)が逮捕された。男はいわゆる“白バイ隊員”で、犯行はパトロール中の出来事だった。

この記事の画像(7枚)

9月22日。静岡地裁浜松支部で初公判が開かれた。男は大柄だがやや猫背気味で、背丈ほどの大きさは感じない。髪は坊主頭が伸び切ったような雰囲気だ。

本籍や氏名を問われるとボソボソとした声で返し、起訴内容については「間違いありません」と答えた。

違反車両が誘導を無視 車を発見後…

続く冒頭陳述で、検察は犯行前後の状況をつまびらかにした。これによれば男は7月19日、浜松市内でパトロール中に交差点右左折方法違反の車を発見。このため警告指導をしようとしたが、違反車両の運転手は男の誘導を無視して逃走を図った。追跡の結果、中区にある駐車場で違反車両と思しき車を見つけ、また、走って逃げる人影も視認したものの、車種を十分に確認していなかったため違反車両と同一の車との確証を持てず、男は逃げた運転手を検挙することは難しいとの考えに至った。

事件が起きた駐車場(浜松市中区)
事件が起きた駐車場(浜松市中区)

ただ、車のカギが開いたままの状態であることに気づくと、運転手の身元を確認した上で本人に注意することを目的に車内を物色し、財布などが入ったバッグを持ち出す。男はバッグの中から免許証を見つけると、白バイに乗って記載された住所に向かった。しかし、本人に会うことが出来ず、それ以上の追跡を断念した。

男は違反車両と思しき車を見つけた駐車場に戻ると、今度は車内からドライブレコーダーのSDカードを抜き取るとともに車内に置かれていた携帯電話のSIMカードを抜き取り、磐田市内の用水路などに捨てた後、交通機動隊 西部支隊の事務所に戻って業務を終えた。

持ち出したバッグについては自らの車の中で現金や金券、財布を抜き取った上で浜松市内の用水路に捨てた。自宅に持ち帰った財布は、その夜に浴槽の配管部分のパネルを外して中に隠したという。

静岡地裁浜松支部
静岡地裁浜松支部

一方、バッグなどを盗まれた運転手は車に戻り、自宅まで運転したところで窃盗に気づき、白バイの追跡から逃げたことも含めて警察に被害を親告した。

翌20日。この窃盗事件について、男が所属している交通機動隊・西部支隊に問い合わせがあったことを知ると、男は用水路からバッグを回収。別の場所へと移動し、橋の上から天竜川に向け投げ捨てた。

そして、男は上司に対してバッグを持ち出したことを認めた。ただ、当初はバッグなどを捨てた場所について虚偽の報告をしていて、本当のことを言ったのは少し後になってからのことだった。

弁護側は被害者との示談が成立し、「被害者も被告が刑事処分を受けることを望んでおらず、懲戒免職にもなり反省している」として、情状酌量を求めた。

妻は男を“見捨てない”ことを約束

証人尋問では妻が情状証人として出廷し「許されないことをした」と詫びた上で、保釈後の男の近況について「子供の送り迎えや家事に従事している」と明らかにした。夫婦には2人の子供がいるが、うち1人が難病を抱えているという。このため男がいないと「生活が成り立たない」とし、「妻として夫を注意深く見て、これからも一緒に生活していく」と約束した。また、犯行当時の男の精神状態について「希望の配属先ではなくストレスを抱えていて、怒りをコントロール出来ない状態だったと思う」と推察した。

次に証言台に立ったのは男本人だ。被告人質問で弁護士から違反車両を追跡した当時の状況を問われると、「誘導したが逃げられたので、そのままではいけないと思い追跡したところ、近くの美容院で発見したため美容院のスタッフに立ち会ってもらって車内を調べた」と述べた。「どうして勝手に調べたのか?」という問いに対しては「正しい手続きを踏んでおらず、してはいけないことだと理解していたが『いま調べないと証拠が無くなる』と思い、運転手につながるものを押さえ、後から注意しようとした」としつつ「いま振り返ると正式な手続きを取って調べるべきだった。ダメだとわかっていたが、逃げられたことによる怒りで規範意識が低下していた」と答えた。

他方、バッグを盗んで捨てたり、財布を持ち帰ったりした理由については「逃走した運転手を発見できず、自分で罰を与えてやろうと思い、おかしな考えに至った」と口にしたが、財布や現金を捨てなかったことについては「惜しいと思った。価値のあるものなので後々使えると思った」と本音をのぞかせる場面もあった。

これに対して検察が、そもそも「なぜ追跡したのか?」と尋ねると「逃げるということは違反を自覚している。逃げ得になっては良くないと思った」と答え、「車種を確認できていなかったにも関わらず、どうするつもりだったのか?」という質問には「逃げるところを周囲の車も見ていた。見つけられれば注意できるし、覚えていなくても捜査は必要だった」との認識を示した。そして、この時の心境について「誘導したのについて来なかったことに対する怒りや車から逃げていく姿を目撃したことへの怒りがあった中で、免許証に記載された住所に行ったが見つけられなかったことで怒りがピークに達した」と振り返った。

弁護側・検察側、双方が終えたところで、質問を行ったのが杵渕花絵 裁判官だ。杵渕裁判官は最初に“SDカード”について指摘した。前述の通り、男は車に搭載されたドライブレコーダーからSDカードを抜き取って捨てているわけだが、その理由を「荷物の行方がわからなくなればいいと思った。罰を与えるため、手元にバッグが戻る手がかりを無くそうと思った」と説明。しかし「発覚を恐れた面もあるのか?」と問われると「それもあるかもしれない」と少し曖昧な回答になり、自身の行為の問題点について聞かれると「窃盗であり、捜査手法に問題があった。捜査機関は信頼・信用が第一であり、大きく悪影響を与えた。被害者・捜査機関に申し訳ない」と述べたところで被告人質問が終わった。

弁護側は執行猶予付き判決を求め…

こうした中、検察は「バッグを持ち去る行為は適正な手続きを踏んでおらず、また、逃走した人の情報を得て注意するために利用していた。仮に持ち主に返す意図があっても、持ち去りは極めて不適切な行為で法的に正当化される余地がない」と断罪。その上で「一度、駐車場に戻ってドライブレコーダーのSDカードを抜いたり、携帯電話のSIMカードを抜いたりし、捨てていることから返還の意思はない。警察に対する国民・県民の信頼を失墜させた悪質な犯行で、被害者との示談が成立し妻が監督を誓約しているものの刑事責任は重大」として懲役1年6カ月を求刑した。

対する弁護側は、男が捜査機関の取り調べには正直に答え、反省していることや注意が目的であったこと、さらには示談が成立していることなどから、改めて執行猶予の付いた判決を主張。

杵渕裁判官から発言の機会を許された男は「被害者や捜査機関、家族、多くの人に申し訳ないことをした。もう一度、生まれ変わったつもりで家族や子供たちを支えられるような人間になりたい」と述べ、裁判は結審した。

裁判官は厳しい意見を述べるも…

迎えた10月12日の判決公判。男に対して懲役1年6カ月・執行猶予3年とする主文が言い渡された。

続いて杵渕裁判官は「違反現認時の確認が不十分で、仮に見つけても検挙することはできない状況であったにも関わらず、逃走されたことなどに怒りを募らせ、適正な捜査手続きを経ることなく車内を捜索しバッグを窃取しており、交通警察官としての職務を逸脱した行為であることは明らか」と指摘。

杵渕花絵 裁判官
杵渕花絵 裁判官

しかしながら、弁護側の主張していた通り示談が成立していることや懲戒免職となり社会的制裁を受けていること、妻が今後の監督・支援を約束していることなどに触れ執行猶予を付けたことを明らかにすると、「この期間中に再度 罪を犯すと今回より重い罪に問われることになる。絶対に犯罪はしないように」と呼びかけ、男は静かに小さくうなづいた。

“行き過ぎた正義感”と“制御不能な怒り”が生んだ今回の事件。男は判決をどう受け止めただろうか。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
テレビ静岡

静岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。