「シリコンバレーは、もはや世界のテック企業の最先端ではない」
そう語るのは一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代理理事の成嶋祐介さん。
1800社以上の中国企業とのネットワークを築き、中国テック企業の最先端の事例に触れていく中で、「アメリカはもう古い」と感じているという。
著書『世界を変える「とがった会社」の常識外れな成長戦略 GAFAも学ぶ!最先端のテック企業はいま何をしているのか』(東洋経済新報社)から一部抜粋・再編集して紹介する。
今回は、中国のライドシェア最大手「ディディ(滴滴出行)」。人を起点としたダイナミック・プライシングを利用し、サービスの拡大を続けている。
中国ライドシェア市場9割超のシェア「ディディ」
時期や時間帯、予約のタイミングなど、商品やサービスの需要の多寡に応じて価格を変動させる仕組み「ダイナミック・プライシング(Dynamic Pricing:変動料金制)」。
中国のライドシェア最大手「ディディ」の事例は、このダイナミック・プライシングをより上の次元に高めています。
ダイナミック・プライシングがさらに進化すると、ほかのアプリケーションサービスと連携し、パーソナライズされたひとつの「サービス」を構築し、さらなる高付加価値化を実現しています。
まさにMaaS(Mobility as a Service)を体現しているわけです。
自動車のドライバーと、同じ目的地に移動したい人とをつなぎ、相乗りのマッチングを支援する「ライドシェア(ドロップタクシー)」。
日本では世界ナンバーワン企業「ウーバー」がタクシー業界の規制に阻まれ、苦戦している印象がありますが、世界の市場は着実に成長しています。

そのライドシェア市場において、中国でナンバーワンの企業が「ディディ」です。
2012年に創業し、2016年にはウーバーの中国事業も買収し、中国最大の配車サービスプロバイダーへと成長しました。
中国市場では9割以上のシェアを誇り、2021年には創業からわずか9年でニューヨーク証券取引所への上場を果たしています。
現在ディディは、ライドシェア事業だけでなく、タクシー、ハイヤー、トラック、バス、自転車など、多くの移動手段を総合的にカバーする「ワンストップ旅行プラットフォーム」へと成長を遂げています。
最新版ダイナミック・プライシング
膨大な決済データを背景に、「人」に紐づいたダイナミック・プライシングを展開する最先端テック企業。
そこには、従来のダイナミック・プライシングと比較して、設計思想に違いが見られます。
一般的なダイナミック・プライシングは「需給バランスの均衡」に重きが置かれています。
おおもとの商品・サービスの原価が決まっており、その原価から一定の利益率を確保するために需給バランスを調整する、という発想です。
この「原価から計算する」という手法は、換言すればプライシングの決定権を企業が掌握しているといえます。
対して、最新のダイナミック・プライシングは「顧客ニーズから計算する」という設計思想にもとづいています。商品やサービスを提供する企業が提示する価格に購入する側が応じれば、その価格こそが「正しい価格」である、との考えです。
そういう意味では株式市場のような自由取引のマーケットで売買が成立するシステムに近く、プライシングの決定権が企業から「ユーザー」に移っているともいえます。
ここでは、それを「ユーザー起点型ダイナミック・プライシング」と呼びます。
ユーザー起点型ダイナミック・プライシングの手法には、同じサービス水準、時期、タイミングでも人によって提示される価格が異なるので、公平性の観点から否定的な声も少なくありません。
一方で、ビジネスの観点では、従来のダイナミック・プライシングに比べて高い収益を確保することができる利点があり、学ぶべきところは少なくありません。
「SDK」を使いさまざまなアプリと連携
ディディのビジネスモデルで注目すべきポイントは、「SDK」というオープンインターフェースにあります。
SDKは「Software Development Kit(ソフトウェア開発キット)」のことで、特定のシステムに順応したソフトウェアを作成するために必要なプログラムをまとめ、パッケージ化したものを指します。
API(Application Programming Interface)と似ていますが、APIがソフトウェアに接続する「ジョイント」のみを提供するのに対し、SDKはそのソフトウェアを構築するためのキット一式を提供する、といえばわかりやすいでしょうか。
ディディでもSDKを通じて地図、交通検索、レストラン検索など多くのアプリと連携しています。わざわざディディのアプリを開かなくても、それぞれのアプリからディディのアプリを簡単に呼び出すことができます。

このSDKによって、ディディのアプリがユーザーには見えない形でさまざまなアプリに埋め込まれているので、自然と流入が増え、収益が上がる仕組みになっています。
また、SDK連携によってチャネルが増えるだけでなく、それぞれのアプリとの組み合わせによって独自の販売プランをユーザーに提案することができます。
さらに、このSDKのインターフェースを提供しながら、非競合関係にある企業との戦略的なパートナーシップを拡大しています。
例を挙げると、TikTokとのパートナーシップにおいては、TikTokでタクシーアプリを開いたユーザーに、年齢層や属性に応じた広告を出したり、割引のプロモーションをかけることができます。
さまざまなアプリとディディが掛け合わさることで、プロモーションの幅が広がり、多くの需要を呼び込むことができます。まさにSDKを通じた多様なパートナーシップが、MaaSの最先端企業にしているのです。
「究極のダイナミック・プライシング」の実現
ディディのSDKによるパートナーシップによって、単なるダイナミック・プライシングの概念を超えた「究極のダイナミック・プライシング」が実現しています。
SDK連携するアプリが増えることで、ユーザーとしてはタクシー単体での利用にくらべて「映画・レストラン・タクシー・ホテル」などといったパッケージでの購入が増えます。
このパッケージ価格は、サービス単体より高付加価値なので価格が上げやすくなります。
レストランと駐車場でいくら、実質駐車料金無料でレストランも「10%オフ」のように抱き合わせたパッケージングが行われます。そのパッケージは、AI解析によってユーザーごとに生成されます。

一方、売り手であるディディの側としては、パッケージで販売することによって、送客をしてくれたアプリ(レストラン、ホテルなど)に対する手数料が発生しますが、販売価格が上がっているので手数料を払っても十分な収益を確保できます。
加えて、チャネルが増えること、ほかのサービスと組み合わせた販売を行えることで、トラフィックは増加します。
ディディのライドシェアサービス全体としては需要が増えるので、ドライバーは価格を上げやすくなります。価格が上がると、「こっちのほうが稼げるぞ」と判断したドライバーが集まり、さらに供給が増えます。供給が増えると、価格は下がり、適正化されます。
需要と供給が相互に喚起し合いながら、需要曲線・供給曲線の交差するポイントを押し上げるだけでなく、そこにパーソナライズされた「パッケージング」も価格を押し上げるファクターとなります。
ユーザーの側からすると、全体のパッケージとして価格を提示されるので、もはやタクシー料金単体の「定価」がわかりません。
これがディディのビジネスモデルの神髄ともいえる「究極のダイナミック・プライシング」のスキームです。
ディディは2021年のニューヨーク証券取引所への上場の際、中国当局の調査によって、あまりに過熱した掛け合わせが疑問視され、その後上場廃止となりました。
しかし2023年1月、正常な形でアプリが再開し、現在、世界中から今後の発展に熱視線が送られています。

成嶋祐介
一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代表理事。株式会社成島代表取締役。世界の最先端企業1800社とのネットワークを持つ中国テックビジネスのスペシャリスト