ブッシュ政権が対テロ戦争に米軍動員…その後に様変わりした世界

後に合衆国第43代大統領に就任したジョージ・W・ブッシュ氏は、かつて、軍は何の為に存在するのかと問われ、次の旨応えた。「軍は戦争に勝つ為にある。そして、それによって敵を抑止するのである」と。

アメリカ第43代大統領 ジョージ・W・ブッシュ氏(AFP=時事)
アメリカ第43代大統領 ジョージ・W・ブッシュ氏(AFP=時事)
この記事の画像(8枚)

当時は、2000年の大統領選挙に向けた選挙戦=“Campaign 2000”が熱を帯び始めていた頃だったように記憶している。

アメリカの最高司令官になろうとする時の共和党大統領候補に、このような基本的な質問が投げ掛けられたのは、当時のブッシュ・テキサス州知事の国際問題・安全保障問題に関する経験不足が危惧されていたからである。同時に、これは第41代大統領の息子であるブッシュ氏の“ぼんぼん“ぶりへの懸念故でもあった。

ワシントン在住の元外交官氏によれば、ブッシュ氏の回答は「極めて標準的な考え方=“a pretty standard idea”」だという。つまり、ブッシュ氏はこのテストには合格したことになる。

しかし、そのブッシュ政権も911同時多発テロ以降、アフガン侵攻とイラク侵攻、そして、その後の対テロ戦争に軍を使った。自爆テロを辞さない過激派は叩かなければ抑止できないという判断が根底にあったからだと思われるが、以後、世界は様変わりしてしまった。

アメリカ第46代副大統領 ディック・チェイニー氏(AFP=時事)
アメリカ第46代副大統領 ディック・チェイニー氏(AFP=時事)

ブッシュ大統領が、保守強硬派で鳴らした当時のチェイニー副大統領一派に引き摺られてしまった面は否定できない。今にして思えばなのだが、この点から言えば、ブッシュ氏の“ぼんぼん“ぶりへの懸念は、不幸にして的中してしまったのかもしれない。

2008年アメリカ大統領選挙で共和党の候補だったジョン・マケイン氏(EPA=時事)
2008年アメリカ大統領選挙で共和党の候補だったジョン・マケイン氏(EPA=時事)

あの頃、穏健国際派と看做されていたパウエル国務長官派の声の方が強ければ、事態は別の展開を見せていたかもしれない。
もっと遡れば、実際にはその可能性はほとんど無かったのだが、共和党の指名獲得レースで、軍事・国際問題に造詣の深かった当時のマケイン上院議員がブッシュ氏に勝っていれば、世界の歴史は全く違っていたかもしれない。そう考えると残念でならない。

“たられば“を言っても詮無い。だが、アメリカの大統領選挙の結果とその後の政権の有り様は、まさに世界の歴史を左右し得るのである。これこそが、4年に一度必ずやってくるアメリカの大統領選挙から目を離せない主たる理由なのである。

「標準的な考え方」外れた“軍の使い方”をしている国々

その世界を眺めると、この軍の有り様に対する標準的な考え方から外れた軍の使い方をしている国は多い。

ロシア プーチン大統領
ロシア プーチン大統領

ウクライナに侵攻したロシアは元より、自国の反体制派の圧殺に躊躇わず使うアサド政権下のシリアやタリバン支配のアフガニスタン、フセイン政権下のイラクなどなど枚挙に暇がない。権力奪取の為のクーデターに軍を使う国も珍しくない。

ミャンマーの軍事パレード 23年3月(AFP=時事)
ミャンマーの軍事パレード 23年3月(AFP=時事)

アジアに目を転ずれば、反体制派の圧殺とクーデターの両方に国軍を使っている国もある。ミャンマーである。
そのミャンマーの軍事政権は、英語では“Military Junta“と呼ばれることが多い。検索すると“Junta“は、クーデター後の軍事政権や臨時政権を指すスペイン語とある。スペイン語ならば、”J“の発音は”H“になる。よって“Military Junta“は、ミリタリー・フンタである。この“Junta“という言葉を耳にしたら、怪しげかつ恐ろしい存在と考えて大体間違いは無い。

人民解放軍(AFP=時事)
人民解放軍(AFP=時事)

また注目すべきは、増強著しい中国の人民解放軍=PLA=People‘s Liberation Armyであろうか。一般的には中国軍と呼ばれることも多いが、実は中国という国家の軍隊ではない。勿論、“Army=陸軍”だけでもないのだが、厳密に言うと、人民解放軍は中国共産党の軍隊である。指揮を執るのは中国政府ではなく、中国共産党の中央軍事委員会なのである。

あの天安門事件で人民解放軍の部隊は、民主化を求める自国の若者達を虐殺した。自国の若者達=人民よりも、中国共産党の一党独裁を守ったという面は否定できない。

空自のF15戦闘機(時事)
空自のF15戦闘機(時事)

翻って、外から見れば軍隊以外の何物でもない我が国の自衛隊は、英語では“Self-Defense Forces”になるのだが、中東に目を転じると“Self”の一文字こそ無いものの、”Defense Forces”と称する軍隊がある。同じ”Defense Forces”=「防衛軍」でもこちらは必要とあらば攻撃的になる。略称”IDF”、正式名称”Israel Defense Forces”=「イスラエル・デイフェンス・フォース」である。

人民解放軍もそうだが、名は体を表すとは限らないのである。

順序は逆になったが、冒頭のブッシュ氏発言の「抑止する」という動詞は英語では“Deter”、「抑止」もしくは「抑止すること」という名詞は” Deterrence”になる。

昨今の日米・米韓・日米韓の外交・防衛当局の話し合いに関する記事を読むと、表題に掲げた「拡大抑止」=“Extended Deterrence”という言葉を頻繁に目にするのだが、勉強不足の筆者はどうにも腑に落ちなかった。

その理由は、単に「抑止力強化」と言っても、大きな不都合はない筈なのに、何故「拡大」なのか、「拡大」するなら何をどう拡大するのか、分からなかったからである。

サイバー攻撃やドローン攻撃、宇宙空間防衛の分野にも「拡大」するのか、周辺事態にももっと明確に拡大するのか、その全部なのか、疑問は尽きなかったのである。

これらについて、自衛隊の元海将で金沢工業大学大学院の伊藤俊幸教授に尋ねたところ、以下の回答を寄せてくれた。

「もともと『拡大抑止』=“Extended Deterrence”とは『拡大核抑止』=“Extended Nuclear Deterrence”、つまり『核の傘』を指す軍事用語です。従って、普通は通常戦力に対して使う認識はありませんでした。4月に韓国の尹大統領がアメリカのバイデン大統領に申し入れた『拡大抑止の強化』とは『(アメリカから提供されている)核の傘の実効性を高めるための新たな枠組み』ととらえるべきなのだと思っています。」

また、先に登場したアメリカの元外交官氏は以下の回答を寄せてくれた。

「アメリカは敵を抑止し、同盟国が攻撃された場合には守るために戦うことを約束することで、拡大した抑止力を提供している。攻撃には、同盟国の相互理解によって定義されるあらゆる種類の『攻撃』が含まれる。宇宙やサイバー空間での攻撃も含まれると私は理解している」“The USA deters its enemies and provides EXTENDED deterrence to its allies by promising to fight to defend them if they are attacked. This would include any sort of "attack" as defined by mutual understanding of the allies. My belief is that this includes attacks in space and cyberspace. 

成る程…つまり「拡大抑止」とは、もともとはアメリカによって提供される「核の傘」を指したが、現在では、アメリカが持つ核戦力と通常戦力を合わせた抑止力を適用する範囲を、自国領土を超えて同盟国にも拡大して提供するから「拡大抑止」と呼んでいる…と理解すれば、どうやら当たらずと言えども遠からずになるのかもしれない。そう、あくまでもアメリカ側から見て適用範囲を拡大したものだから「拡大抑止」と呼ぶのだろう。

だとすれば、「宇宙やサイバー空間等を新たに含めた抑止力の強化」策を話し合っているとでも言った方が、少なくとも日米間に関しては実態により近いと思うのだが、それよりも「拡大抑止」の方が短くて良いということなのかもしれない。

ただし、将来の核保有を目指す意見が強いとされる韓国の場合は、同床異夢の部分が大きくとも不思議ではない。伊藤教授が指摘する「(アメリカから提供されている)核の傘の実効性を高めるための新たな枠組み」とはこの辺りのことを指すのだろうし、もしも、事態が韓国政府の望む方向に進んでしまうようだと、日本としても無関心ではいられない。だから日米韓の三か国でも話し合うのかもしれない。

確たるところはわからないが、こちらも名は体を表しておらず、実態はもっと複雑な方程式になっていてもおかしくない。そして、中国の軍事力と北朝鮮の核戦力の脅威が急速に増し続けている以上、この「拡大抑止」を話し合うのは日本としても当然の対応なのかもしれない。

最後になるが、今回の短期集中連載に当たり、事実関係の再確認等で、FNNワシントン支局のシニア・プロデューサー、ピーター・ゴールド氏とロンドンのフリーランスTVプロデューサー、キャサリン・パーソンズ氏にご協力頂いた。感謝の意を表したい。

※サムネイル画像:EPA=時事

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

国際取材部
国際取材部



世界では今何が起きているのか――ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、パリ、モスクワ、イスタンブール、北京、上海、ソウル、バンコクのFNN11支局を拠点に、国際情勢や各国の事件・事故、政治、経済、社会問題から文化・エンタメまで海外の最新ニュースをお届けします。