「死にたい」ー

もし身近な友人や家族から突然打ち明けられたら、まずは「ありがとう」と返して欲しい。そして打ち明けてくれたことへの感謝と共に「私は動揺している」と自分の正直な気持ちを相手に伝えることも大切だ。そう教えてくれたのは「いのちの電話」の2人の相談員。医師のような専門家ではない相談員たちが、どのように自殺念慮者(自らの命を絶つことについて考えを持っている人)と向き合い、寄り添っているのか聞いた。

(取材・執筆:フジテレビアナウンサー遠藤玲子)

4人に1人が「本気で自殺を考えた」

自殺報道のあと、必ず相談先として紹介される「いのちの電話」。今回、話を聞いたのは全国に50ある事務局のうちのひとつである「東京いのちの電話」の理事・植村みどりさんと、事務局長・郡山直さん。2人は自ら受話器を握る相談員でもある。

「東京いのちの電話」では2022年に17384件の電話に応対したが、郡山さんによると実際にはその10倍の電話が掛かってきているという。

「東京いのちの電話」に話を聞く遠藤アナ
「東京いのちの電話」に話を聞く遠藤アナ
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また、日本財団が13~79歳の男女2万人に対して行った調査によると、4人に1人が「本気で自殺を考えたことがある」と回答している(2021年8月31日発表)。自殺念慮者はそれだけ身近にいると言えるが、その「死にたい」の悩みを「いのちの電話」などの相談先が受けきれていないのが現状だ。

では、もし身近な人から「死にたい」と相談されたら、我々は一個人として、どのように応対すればいいのだろうか。

「死にたい」と相談されたら

植村氏:
私だったら、まずは相談相手として自分を選んでくれたこと、そして打ち明けてくれたことに対して「ありがとう」と伝えます。打ち明けることは、ものすごく勇気のいることですからね。そして、そこから相手の「死にたい」と思った今の気持ちを聴きます。寂しい・苦しい・悲しい・怒りなどの気持ちです。
 

聞く・聴く・訊く…3つの「きく」

「東京いのちの電話」の相談員は1年半の研修を受けてはじめて電話応対を任される。その研修の中で、3つの「きく」について、その違いがレクチャーされるという。
 

①「聞く」…音として「きく」

②「聴く」…心で「きく」

③「訊く」…尋ねながら「きく」
 

植村氏:
最も受け身なのは、単に音として耳に入れる「聞く」。より意識的に耳を傾けるときは「聴く」。さらに積極的に話に介入しながら「訊く」という3つです。
「いのちの電話」では、「聴く」をベースにしながら、時には「訊く」こともしますが、「聞く」ことはしません。

「東京いのちの電話」 電話応対の様子
「東京いのちの電話」 電話応対の様子

相手の気持ちを「聴く」。頭では分かっていても、実際に身近な人に「死にたい」と告白されたら「死んでほしくない」一心で、「聴く」よりも「解決」を急いでしまいそうだ。しかし、植村氏いわく、答えは求められていないと言う。
 

植村氏:
もちろん緊急性の高い場合、例えば目の前でロープを首に掛けようとしている人がいるときなどの対応は全く違います。でも、そうでない場合は、良かれと思って解決しようと思わないで欲しいです。理屈や哲学で何か答えを提示しようとすると、相手は「説教された」「怒られた」と受け取ってしまう可能性があります。そうすると心を閉ざされてしまいます。ひとまず、こちら側の価値観や常識は脇に置きます。「私はあなたの話に耳を傾けていますよ」と相手に聴く姿勢を示し、相手の死にたい気持ちを受け入れるのです。
 

「耳を傾ける」=「傾聴力」が、相談員に何よりも必要なスキルなのかと思いきや、実は「東京いのちの電話」では、意外にも「傾聴」という言葉は使っていないという。
 

「傾聴」という言葉は使わない

郡山氏:
「傾聴」を辞書で引くと「相手の気持ちを慮(おもんぱか)る」と出てきます。我々が心掛けていることは「傾聴」という言葉だけでは言い表せないのです。相談者の気持ちを聴いて、それを受け入れる…ここまでが「傾聴」です。しかし「東京いのちの電話」は、そのさらに先、「聴き手の気持ち」も大切にしています。

「東京いのちの電話」植村理事
「東京いのちの電話」植村理事

植村氏:
例えば、冒頭のように「死にたい」と急に相談されたら、多くの人は動揺しますよね?そうしたら「実は、私は今とっても驚いている」と正直に伝えてもいいと思います。「私は動揺しているけど、あなたの辛い気持ちを聴いて、私も悲しい気持ちになった」と、自らも気持ちを伝えた方が、信頼関係が生まれます。
 

郡山氏:
理屈ではなく、お互いが気持ちを伝え合った方が「対話」になり、相手に安心感を与えます。私たちは専門家ではないので、解決したり、カウンセリングすることはしません。ただ実際は、自分の気持ちも突きつめていくと、案外難しいんです。「自分はどういうときに、どう感じるのだろう」と自分自身の感情について、その傾向に気づけていない人がほどんどです。

 

大切なのは聴く側の「自己理解」

植村氏:
自分の気持ちを表現する機会って、日常生活の中で多くないんですよね。だから研修では、あえて相談員どうしで気持ちを伝え合って、各々が「自己を理解する」ことをしています。「私はこういう時に悲しくなるんだ。こういときに面白いと思うんだ」など、自分の気持ちを一つ一つ確認することで、客観的な目を育めるようになるのです。

「東京いのちの電話」郡山事務局長
「東京いのちの電話」郡山事務局長

郡山氏:
「東京いのちの電話」では相談員を募集する際、3000~4000字の「自己形成史」を提出してもらっています。履歴書ではなく、これまでの人格形成に影響を与えた人や出来事にふれつつ、自分自身の歴史を書いてもらっています。応募の段階で、すでに自己と向き合う必要があるのです。
 

「いのちの電話」が大切にしていること。それは、相手の気持ちを「聴く姿勢」、「受容する心」、そして信頼関係を築くための「自己理解」だ。
決して悩みを解決しようとせず、あくまで「対話」するという心構えは、自殺念慮者との向き合いのみならず、どんな対人関係にも取り入れられそうだ。

「自殺予防週間」(9月10日~16日)に合わせてフジテレビアナウンサーの取材記事をシリーズで掲載する。

遠藤玲子
遠藤玲子

フジテレビアナウンサー。2005年入社
学生時代を、ベネズエラ、アメリカで計9年過ごす。
入社後、『めざましテレビ』のスポーツキャスターなどスポーツを中心に担当。
第2子出産後、2017年からドイツで5年間過ごし、2022年に復職。
幼少期、思春期、子育て期を海外で過ごしました。
日本を離れたからこそ、気づくこと。
そんな“気づき”を大切にできればと思います。