大阪府は8月、高校授業料完全無償化の制度案を固めた。吉村知事にとって、4月の選挙で掲げた公約を実現する大きなステップとなった。ただ、この制度のもとで完全無償化が実現したとしても、私立と公立の教育費の差が、全くなくなるわけではない。関係者によると府内の私立高校で3年間授業料以外にかかる費用は、約100万円~150万円。一方、府内の公立高校では、3年間で30万円から40万円だ。

私立に比べると保護者負担の少ない公立高校だが、大阪府ではこの10年ほどで急速に数が減っている。大阪府では2014年度以降、7校が廃校となり1校が新設された。今後10校の廃校が既に決まっており、さらに9校の募集停止も計画されている。なぜ公立高校が減っているのか。その背景には、維新府政が行ってきた教育改革がある。

維新の教育改革 急速に進む公立の統廃合 一方で私学は生徒増

大阪府では長年、公立と私立の募集人数の割合を7対3で管理してきた。しかし、橋下知事は、授業料無償化制度を開始した2010年の翌年、2011年にこの公立と私立の割合「公私比率」を撤廃した。

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この年まで、私立高校の教員の人件費などに充てられる府の経常費助成は学校の状況によって配分を変え、小規模校が優遇される措置がとられていた。しかし、それも制度変更が行われ、生徒1人、1人に対し補助が割り当てられるパーヘッド方式が導入される。生徒を集めた分だけ、経常費助成を多く受け取れる仕組みに変わったことで、私立高校は少子化の時代に生き残りをかけ、生徒集めに奔走したという。

こうした私立高校への改革と同時並行で2014年度から始まったのが、公立高校の統廃合だった。統廃合の条件は、3年連続定員割れ、かつ今後改善の見込みがないこと。現在までにこの条件をクリアできなかった17校の募集停止が決まり、1校が新設された。府はさらに2027年度までに9校の募集停止を計画している。また、今年度までに3年連続定員割れをしている公立高校は19校存在しているというのが現状だ。定員割れになる公立は偏差値が比較的高くない高校が多く、公教育の最後の受け皿となる学校が廃校となっていった。また阪南市からは、高校がなくなることが決まっている。

公立高校の統廃合が進む一方で、無償化制度が始まった2010年に96校だった全日制の私立高校の数は現在97校とほぼ変化がない。少子化の時代であるにも関わらず、私立高校の入学者数は2010年から、約4300人増えた。

大阪府によると府内の中学校卒業者のうち、府立高校に進んだ生徒の割合は約6割。公私比率は約6対4となった。また、今年度、府内の全日制の公立高校に通う生徒数は101723人。私立高校については91504人。府内の公立と私立について、府外から通う生徒や中高一貫校で、中学からそのまま進学した生徒も含む、生徒数全体の割合は5対5に近づきつつある。

調査に基づいて大阪の教育の現状を研究する大阪大学の髙田一宏教授は「維新が行ってきた教育改革により公立高校がなくなった地域もある。知事は授業料の完全無償化で学校を子供たちが自由に選べる社会を実現したいというが、私立にますます子供が流れ、公立が廃れていく可能性がある。私立の授業料以外の教育費を払うことが難しい世帯の子供たちも大阪にはたくさんいる。そうした子たちが通える公立高校はどんどん地域から減っていき、公立高校の選択肢の幅は狭まる」と指摘する。

また、教育庁の幹部職員の1人も「私立にそれだけ公費をだせるのであれば、その前に公立の教育環境を充実してほしい」と語っている。

完全無償化により、私立を選択する子供が増えて、公立高校がさらに減る可能性が指摘されていることについて8月9日の会見で知事に質問すると、吉村知事は「その発想自体が、事業者側の発想というか、子供たちが学びたいと思えるところで学ぶっていうのが僕は大事だと思っている。公立も独自の教育、努力をしていく必要がある」と答えた上で、地域から公立がなくなるという指摘については「大阪ってそんなに広いエリアじゃないので、全国で2番目に小さい都道府県なので、そういった意味では、それぞれ特殊性のある個性のある学校というのを作っていく方法じゃないかなと僕は思っています」と話した。

ただ、府立高校の関係者は「私立と公立がどちらも授業料で差がないため、対等に切磋琢磨して競争ができるとするならば、私立の方が早く行われる入試制度も見直すべき」と指摘する。大阪府では、私立は2月10日前後に試験を行い2月13日ごろには合格発表が行われる。また私立高校には早い時期に生徒を確保できる推薦の枠も多い。

一方で、府立高校の一般選抜試験は例年3月上旬に実施され、合格発表は中学校の卒業式が終了した後の3月20日前後というスケジュールだ。府立高校の関係者は、教育環境だけでなく、現状の入試制度では先に私立に生徒を囲い込まれ、公立が不利になることについても懸念を抱いている。

公立の統廃合がもたらす財政効果

公教育の根幹ともいえる公立高校だが、なぜ大阪府は公立の統廃合を進めるのだろうか。

公立高校の生徒1人当たりに投じられる国と府の公費は約108万円。一方で、私立高校については、2026年度の制度完成時でも、授業料63万円プラス経常費助成約35万円で公費支出は98万円ほど。

教育庁の担当者によると、公立よりも歳出は私立の生徒の方が、10万円ほど安く済む。公立では、教職員の人件費、校舎、体育館、プールなど施設や高騰する光熱費など維持費もかかる。私立は、こうした固定費は学校法人持ちのため、大阪府の持ち出しを抑えることができる。

府としては、少子化により大規模な公立高校が減り、小規模校な高校が増えれば、生徒1人当たりの経費は増えていくことになる。橋本正司教育長は取材に対し「1学年の集団として、最低240人。これを守りましょうということで、公立の再編整備をやっている。それによって、“財政的効果”があるのは否定しないけど、財政効果のためにやっているわけじゃない」と語った。

完全無償化は持続可能な制度なのか

公立より私立の方が生徒1人当たりの公費負担は安く抑えられたとしても、年間380億円あまりの公費の歳出が予定される授業料完全無償化の制度を持続することは可能なのだろうか。私立高校の授業料無償化の補助上限は、所得制限つき無償化制度が始まった2010年度の55万円から完全無償化の制度案では63万円まで引き上げられるので、13年で8万円上昇したことになる。昨今の物価高や、燃料費の高騰などが加速すれば、大阪府は、今後補助上限額の引き上げを迫られる可能性はある。

大阪府が公表する財政状況に関する中長期試算では府の歳入は2037年まで横ばいの予測となっており、府の財政課の担当者も「歳入が増える見通しはない」と話している。府は制度案において、来年度からの5年間は授業料の補助上限を原則63万円に固定するとしているが、将来的に授業料の補助上限を引き上げた際、財源を確保できるのだろうか。

この点を橋本教育長に質問すると教育長は「税収はどっと増えると思うで、インフレやから。支出は教育費単価を上げても、子供の数が減るので、だいぶ相殺されると思う。公費がこのまま膨らむということはない」と語った。

大阪府は、少子化の影響で中学校卒業者の人数は、今後10年間で1万人減ると試算している。私立高校の授業料完全無償化にかかる補助の単価があがったとしても、補助対象である子供の数が急速に減るため、大阪府の歳出は膨らまないというのが橋本教育長の見解だった。

高校授業料完全無償化実現のためにかかる公費

今回の高校授業料完全無償化が全学年で実現する2026年度に投じられる府の授業料補助は公立と私立を合わせて約383億円。全日制の私立高校に関しては、現行の所得制限ありの無償化制度から拡充される分は、168億円で、ここに経常費助成拡充分の13億円が上乗せされる。この168億円のうち、これまで国と府からの授業料補助がなかった910万円以上の世帯に割り当てられる金額が約110億円となる試算だ。

公立高校については今回の制度案で国の授業料無償化補助の枠外だった910万円以上の世帯に府から生徒1人あたり約12万円、計24億円の歳出が予定されている。また大阪府は授業料補助とは別に今年度補正予算で公立の環境の充実を目的として合わせて31億円ほどの費用を盛り込む方針を決めた。内訳は全府立高校のホームルームに電子黒板を導入するための費用約27億円とトイレの洋式化などをするための費用約4億円である。実際に実施されれば府立高校の便器の洋式化率は62.9%となる見通しだ。

大阪府外に通う子供も対象とすることで生まれる制度のひずみ

全体の授業料補助額の枠組みの中には、大阪府民で府外の高校に通う生徒の分も含まれており、制度案では生徒が府外の高校に通っていても、学校が制度に加入すれば補助の対象となる。府外の高校は、この制度案をどう受け止めているのだろうか。

奈良県河合町にある西大和学園高校は毎年、東大や京大に合格者を多数輩出する私立の名門校だ。西大和学園の場合、大阪府から通う生徒は約550人いる。大阪府の制度の対象となる施設整備費を含む授業料は、1人あたり約70万円のため、制度に加入すれば63万円を超える分の授業料7万円を550人分、年間で約3850万円学校が負担することになる。

西大和学園の田野瀬太樹理事長は「大阪府民で年間2000万、3000万円の世帯所得の方がタダで来ていて、かたや、奈良県の世帯所得400万円、500万円の人が、その足らない部分を埋め合わせるというような、そういうことになってしまうというね、不公平もはらんでますよね」と話した上で、授業料の上限を一律に自治体が定めるこの制度は「大阪の子供たちの授業料を実質、奈良県など他府県の子供が負担することになる」だけでなく「私立の経営の自由を奪う」と大きな懸念を示した。

西大和学園 田野瀬太樹理事長:
我々、私立は公立だったら手が届かないところにチャレンジすることによって、この国の教育の多様性を支えてきたという部分があると思うんです。それが行政に授業料の上限を決められることによって、どの私立高校も横並びになって、同じような学校ばっかりになってしまう。どこの学校に行っても同じだというような状況。もう全体として日本の教育の魅力が下がる。そういうことになるんじゃないかと思うんです。自治体に授業料の価格を統制されることで、私立学校の魂の部分が奪われる。そんな感覚を持ちます。大阪では、公立高校をどんどん統廃合していますよね。その分、私立学校はどんどん公立化しようとしている。こんなことが、全国に広がっていかないで欲しいです。

また、「名門」として知られる兵庫県の灘高校の和田孫博前校長も「それぞれの府県のお預かりしている生徒がまず中心にあって考えるべきですから、兵庫県内の生徒が不公平で不利になるというような制度は、まず認められない。授業料を行政が統制することは“私学教育を踏みにじる考え方”です」と語っている。

大阪府外の高校でこの制度に加入することを公式に表明している学校は、現時点ではない。

大阪の「完全無償化」は全国に広まるのか

制度案は9月に開会する府議会で議論され、制度として確定される。吉村知事は、制度案が固まった8月25日、記者団に「高校への進学率は99パーセントです。ほとんどの人が高校に進学するわけですから。そう考えたときに、非常に教育費っていうのはお金がかかる。子育てにもお金がかかる。少子化も進んでくる。教育が重要だと言っている割には、ここに対して負担が大きいのがずっと続いています。できるだけ僕は教育の無償化という社会を目指すべきだと思っています。そういう思いで、これは大阪だけじゃなくて、日本全国でやるべきだと思っていますし、ぜひこれを広めてもらいたいと思っています」と語った。

吉村知事 完全無償化は本来「国」がすべきと主張

吉村知事によると6000億円の財源があれば、全国で公立・私立ともに授業料の完全無償化が実現するという。吉村知事は「国家予算として6000億円を確保すれば、高校授業料の完全無償化っていうのは、私学も含めて全国でできるはずなんです。なんでこれをやらないのかなと。これをぜひ(国で)やってもらいたいと思っていますし、働きかけていきたい。その途中のまさに階段を上っている最中です」と語り、全国で高校授業料完全無償化を行うべきとの考えを示した。

吉村知事が掲げた「所得や世帯の子供の人数に制限なく、自らの可能性を追求できる社会の実現」という完全無償化の理念には、私立高校の関係者も共感している。ただ、その理念を実現できる制度となっているのかについて、現場の教師や校長、保護者などから疑問視する声も上がっている。

今後、知事と私学団体は年に1回以上、制度の在り方について、会議を実施することが決まっている。そうした場でじっくりと効果検証が行われるはずだ。公立、私立の存在意義とは何なのか。子供が自由に学校を選択できる未来は訪れるのか。

日本の高校教育の在り方を根本から変えてしまうかもしれない制度が大阪で始まろうとしている。

【関西テレビ 報道センター 大阪府政キャップ 井上真一】

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