ロシアの首都モスクワ中心部にある「赤の広場」で9日行われた、戦勝記念日の式典。
クレムリンへのドローン攻撃やウクライナ侵攻の“戦果”を、プーチン大統領がどう訴えるのかに注目が集まったが、演説では侵攻を正当化する内容にとどまり、ドローン攻撃には触れなかった。
これにはどういった思惑があるのか。
ロシア情勢に詳しい拓殖大学の名越健郎特任教授に聞いた。
方向性を示さないことに疑問
ーーなぜドローン攻撃に触れなかった?
クレムリンにドローン攻撃が行われたのは5月3日の未明で、それ以降、プーチン大統領は一度も公の場でこの問題に触れていません。

大統領報道官は、「アメリカが計画しウクライナが実行した」と批判していますが、国内外では、クレムリンによる自作自演だとか、ロシアの反体制派がやったという説も出ています。
その中で大統領がずっと沈黙しているのは奇妙だと思っていましたが、今回の演説でも触れなかったことには非常に意外性を感じます。

一方でロシアは、それ以降ウクライナ全土に対するミサイルやドローン攻撃を行っていて、これはある種の報復攻撃だと思われ、戦闘を激化させています。
その中でプーチン大統領が方向性を示さなかったことは、対応を考えているのかなどさまざまな憶測を呼ぶわけで疑問に感じました。
国民の不安は悪化
演説では、「国際テロに対抗している。ドンバスを守り、我々の安全を守る」とウクライナ侵攻を正当化する内容にとどめたプーチン大統領。
その姿勢について名越特任教授は、「ロシアの防空体制が弱体化している」との不安が国民の間で広がる可能性があると指摘する。
ーードローン攻撃に言及しなかった意図は?
軍事パレードでの演説はそもそも儀礼的な演説で、政策演説ではありません。
そういう場で、個別のミサイル攻撃についてコメントするのは好ましくないと思った可能性があります。

一方で、安全保障会議は一度開いていますが、内容は一切出ていません。
大統領報道官はウクライナを批判しましたが、大統領自身がコメントしないというのは、国民の間で「ロシアの防空体制が弱体化しているのではないか」という疑問や不安を招く可能性があると思います。
このところ、ウクライナによるロシア各地へのドローン攻撃が続いています。
ロシア各地で昨年以降200件以上の謎の爆発事件や火災が頻発していて、国内ではテロの真偽不明な噂がSNSで発信され、国民の不安感は悪化しています。

ロシア国内でも、ドローン攻撃はクレムリンによる自作自演で、国民の緊張感を高めてウクライナへの攻撃を強化する口実にするという憶測も出ています。
そんな中、大統領が明確に否定しなかった点は大変気になります。
誇るべき戦果がない
世論調査では8割以上の支持率を保っているプーチン大統領だが、戦況が長期化する中、国民の間では「もう止めてほしい」という厭戦気分が確実に高まっていると、名越特任教授は分析する。
ーー戦果を発表しなかった意図は?
戦況は非常に微妙な時期にあって、ウクライナが反転攻勢を始めると言われています。
東部のバフムトをめぐって激戦が続く中、プーチン大統領は「5月9日の戦勝記念日までに絶対にバフムトを落とせ」と命令を出しましたが、いまだに実現していません。
誇るべき戦果がないのと、重大な局面を控えて手の内を明かしたくないという要素もあると思います。

今、プーチン大統領の支持率は8割以上、ウクライナ攻撃への支持も7割以上となっていますが、戦況が長期化する中で国民の不安や「もう止めてほしい」という厭戦気分が確実に高まっているわけです。
それに対して、プーチン大統領が出口戦略を示せなかったということは、対応に苦慮している要素があると思われ、今回の演説を機に国民の不安がさらに広がるかもしれません。