先日、ロシアのモスクワを初めて訪問した。ウクライナ侵攻による影響を感じる貴重な機会だと思っていたが、印象に残ったのは武力侵攻を微塵も感じさせない穏やかな雰囲気だ。

モスクワ市内 平穏な日常がそこにはあった
モスクワ市内 平穏な日常がそこにはあった
この記事の画像(16枚)

街は平和で、店もレストランも普通に営業し、人々は何もなかったかのように日常を過ごしている。モスクワに住む多くの日本人は、日本政府が渡航中止を勧告する危険度「レベル3」は実態と合わないと話しているという。

モスクワの地下鉄の駅構内
モスクワの地下鉄の駅構内

ロシアの首都に漂う“中国感”

ただ、そこには大国・中国を感じさせるものが随所にあった。

街を歩くたび、人々からかけられる言葉のほとんどが「你好(ニーハオ)」だった。中国に住んでいるので違和感はなかったが、「こんにちは」は一度もない。モスクワ支局長に聞くと、日本人の数は非常に少なく、ほぼ例外なく中国人に間違えられるという。

’中露首脳’と写真を撮る人の姿も
’中露首脳’と写真を撮る人の姿も

それは商店にも色濃く反映されていた。土産物街に行くと、プーチン大統領と習近平国家主席の“ツーショット”があり、記念撮影をしている人もいた。中を覗くと中国人が買い物をしていて、店員は中国語で応対している。話しかけてみると綺麗な中国語で「最近は中国人のお客さんが増えました」と答えてくれた。学生時代に中国に留学していたそうで、仕事に役立つのは日本語ではなく中国語だという。ロシア人と中国語を使って交流できるとは思ってもみなかった。

中国歴代の指導者をデザインしたマトリョーシカ
中国歴代の指導者をデザインしたマトリョーシカ

人形の中に同じ形の人形を入れるロシアの名産品、マトリョーシカの中国バージョンは、習主席から建国の父・毛沢東氏まで歴代の指導者が入っていた。

空港内の案内板や看板は、ほぼロシア語・英語・中国語
空港内の案内板や看板は、ほぼロシア語・英語・中国語

中国の存在は空港でも感じられた。掲示板に中国語の表記があるのはまだしも、看板や案内のほとんどはロシア語、英語、中国語の3種類だ。

空港では多くの中国人の姿が見られた
空港では多くの中国人の姿が見られた

ロビーには多くの中国人の姿が見られ、中国語があふれていた。ビジネスでモスクワに来たという中国人に話を聞くと、ロシアに来る中国人の数は以前よりも増えているという。仕事の上では通訳が必要だが、それ以外に困ることはあまりないそうだ。ウクライナ侵攻の影響を尋ねると「それは別の問題。影響は全くない」と即答された。ゼロコロナ政策が撤廃されて以降、北京にあるロシアビザの申請窓口は混雑が続き、今も予約待ちをしなければならない。

中国の航空会社も複数乗り入れている
中国の航空会社も複数乗り入れている

政府に逆らわず、メンツを重視する国民性

中国とロシアは、民主主義ではない「権威主義」の国であり、事実上1人のリーダーが国を治める体制でもあるため、似通った点も数多くあるようだ。

ロシアの国民は「政府に逆らっても仕方ない」という達観した考えを持った人が多く、自分を守るため責任を回避する傾向が強いという。“制限された自由”の中にいる中国人と生活環境は似ている。現地スタッフの面子(メンツ)を重視する仕事のやり方も共通だ。現地で生活しているだけで「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という印象を持たれがちなところもロシアと中国ならではだ。「その国を理解することと善し悪し、好き嫌いは別」という点でもモスクワ支局長と見解の一致を見た。

“共通の敵”による味方意識

ただ、ヨーロッパへの意識を持つロシアと、アジアでの存在感を強める中国では、その考え方や国益は違う。互いに真の友好国だと思っているわけでもなければ、全幅の信頼を置いているわけでもないだろう。ただアメリカという“共通の敵”がいることを考えれば、両国が連携するのは自然な流れだといえる。

国際経済フォーラムで演説したプーチン大統領(サンクトペテルブルク・16日)
国際経済フォーラムで演説したプーチン大統領(サンクトペテルブルク・16日)

プーチン大統領は、国際会議に合わせて行った6月16日の演説で、中国との貿易の80%以上はルーブルと人民元の決済だと語り、中国メディアもこれを速やかに報じた。アメリカ(ドル)に頼らない両国経済をアピールした形だ。エネルギー大国のロシアにとって、大量のエネルギー消費国である中国は格好の貿易相手であることも間違いない。

習近平国家主席は3月、ロシアでプーチン大統領と会談した
習近平国家主席は3月、ロシアでプーチン大統領と会談した

両国が互いを利用しつつ、国際社会での影響力を確保することは不可欠でもあり、だからこそ習主席は2023年3月、ロシアを訪問してプーチン大統領と会談した。一方、広島でのG7サミットと同時期に行われた「中央アジアサミット」では旧ソ連圏の中央アジアの国々をロシアから中国に引き寄せ、主導権を握ろうとする思惑も見てとれる。両国が連携しつつも一枚岩ではない証左である。

中央アジアサミットには習主席と中央アジア5カ国の首脳が集まった
中央アジアサミットには習主席と中央アジア5カ国の首脳が集まった

「違うこと」「違い」を理解する

モスクワで聞いて驚いたことへのひとつに、新型コロナに対する考え方がある。感染した場合、有給休暇扱いで2週間休めるだけでなく、一部の無症状患者は病院で食べ放題、酒も含めて飲み放題の環境が与えられ、若い人を中心にむしろコロナに罹った方がいいという見方もあったというのだ。

国によってものの考え方、価値観が異なるのは当然だし、国と国民も同じではない。市内のショッピングモールでは不慣れな外国人の私を警備員が気にかけてくれたし、車は歩行者を優先する優しさがある。実際に異国の地で過ごすと、予想外のことも含めて「違うこと」がどこにでもあることがわかる。

モスクワ中心部にある「赤の広場」
モスクワ中心部にある「赤の広場」

日本で「真っ当なこと」「普通のこと」が世界で通用するとは限らない。特にロシアや中国は日本とは違うことが当たり前だ。違うこと、違いを理解することを今回も学んだ。

(FNN北京支局長 山崎文博)

この記事に載せきれなかった画像を一覧でご覧いただけます。 ギャラリーページはこちら(16枚)
山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。