大阪府は、全国で初めて府内に住むすべての生徒を対象に公立・私立ともに府内の高校の授業料を無料にする制度案を固めた。2024年度の高校3年生からスタートし、2025年度に高校2年生、2026年度には全学年で授業料が無料となる制度案だ。制度に加入する私立高校には大阪府から年間約360億円の公費の投入が予定されている。
この記事の画像(11枚)制度案が成案化された8月25日の戦略本部会議で、吉村知事は「家庭の所得、子供の数、そういったことに左右されることなく、できるだけ自分の進みたい道に進めるようにする、学びたいところで学べるようにする。自分の可能性を追求できるようにする。そういった社会を目指していくべきだと思います。これは大きな第一歩」と語った。
しかし、この制度に対して私立高校の校長や理事長らは取材に対し「知事は私立高校を『公立化』し、府立高校を『民営化』しようとしているのではないか」「知事は『社会主義』を目指しているのか」と話し、依然として大きな懸念を抱いている。反発を受けながらも完成した高校授業料が無料になる制度案は、大阪の子供たちに何をもたらすのだろうか。
13年前に始まった大阪の“無償化”制度 肝は「キャップ制」
「親の収入が多くない世帯の子供でも自由に学校が選べるチャンスを」という理念のもと大阪府で所得制限を設けた無償化制度が始まったのは2010年。当時は橋下徹氏が知事を務めていた。この年は、国が公立高校の授業料や私立高校についても授業料の一部を補助する無償化制度を開始した年と重なる。
大阪府の無償化制度の肝となるのは、自治体側が授業料補助の上限を設け、その額を超える部分は私立学校自身が負担する「キャップ制」だった。制度開始時の授業料の上限は55万円。ちなみにこの「授業料」には校舎の建て替えなどにあてられる施設整備費も含まれる。
2010年の制度開始時、大阪府は世帯年収350万円未満の生徒に対し、国の補助金に上乗せして55万円までの授業料を補助し、それを超える部分は私立高校が負担するというものだった。
私立高校も「親の所得が多くなくとも子供たちが通いたい学校に通える社会を実現する」という制度の趣旨に賛同し、上限を超える授業料を負担。この所得制限つきの無償化制度は13年にわたり続いてきた。現在、府内にある97校の私立高校のうち96校が府の無償化制度に入っている。
所得による区切りで生まれる不公平感
大阪府が無償化の対象としている「授業料」は、授業料と校舎の建て替えなどに充てられる施設整備費を足し合わせた料金である。文科省によると大阪府の制度で無償化の対象となる授業料と施設整備費を併せた金額の府内すべての私立高校の平均は、昨年度、約63万円。全国で11番目の数字だ。制度が始まって13年が経過した現行の無償化では、授業料補助の上限は60万円で世帯年収590万円未満の生徒と、800万円未満で子供が3人以上いる世帯について国と府が60万円まで補助し、60万円を超える授業料については、全てサービスを提供する側の私立高校が負担している。
また、子供の数が2人までであっても800万円未満の世帯の生徒については、60万円までの授業料について、一部保護者負担が発生するが、60万円を超える授業料は学校負担となっている。ただ、910万円以上の世帯は、行政からの授業料補助はなく全額が保護者負担だ。
無償化の対象外の世帯年収910万円以上で3人の子供を持つ母親は「生活はかつかつで、私はパートにでています。税金をたくさん納めている私たちのような家庭は対象から外されるのに、周りの普通に生活している家庭の子供が無償で私立に通っている。自分の子供たちは公立しか行かせられなかった。子供は一律に平等に扱ってほしいです」と語っていた。
私立の負担のもとで成立する制度
制度に加入する私立高校側も、上限60万円を超える授業料の学校が府内には41校あり、計9億5000万円を負担してきた。清風高校の平岡宏一校長は「私学が“身を切らされている”事実が府民に知らされていない」と現行制度の問題点について指摘していた。
吉村知事が公約に掲げた“完全”無償化
所得の差による不公平感や学校負担の問題など、様々な課題が指摘されていた現行の所得制限つきの無償化制度。府議会でもたびたび議論が行われてきた中で、2022年12月、大阪府の教育行政のトップ橋本正司教育長は、年収800万円を超える世帯についても対象とした無償化の所得制限つき拡充制度案を作成し、吉村知事に提出したという。
その時のことを振り返り橋本教育長は取材に対し「12月の中旬ぐらいやったかな。知事に無償化を拡充する案を見せたけど、全く反応がなかったんや」と語った。
そして、吉村知事が自身の知事選出馬と公約を発表した2022年12月20日。午前中に橋本教育長は、この案とは別の件で吉村知事と面会した。そこで伝えられたのが、世帯の所得制限を撤廃し、大阪府のすべての子供の高校授業料を無料にする「完全」無償化だったという。
橋本教育長:
「知事、(案の回答を)待ってますさかい」って、ほんなら知事に「完全無償化」にするから公約を今日発表するからって言われたから、「あぁそういうことやったんか」と。そりゃあ びっくりしたよ
橋本教育長に胸中を伝えた吉村知事。その数時間後に開かれた「大阪維新の会」の全体会議で、メディア各社のカメラが自身に向けられる中、集まった維新の議員に対し「教育は無償であるべきというのが、目指すべき社会像なんです」と語り、高校授業料の完全無償化を公約とし、知事選に出馬することを大々的に発表したのだった。公約発表後、記者団に囲まれた吉村知事は「増税するでもなく、借金でやるでもなく、改革で財源を生み出しながら財政を立て直してできるんだということを大阪の地で証明したい」と話した。
「改革」で捻出した独自財源を活用…
大阪府では、太田房江 現自民党参院議員が知事時代の2001年から2007年に将来の借金返済に充てる「減債基金」から約5200億円を取り崩した。自治体の財政運営において「禁じ手」とされる行為だった。
この「減債基金」に空いた穴を橋下知事時代から10年以上にわたり毎年約200億円から300億円埋め戻してきたが、2023年度で復元が完了する。吉村知事はそこで浮いた予算を授業料の無償化の財源とする方針をこの日示した。
府民のニーズと合致した公約 知事選で圧勝
その後、4月に行われた大阪府知事選。高校の授業料の完全無償化を「身を切る改革」で生み出した財源で実現するとした吉村知事の公約のインパクトは凄まじかった。街頭に吉村知事が登場すれば、たちまち人だかりができる。
関西テレビが有権者888人を対象に行った「次の知事に取り組んでほしい政策アンケート」の第1位は「子育て支援」だった。
子育てに1人当たり約3000万円かかるとされている現代、少子化も加速する中で高齢者も含めアンケートに回答した全体の4割の人が「子育て支援」の充実を望んでいた。吉村知事が掲げた公約は府民のニーズと合致していたといえるだろう。
選挙戦最終日、最後の演説、吉村知事は声を張り上げた。「大阪の子供たち全員を対象にして、私立高校も、公立高校も授業料の完全無償化これをやります。でも、これも増税でやるんじゃないですから、財政を立て直してやっていくんです」
翌日、吉村知事は、7割以上の票を集め圧勝し、2期目の当選を決めたのだった。
しかし、知事が掲げた高校授業料“完全”無償化は、この後、制度案を作る過程で大きな逆風に直面することとなる。
【関西テレビ 報道センター 大阪府政キャップ 井上真一】