PFAS(有機フッ素化合物)による汚染が深刻なアメリカでは、いま「水」だけでなく、食品への汚染も広がっている。いま、日本各地で飲み水の汚染の実態が次々と明らかになっているが、アメリカの現状は決して対岸の火事ではない。「被害がまだ知らされていないだけ」と識者は指摘する。
アメリカでは、牛乳や魚、さまざまな食品が「PFAS」に汚染されている事が判明している。現地で何が起きているのか取材した。
安全値の何千倍も上回るPFAS
首都・ワシントンDCに隣接し、水辺の美しい風景が広がるメリーランド州に、市民科学者として活動するパット・エルダーさんは暮らしている。
この記事の画像(14枚)パットさんは向こう岸にある基地から連日のように白い泡が流れ着くことに不安を感じ、自らの手で調査を始めた。
取材の日も泡を採取し、民間の分析機関に送った。
この日、採取した泡には6449ナノグラムのPFASが含まれていたことがわかった。
2021年に軍が公開した報告書には、最も高いところで1リットルあたり日本で安全とされる値の、実に1700倍にも上る8万4756ナノグラムものPFASが検出されたことが記されている。
これまで食べてきた魚介類は大丈夫なのか、パットさんは専門機関に分析を依頼した。
パットさんによると、それらのカニから、1キログラムあたり6650ナノグラムのPFASが検出されたという。アメリカ環境保護庁は、1リットルあたり0.02ナノグラムを超えるPFASを含む水を飲むべきではないとしているため、単純計算で安全とされる値の何千倍ものPFASが含まれていることになる。
PFASによる海洋汚染は世界的な問題
アメリカでは州によっては魚介類の規制値を定めているが、まだごく一部。どう捉えたらいいのか、研究者に聞いた。
元ハーバード大学 公衆衛生大学院のフィリップ・グランジャン博士は、「食物連鎖、特に食品を軽視すべきではありません。PFASによる海洋汚染は世界的な問題で、魚介類も汚染されている恐れがあるため、調査が必要」と指摘する。
EPA水道局 科学技術局のベッツィ・サザーランド 元局長は、「研究者が、EPA・環境保護庁による魚介類のデータをもとに予測したところ、1年に1食、汚染された魚を食べると、健康へのリスクを高めるという予測もあるため、調査が必要」と話す。
「7年経つが悪夢は今も続く」
アメリカ北東部、農業が盛んなメイン州では、全国に先駆けて行政による食品に含まれるPFASの検査が実施されている。
フレッド・ストーンズさんの農場では2016年、牛乳から高い濃度でPFASが検出された。
当時は任意の調査で、出荷を停止する義務はなかったが、フレッドさんは「長い時間をかけて消費者と築いてきた信頼関係を壊すことがあってはなりませんから」という理由ですぐに出荷を停止した。
フレッドさんは、「あれから7年が経ちますが、私たちを襲った悪夢はいまも続いています」と話す。
収入の道を断たれたフレッドさんは、飼育していた牛の8割にあたる、140頭を殺処分。
手元に残したのは、わずか30頭だった。かつて大きな牛舎が建っていたというところは、PFAS汚染が確認されて以降、8割の牛を手放さざるを得ず、牛舎も大部分を解体したそうだ。
州から知らされた汚染の原因は、農地改良のためまいてきた「汚泥」であった。
州の浄水場から出た「汚泥」を肥料として使ってきた結果、農場には、アメリカ環境保護庁が安全とする値の256倍もの汚染物質(PFOS1キログラムあたり 9740ナノグラム)が染み込んでいた。
メイン州からわずかながらの補償はあるものの、連邦政府からの支援は全くないという。
唯一の希望は、搾乳を続けることで牛の体外にPFASが排出され軽減できるということで、1日も欠かすことなく、妻のノーマさんと牛乳を搾り、廃棄処分を続けている。
「以前はとても悲しかったですが、今は受け入れています。ほんの少し、希望がみえてきましたからね」
こう話す、妻・ノーマさん。
行政に期待せず市民主導で調査 政府は早急な対応が必要
「行政が動くのを待っている間に、人々の健康がむしばまれることがあってはならない」と
パットさんは日本でも調査を実施することを決め、沖縄県内の市民団体のサポートを受け、2023年9月18日に在沖アメリカ軍基地周辺の水などを採取した。
パットさんは、「私たち市民が、政府関係者にPFASの健康への悪影響をなくすための対策をとるよう伝えることは非常に重要」と話す。
アメリカでも対策は十分とはいえないものの、バイデン政権は200億ドル(およそ2兆3000億円)を計上し、調査、浄化に取り組んでいる。
それに対し、日本政府の動きは遅きに失している感は否めない。
アメリカ環境保護庁はこれまで、飲み水1リットルあたり70ナノグラムまで入っていても安全としてきたものを、その毒性を重くみてPFOSに関しては0.02まで下げるほうが望ましいと勧告している。
ただ、計測可能な値として、法的な拘束力をもつ規制値としては「4ナノグラム」とする方針を打ち出している。
日本国内でPFAS汚染について危機感が薄い理由について、沖縄国際大学の前泊博盛教授は、「基地問題と同じように、沖縄の問題ということで放置されてきた部分があるが、これは全国、世界中の問題です。それについて当事者意識をもっていないのは、被害がまだ知らされていなからだ」と話す。
行政による調査が不可欠とした上で前泊教授は、アメリカが法制化する規制値を在日アメリカ軍基地でも適用させるべきと強調した。
「環境問題が出てきた時に、アメリカと日本のどちらか厳しい方の基準を採用するというのが地位協定の交渉の中でも出てくるんですね。そういう意味では、環境についてはより厳しい方の国の基準に合わせるということが、一番妥当な判断だと思います」
アメリカが本腰を入れて対策に乗り出す今が、日本にとっても問題解決のチャンスで、市民の健康被害を防ぐため、これ以上の対策の遅れは許されない。
(沖縄テレビ)