権力への異常なこだわりが招いた「暗黒の日」

2020年のアメリカ大統領選の結果を覆そうと2ヶ月以上にわたって繰り返した大統領の「嘘」の主張は、米政治上“最大で最悪の汚点”とも言われる連邦議会襲撃事件へとつながった。“トランプ事件“の捜査を指揮するジャック・スミス特別検察官は1日、事件とトランプ前大統領を「米の民主主義の中枢に対する前代未聞の攻撃だった」と結びつけ、起訴の理由をこう語った。トランプ氏はこの4ヶ月間で3回起訴されたことになる。

2021年1月連邦議会襲撃事件
2021年1月連邦議会襲撃事件
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この間、トランプ氏は、国を欺く共謀、文書の改ざん、司法妨害、スパイ防止法違反など数十件に上る罪に問われ、それを抱えながら来年の大統領選に挑む異常な展開となっている。3度目の起訴では、大統領選挙で「嘘」をつき、それを広めて煽った罪に問われたトランプ氏だが、有力候補である自身への「選挙妨害だ」と主張している。来年の大統領選は国家の基盤となる民主主義とは何か、選挙への信頼性を問う、そして何よりも民意が問われる選挙ともなりそうだ。

起訴を重ねて支持率UP トランプ氏の独走は止められない

トランプ氏は、2020年の選挙でバイデン氏に敗れたが、自身が勝利したという虚偽の主張に基づき2024年の大統領選に立候補した。支持者や共和党員の多くは、それを信じ、トランプ氏は、起訴されるたびに党内の候補者指名争いの地位を固めつつある。政治サイト・リアルクリアポリティクスのまとめでは、トランプ氏を追走するデサンティス・フロリダ州知事との共和党内の支持率は、最初の起訴の直前となる3月28日の時点でトランプ氏44.3%に対しデサンティス氏29.2%とその差は15%だった。それが、最初に起訴された直後の4月1日には、46.1%対29.0%、2度目の起訴の翌日には54.0%対23.7%、今月1日は53.9%対18.1%まで広がった。捜査が恣意的で「魔女狩りだ」とトランプ氏が訴えるたびに、岩盤支持層と言われるトランプ支持者の結束が、より強固になっている。起訴という油が火に注がれることで、一層燃え上がっている。

8月3日 審理を終え「政治的迫害だ」と語ったトランプ氏
8月3日 審理を終え「政治的迫害だ」と語ったトランプ氏

またCNNが、共和党支持層を対象に行った7月の世論調査では、バイデン氏が勝利した2020年大統領選は、正当なものではなかったと答えた人の割合は69%と前回の63%から上昇した。政治的対立を煽るトランプ氏の戦略は支持率のデータを見れば功を奏していると言える。起訴されるたびに支持率を上げているトランプ氏だが刑事事件として訴追を受けても大統領になれるのか。合衆国憲法では「35歳以上で、14年以上アメリカ国内に住み、アメリカ生まれ」であれば、何度起訴されても大統領選挙に出馬し、就任することが可能だ。

裁判所前で掲げられた”トランプフラッグ”
裁判所前で掲げられた”トランプフラッグ”

裁判と選挙 事態の予測は複雑で困難 

しかし、いまトランプ氏の心中は穏やかではないかもしれない。今回の事件の舞台の一つとなった首都ワシントンDCは、2020年の大統領選でトランプ氏の得票率はわずか5.4%だった。民主党支持者が多数を占めるとされるワシントンの住民から選ばれた陪審員となれば有罪となる可能性が高い。少なくとも7人が死亡(上院の報告書)し、1000人以上が逮捕された連邦議会襲撃事件は、住民にとって今も記憶に新しい。さらに最新の世論調査(ロイター/イプソス)ではトランプ氏を不安にさせるデータも出ている。判決が有罪だったとしても、起訴されたうちの、どの罪が有罪と認定されるかによって投票に影響しそうだ。司法妨害やスパイ防止法違反のような重い罪が判決で認められた場合は共和党員の45%がトランプ氏に投票しないと回答している。

こうしたことからトランプ氏は、2024年の選挙が終わるまで裁判を遅らせ、自身が勝利することで新しい司法長官を任命し、起訴を回避させるか、大統領権限で自身に恩赦を与える戦略を描いているかもしれない。また、仮に有罪となり収監されたとしても憲法に選挙運動の制限は明記されていない。100年以上前には、刑務所から大統領選に出馬した候補がいたほどだ。

3度目の起訴となった今回、選挙の敗北結果を覆そうとしたとして公的手続きの妨害や有権者の投票権利に対する共謀など4つの罪に問われたトランプ氏は、3日の罪状認否で「無罪」を主張した。裁判後に「共和党の予備選でリードし、バイデンを大きくリードしている人に対する迫害だ。彼を打ち負かせなければ、迫害するか起訴するしかないのだ。アメリカではこのようなことは許されない」と訴え、記者の質問には答えず、足早に飛行機に乗り込んだ。裁判と選挙、いずれも民意が反映されるその行方がトランプ氏の運命を決めることになる。

(FNNワシントン支局 千田淳一)

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。