お墓や遺言など自身の死後については考えることはあるだろう。しかし、その少し前の終末期については意外と忘れられがちだ。

在宅医歴11年の中村明澄さんは、在宅緩和ケア充実診療所「向日葵クリニック」(千葉県八千代市)で訪問診療を行っている。

これまで関わってきた患者は1000人を超える。中村さんが診てきた患者たちのエピソードとともに、自分らしい最期の過ごし方を考えるきっかけにつながる著書『在宅医が伝えたい「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』(講談社+α新書)から一部抜粋・再編集して紹介する。

人生の最終段階が迫ったとき、あなたや家族が幸せな最期を過ごすためには何をしておけばいいのか。

終末期の少し前の過ごし方も話し合ってみよう

最期が近づいたら、自分はどのように過ごしたいか。

多くの人が先延ばしにしてしまいがちなテーマですが、「こう過ごしたい」という意思を言葉で周囲に伝えることができていたら、本人にとっても幸せな最期となり、残される家族も安心して選択することができます。 

家族であっても個々の価値観というのは大きく違います。

「何を大切に過ごしたいか」という点は、夫婦でも違えば、親子でも、きょうだい同士でも違います。だからこそ、最期の過ごし方は、本人の意思で決められるのがベストなのです。

お墓や遺言など、自分が亡くなった後のことは、終活ブームともあいまって、口に出して話す人が多くなったように感じます。

ですが、その少し前の段階、つまり終末期の過ごし方についてもぜひ話し合ってほしいと思います。

そしてさらに、終末期のもう少し前の段階で、自分や親が「もしも誰かの手を借りるようになったら、どう過ごしたいか」についても考えてほしいと思うのです。

「もしも」の話は早い段階から話し合っておこう(画像:イメージ)
「もしも」の話は早い段階から話し合っておこう(画像:イメージ)
この記事の画像(4枚)

「もしも余命三カ月と言われたら」という問いを、「まだ自分には早すぎる」と思わずに、ぜひ考えてみてください。

この問いを通じて考えてみることで、自分も知らなかった新たな自分の本心に気づくこともあるかもしれません。

例えば予測しない急な事態が起こった時に、自分のことはもちろん、大切な人がどうしたいかがわかっていると、選択する際の大きな助けになるでしょう。

また、後から振り返った時に「良い人生だったな」と思えるようにするためにも、「もしも」の話をなるべく早い段階からしておくことは大切だと思います。

ある程度年を重ねてきたら、自分のこれからと、大切な人のこれからを考えながら、「どう過ごしたいか」という話をぜひしてみてください。

親・子、互いの価値観を押しつけ合わない

高齢化が進む今、自宅で介護を受ける人と介護者の双方が65歳以上の高齢者という老老介護が、年々増加傾向にあります。

厚生労働省の調査(国民生活基礎調査、2019年)によれば、同居する家族や親族が自宅で介護をする在宅介護のうち、老老介護の割合は59.7%と、調査を始めた2001年以降、最も多くなっています。

こうしたなかで、子ども世代から聞かれるのが、「老老介護をする親が困っていることを、どうやったら聞き出せるのか」という声。

往々にして親というものは、子どもに迷惑をかけたくないという心理が働き、困りごとがあってもぐっと胸に秘めてしまいがちです。また、子どもが良かれと思って、いろいろと親に構うのを、親が嫌がる場合もあります。

子どもから見ると、老老介護をする親が大変そうであっても、親にしてみれば「老老介護ができている事実そのものが自信になっているのだから、邪魔しないでほしい」という場合もあります。

親が老老介護になる前に…関わり方を考えておくことが大事(画像:イメージ)
親が老老介護になる前に…関わり方を考えておくことが大事(画像:イメージ)

一口に老老介護といえども、そこに込められた思いはそれぞれで、子どもに積極的にサポートしてほしい老老介護もあれば、本当に困るぎりぎりのところまで放っておいてほしいケースもあるのです。

一方、離れた場所に住んでいる子どもが、高齢の両親に対して「お互いを病院や施設に入れずに、家で見てあげて」と押し付けてしまうケースが時折見られます。

いくら夫婦といえど、年を重ねて自分にも身体の不調が出てくるなかで、その負担を考えれば、家ではなく施設で過ごしたほうが、お互いにとって良い場合もあります。

ところが子どもは、「夫や妻が、家で介護をするほうが、病院や施設にいるより幸せに決まっている」などと、無意識のうちに押し付けたり決めつけたりしてしまうのです。

これらは、入院するとなかなか面会しづらいコロナ禍に入ってから、特に見られるようになった傾向です。良かれと思って発言する子どもの気持ちが、親にとっては重い負担になってしまうことがあるのです。

こうしたことを踏まえて、なるべく早い段階から考えてほしいのが、年を重ねるにつれ、少しずついろいろなことができなくなってくる親との関わり方。

いざ老老介護が迫ってから、親との関わり方を考えるのではなく、親が少しでも元気なうちから考えておくことをお勧めします。

「もしも」を現実的に考える4つの観点  

「もしも」をより現実的に考える時にはぜひ、「人」「物(自宅、施設など過ごす場所や相談できる場所)」「お金」「夢」の4つの観点で整理してみていただけたらと思います。

人は「いざという時、誰がどれだけ動けるのか」、物は「過ごすのに適した場所や困った時に相談できる場所があるかどうか」、お金は「使ってよいお金が誰にどれくらいあるか」、夢は「どう過ごしたいか」ということです。

いくら「自分はこんな風に過ごしたい」という夢があっても、現実的にそれを叶えるには、人・物・お金の要素も欠かせません。

もちろん、これらすべてがそろわないと、希望する過ごし方ができないというわけではありません。しかし「何があって、何が足りないのか」を知った上で選択肢を考えたほうが、いざという時に「こんなはずじゃなかった」ということになりづらいと思います。

そのため、人・物・お金の3点については、元気なうちから整理しておきましょう。その上で、「どう過ごしたいか」という夢について考えてほしいと思います。

最期の過ごし方にどんな選択肢があるのかを知っていれば、「私だったらこれを選びたい」と冷静に考えることができると思います。

決断しなくてはならない瞬間が差し迫ってからではなく、少しでも気持ちや時間に余裕がある時に考えられたら、きっといざという時の判断の助けになるはずです。最期だからこそ、自分らしく過ごすためにも、ぜひ早いうちから考えてみましょう。

『在宅医が伝えたい「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』(講談社+α新書)

中村明澄
医療法人社団澄乃会理事長。
向日葵クリニック院長。緩和医療専門医・在宅医療専門医・家庭医療専門医。

中村明澄
中村明澄

医療法人社団澄乃会理事長。向日葵クリニック院長。緩和医療専門医・在宅医療専門医・家庭医療専門医。
2000年に東京女子医科大学卒業。山村の医療を学びに行った学生時代に初めて在宅医療に触れる。病気がありながらも自宅で生活を続けられる可能性に感激し在宅医療を志す。
11年より在宅医療に従事し、12年8月に千葉市のクリニックを承継。17年11月に千葉県八千代市に向日葵クリニックとして移転。向日葵ナースステーション(訪問看護ステーション)・メディカルホームKuKuru(緩和ケアの専門施設)を併設し、地域の高齢者医療と緩和ケアに力を注いでいる。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演を通して楽しい時間を届けるNPO法人「キャトル・リーフ」理事用としても活躍。