フェイクニュース、フィルターバブル(※)、エコーチェンバー(※)…

デジタルネイティブの子どもたちはいま、タブレットやスマホで様々な情報をネットから取得できる。しかし一方でいま子どもたちには、偏った情報や信頼できない情報を取捨選択するスキルがますます必要とされている。こうした中、メディアリテラシー教育を小学校の授業に積極的に導入している自治体を取材した。

戸田第一小学校ではメディアリテラシーの授業を積極的に導入している
戸田第一小学校ではメディアリテラシーの授業を積極的に導入している
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(※)アルゴリズムが検索履歴などを学習し、自分好みの情報に囲まれてしまうこと

(※)SNSで発信すると自分と似た意見ばかりが返ってくること

ウェブと情報誌を読み比べ情報の違いを学ぶ

「きょうはウェブサイトと情報誌を見て、図書館について何が書かれているか比較してみましょう」

先月埼玉県戸田市の戸田第一小学校では、6年生を対象に国語の時間を使ってメディアリテラシー教育を行った。授業で子どもたちはウェブサイトと情報誌を読み比べ、メディアによって情報の扱い方が違うことを学ぶ。題材となるのは戸田市の図書館の利用案内だ。

円の中にそれぞれのメディアの情報を書き込んでいく
円の中にそれぞれのメディアの情報を書き込んでいく

子どもたちはグループに分かれ、ウェブサイトと情報誌を読みながら、それぞれのメディアに何が書かれて何が書かれていないのかを調べる。子どもたちに配布されたのは、円が2つ書かれた紙だ。左の円にはウェブにある情報、右の円には情報誌にある情報、そして2つの円が重なった部分には両方にある情報を書き込んでいく。

自分が何を知りたいかでメディアを選ぼう

「おばあちゃんはスマホ使えないから、電話番号が載っているのかな」「ウェブは普及しているから多くの人向けだよね」「大事な情報だから両方に載っているのかな」

「情報誌は地域の情報が多いよね」と話している子どもたちに、担当の野口恵美先生が問いかける。「地域の情報に、神奈川県の情報はある?」「要らないから無い」「なんで無いんだろう?」「身近じゃないから要らないのかな」

野口先生「発信者の意図をくみ取って受け取ることも大切」
野口先生「発信者の意図をくみ取って受け取ることも大切」

そして授業の最後に、野口先生は子どもたちに向かってこう語る。

「ウェブと情報誌を比べると同じ情報もあるけど、違う情報もありますね。だから自分が何を知りたいのかによってメディアを選ぶのが大事です。自分が情報の受け手であるときは、発信者が何を伝えたいのか意図をくみ取って受け取ることも大切ですね」

一方、子どもたちからも「パソコンが普及しているから、多くの人に知らせたいときはウェブがいいと思う」「ウェブは更新される回数が多いから、閉館情報を知るのに便利だよ」など活発な意見が出されて授業は終わった。

メディアリテラシーにある大事なこととは

この授業を自前でつくった野口先生だが、かつてはメディアリテラシーに苦手意識があったという。

「もともと詳しくなかったしICT(情報通信技術)も得意分野でなかったので敬遠していたんですけど、知れば知るほどメディアリテラシーの中にある『情報を吟味する』とか、『批判的に思考する』というのは、自分が今まで授業で大事にしてきたことと違いがないのかなと思いました。自分の中では正解がないので、考え悩みながら授業をつくっています」

「情報を吟味する」「批判的に思考する」が大事だ
「情報を吟味する」「批判的に思考する」が大事だ

そして野口先生はこの日の授業をこう振り返った。

「私は『適切にメディアを使い分ければいい』という考えが頭にあったので、子どもたちから『この情報は大切だから両方に載っている』と言われて気づかされました。子どもたちは夏休み中におそらく様々な情報があふれる中で過ごすと思うので、この授業を受けて自分がどんなことを意識して生活できたのかと聞いてみるのは面白いと思います」

情報に踊らされない力を身に着ける

メディアリテラシー教育は子どもたちにとってどのような効果があるのか?去年から戸田市教育委員会と連携し、今回のような授業をバックアップしてきたスマートニュースメディア研究所は、効果を実証するプロジェクトを今年2月まで実施した。

その結果、6カ月間継続的にメディアリテラシー教育の授業を受けた子どもたちは、そうでない子どもに比べて、クリティカルシンキング(※)やメディアの知識が伸びることが分かった。またこうした力が伸びやすい子どもの特徴として、国語・算数の基礎学力や自己効力感(※)の高いことが示された。

(※)物事を多角的な視点で考えたり情報を吟味する力

(※)目標を達成するための能力を自分が持っていると認識

スマートニュースメディア研究所ではメディアリテラシー教育のプロジェクトを行っている (左側)山脇岳志氏
スマートニュースメディア研究所ではメディアリテラシー教育のプロジェクトを行っている (左側)山脇岳志氏

研究所の山脇岳志所長は、メディアリテラシー教育についてこう語る。

「ChatGPTなどAI(人工知能)の進歩は著しいですが、AIだって間違うことはある。もっともらしい情報に踊らされないためにも、メディアリテラシー教育の必要性は高まっています。クリティカルシンキングの力は、リテラシー教育の中で自然に身についてきます。また、デジタルメディアに接しているとフィルターバブルに陥りがちで、そうした課題についても学校現場で教えていく必要があると思います」

授業導入には教師のスキルが課題だ

戸田市では今後も積極的にメディアリテラシー教育を行っていく。戸田市教育委員会の戸ヶ﨑勤教育長は「これから子どもが出ていく、フィルターバブルやエコーチェンバーが当たり前の社会を学校が知ろうとしないのは極めて不誠実だ」と語る。しかしメディアリテラシーのように新しく、しかも教科等を横断するような授業を取り入れる際には、教師のスキルが課題となる。

戸ヶ﨑氏「子どもが出ていく社会を学校が知ろうとしないのは極めて不誠実だ」
戸ヶ﨑氏「子どもが出ていく社会を学校が知ろうとしないのは極めて不誠実だ」

戸ヶ﨑氏は教師のスキルアップについてこう語る。

「現在の学校では授業準備は教師個人で行うのが一般的ですが、働き方改革の視点からも、授業準備の効率化、例えば、授業準備をチームで支えること、補助教材としてのデジタル動画などの積極的活用、優れた学習指導案の蓄積や共有化なども行っていく必要があると思っています」

保護者にもメディアリテラシーの授業を

またメディアリテラシー授業を行う場合、どの教科の枠内で行うのか。取材当日、戸田第一小学校では国語の授業内で行っていたが、ほかにも算数、理科、社会や道徳、総合学習の中で行うこともある。その中で壁になってくるのが教科等の縦割りだ。

縦割り打破のために、戸ヶ﨑氏は「粒あんの学びが必要」だと語る。

「これまでも『教科等横断的な学びが大切』と言われ続けていますが、本当に進んでいません。例えば、社会を学んでいても、『理科のあの時に習ったものだ』と子どもたちが関連性に気づく。私はこれを『こしあん』の学びじゃなくて『粒あん』の学びだと言っています(笑)」

メディアリテラシーの授業は子どもだけでなく保護者も受けるべきだ
メディアリテラシーの授業は子どもだけでなく保護者も受けるべきだ

最後に筆者は、戸ヶ﨑氏に「この授業は保護者も受けたほうがいいのでは?」と聞いてみた。

「授業参観でこの授業をやればたぶんすごく好評だと思いますよ。ただし、そもそも保護者の方々もフィルターバブルやエコーチェンバーの社会にいるわけで、保護者も授業を受けた方がいいでしょうね」

メディアリテラシーを身に着けなければいけないのは、子どもだけではない。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。