3カ月前、京都の観光名所、京都府亀岡市の「保津川下り」で起きた水難事故。乗客ら29人が川に投げ出され、船頭2人が死亡した。 関西テレビは、当時救助現場で指揮をとった消防隊員に話を聞くことができた。
楽しかったはずの川下りが ‟一変”
保津川下りの舟を運航する組合から事故の一報を受けた時、現場の無線はつながりにくい状態だったため、実は消防に詳細な情報が入っていなかった。
この記事の画像(12枚)亀岡消防署・警防課の東晃平さんは語る。
「一報目に『座礁』ということで入ってきたので、座礁ということでイメージ的には岸に乗り上げているイメージを持っていたので、岸から林道に人をあげていくような救助活動をイメージしていた」
舟が岸に乗り上げた事故を想定し、救助車両で山道を走ったが、落石や倒木のため、途中で通行が困難に。 その後は、徒歩で約1キロ進み、最初の通報から1時間後にようやく現場となった激流ポイント「大高瀬」に到着した。
そこでは、予想だにしない出来事が起きていた。
「乗客も点在、左右両岸にバラバラにいる状況だった。座礁しているのになぜこんなに散らばっているのかと思った。毛布などをかけられて岸で寒さを訴えている人もいた。そこで濡れていることも認識した。1人だけがけがをしたなら対応できるが、20数人が急流域に投げだされた時点でかなり困難な状況だ」(亀岡消防署・警防課・東晃平さん)
座礁ではなく、全員が川に投げ出された転覆事故。
乗客25人全員の無事は確認できたが、水温摂氏13度ほどの川に長時間つかり続けたため、低体温となった人が相次いだ。
さらに、当時の消防記録には緊迫した状況が
当時の消防記録:
転覆した船から生存反応あり、救助活動が必要です。
流水救助資器材が必要なため、消防隊の増援願います。
転覆した舟に、船頭が取り残されているかもしれないという「行方不明者」の情報も入ってきたのだ。
「乗客の搬送」と「急流での行方不明者の捜索」は現場の隊員たちだけでは対応できない状況だった。 応援を要請して体制を整えるまでに予想以上の時間がかかり、結局、後続していた舟で乗客を病院に搬送できたのは事故から約4時間後だった。
「情報が交錯したというところで必然的に救助の活動時間も延びてしまった。様々な要因が重なり、救助に関して特殊性が出てきて困難な状況にあった」(亀岡消防署・警防課・東晃平さん)
動き出した船頭たち 再発防止策は
救助対応が遅れた大きな原因の一つが、舟の転覆事故だったにも関わらず「座礁事故」とされ、正確な情報を伝えられなかったこと。
そこで舟を運航する組合は事故後、正確な情報を伝えられるよう、保津川周辺で無線や携帯電話の電波が入る場所を調べ、リストにまとめた。 通信可能な地点へ行くことで、素早く通報できる体制を整えることにした。
一方、乗客の救助のために課題とされたのが救命胴衣だった。 多くの乗客が自らひもを引っ張り、膨らませるタイプの救命胴衣を腰に着用していたが、流れの速い水中で作動させることができなかった。
事故に遭ったある乗客は「『救命胴衣を開けないと』思って探したが、ひもが見つけられなかった。素人に手動式は100%といっていいいほど無理だと思う」と語る。
また組合によると、亡くなった船頭たちも、同様の救命胴衣をつけていたが、作動させず乗客を助けようとしていた。 救命胴衣を作動させてしまうと水中で体が浮いてしまい、救助しにくいと判断したとみられる。
これまで組合は水難事故が起きた時は「船頭が乗客を助ける」という考えに固執していたが、事故を受けて考え方を変えることにした。
保津川遊船企業組合・豊田代表理事は語る。
「25人の客を4人で助けるということは、現実的には『救助』という考え方ではなく「避難誘導」に発想を転換する必要がある。船頭や乗客全員がいかに助かるかということ」
舟に乗る全員に浮力材のあるベストや自動で膨らむ救命胴衣の着用を義務付け、何よりもまず避難することを優先したのだ。
一般的にプールで避難誘導の訓練を行う際は、リーダー役が先頭に立ち、隊列を組織して救助が必要な人たちを安全な場所まで誘導する。
実際の急流の中では、リーダー役となる船頭が声を張りあげ、スムーズに誘導しないとすぐに流されてしまい、岸まで安全にたどりつくことができない。 亡くなった船頭2人と親しかった、船頭歴20年の村田祐二さん。今も事故のことが忘れられないという。
「事故発生を聞いた時は言葉にならない感じだった。仲間なので本当、言葉にならなかった。事故については何度も思い出す。ただ、起きてしまったことは取り返しがつかないので、実際あの状況だったら自分はどうだったのか、事故が起きないためにできたことはあったのか、ということを考える」(村田さん)
この日、組合では水難事故を想定した救助訓練が行われた。
船頭歴20年の村田さんですら、救命胴衣を着用しながら、素早く移動することは簡単ではない。 さらに靴を履いているとその浮力もかかるため、たとえ救命胴衣を着ていてもバランスを取るのが難しくなる。
泳ぎながら乗客を誘導する訓練も行われた。大声を出すと、体力はすぐに削られていく。
村田さんは訓練を通じて、実際にやってみないとわからないことがあること、救命胴衣の有難さを痛感したという。
訓練では講師が「今日の実技だとプールの水をほとんど飲まなかったかもしれないが、流れがあり波があればガブガブ水を飲む。声が全然出なくなる。「声掛け」は皆さんすごく良かった。ぜひ現場でもやっていただきたい」と話していた。
村田さんは「一度失ってしまった信頼と信用を取り戻すのは大変。亡くなった船頭2人の思いもあり、その命に報いるためにも残っている船頭が前を向かないといけないと思う」と話した。
事故から6月28日で3カ月。痛ましい事故を二度と繰り返さないために、安全と信用を取り戻す日々が続く。
(2023年6月28日 関西テレビ「newsランナー」放送)