外国人や観光客を狙ったテロの脅威

国際政治や安全保障の観点からテロ問題が扱われる頻度は幸いにも下がっている一方、海外危機管理という世界では引き続き注意が払われる問題となっている。

たとえば、在ケニア日本大使館は2月9日、「ケニア国内におけるテロの脅威に関する注意喚起」と題して、現地の米国大使館がホテルやレストラン、大使館など外国人や観光客が集まる場所を狙ったテロの恐れがあると注意喚起したことを引用し、最新情報の入手に努め、取るべき対策などを提示し現地邦人に対して注意を呼び掛けた。

ケニアの首都ナイロビ
ケニアの首都ナイロビ
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同様の注意喚起は、在コンゴ民主共和国日本大使館(1月12日)、在トルコ日本大使館(1月28日)、在ベルギー日本大使館(3月8日)、在オーストリア日本大使館と在スロバキア日本大使館(3月15日)、在英国日本大使館(3月29日)など各地から頻繁に注意喚起され、海外邦人の安全という視点で現在進行形の課題となっている。

21世紀以降、9.11同時多発テロを筆頭に、インドネシア・バリ島爆破テロ(2002年10月)、英国・ロンドン地下鉄等同時爆破テロ事件(2005年7月)、インド・ムンバイ同時多発テロ(2008年11月)、チュニジア・バルドー博物館襲撃事件(2015年3月)、ベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件(2016年3月)、バングラデシュ・ダッカレストラン人質テロ(2016年7月)、スリランカ同時多発テロ(2018年4月)など、イスラム過激派関連のテロで日本人が死傷するテロ事件が続いている。

バリ島爆弾テロ事件(2002年10月)
バリ島爆弾テロ事件(2002年10月)

幸いにもスリランカの事件以降そういった事件は発生していないが、各国が水際対策を緩和・終了し、アフターコロナによって邦人の海外渡航が再び活気付こうとするなか、我々は世界のテロ情勢に今一度注意を払うべきだろう。

テロ情勢と言っても世界にはあらゆるテロ組織があるが、上述のような事件を考慮すれば最も注意するべきは「イスラム国」の動向だろう。

「イスラム国」の本拠地は中東のイラクとシリアであるが、既に支配領域を失い、昨年1月にはシリア北東部ハサカにある刑務所を襲撃して100人以上が犠牲になる事件を起こしたものの、近年シリアとイラクで大規模なテロは起こっていない。

自爆死した「イスラム国」2代目指導者の隠れ家
自爆死した「イスラム国」2代目指導者の隠れ家

シリア東部やイラク北部、西部などでは「イスラム国」の残党勢力が活動を続けているが、治安部隊などへの襲撃など小規模なもので、綿密に計画されたテロ事件というものではない。今両国で活動する「イスラム国」は、以前のような組織力や資金力に富んだものとはほぼ遠い。

避難民キャンプの子供たちに過激化リスク

しかし、国連は今年2月、依然としてシリアとイラクには「イスラム国」のメンバーが5000人から7000人いるとする報告書を発表し、中東を管轄する米中央軍のクリラ司令官は3月、上院軍事委員会の公聴会で発言し、「イスラム国(IS)」の家族が収容されているシリア北部の避難民キャンプで3万人以上の子供たちが過激化するリスクがあると懸念を示した。

シリア北東部のホウル・キャンプ(2021年10月)
シリア北東部のホウル・キャンプ(2021年10月)

テロ対策専門家の間でも、家族や子供らが避難民キャンプから出身国に戻って過激化するリスク、また、イラクやシリアの政治的混乱に乗じて「イスラム国」の活動に加わるリスクなどは依然として聞かれる。

「イスラム国」のネットワークとは

そして、今日でも「イスラム国」のネットワークが存在する。

サハラ地域を束ねる「イスラム国のサハラ州」、アフガニスタンを拠点とする「イスラム国のホラサン州」、エジプトの「イスラム国のシナイ州」、ナイジェリア北東部などを拠点とする「イスラム国の西アフリカ州」、コンゴ民主共和国東部などで活動する「イスラム国の中央アフリカ州」、モザンビーク北部を中心に活動する「イスラム国のモザンビーク州」などがあるが、近年警戒が強まっているのはサヘル地域(アフリカのサハラ砂漠南縁部)とアフガニスタンだ。

両地域での「イスラム国」系武装勢力の活動はイラクやシリアよりも活発で、たとえば「イスラム国のホラサン州」は最近中国への敵意を頻繁にネット上で示し、実際アフガニスタンでは中国権益を狙ったテロを実行している。

米軍が撤退して以降、中国はアフガニスタンへの関与を強めているが、昨年12月にはカブールにある中国人が多く利用するホテルを狙った襲撃事件があったが、その後「イスラム国のホラサン州」が声明を出し、中国人客が集まるパーティー会場を狙って爆発物を爆発させたと中国権益を狙った意図を明らかにした

中国人を狙ったテロ事件が起きたホテル(アフガニスタン・首都カブール)
中国人を狙ったテロ事件が起きたホテル(アフガニスタン・首都カブール)

また、今年1月にはカブールにある外務省の入り口付近で自爆テロがあり少なくとも5人が死亡し、同様に「イスラム国のホラサン州」が犯行声明を出したが、同外務省を訪問予定だった中国代表団を狙った可能性が強く指摘されている。 

こういった「イスラム国のホラサン州」の活動に対し、テロ対策専門家の間では同組織への懸念の声が拡がり、現在「イスラム国のホラサン州」が米国本土でテロを行う能力はないものの、アフガニスタンで勢力を拡大した後、アジアやヨーロッパなど外国にある米国権益を攻撃する恐れがあるなどの懸念が聞かれる。

クリラ司令官も3月、6カ月以内に国外の欧米関連施設を狙う可能性があると警告した。同組織は中国以外にもアフガニスタンにあるロシア大使館やパキスタン大使館への攻撃も行っており、その国際的攻撃性に警戒の声が聞かれる。

また、サヘル地域のマリやブルキナファソ、ニジェールでは「イスラム国のサハラ州」を名乗る武装勢力、また「アルカイダ」系勢力(JNIM)によるテロが深刻化しており、今日、テロの震源地はサハラ地域と言える。近年はトーゴやガーナ、ベナン、コートジボワールなどに越境して活動範囲を広げており。ギニア湾の沿岸諸国は警戒を強めている。

東南アジアにも「イスラム国」に関連する組織

一方、日本企業の多くが進出する東南アジアも対岸の火事ではない。

たとえば、インドネシア国家警察は今年1月、2022年度中に国内全土での対テロ摘発作戦の結果計250人あまりを逮捕し、そのうち「イスラム国」に忠誠を誓う地元の武装組織「アンショール・ダウラ(AD)」のメンバーが70人あまり、同じく「イスラム国」を支持する地元組織「ジャマー・アンシャルット・ダウラ(JAD)」のメンバーが45人あまり、アルカイダと関係する「ジェマー・イスラミア(JI)」のメンバーが100人あまりになったと発表した。

また、フィリピン南部のミンダナオ島では依然としてフィリピン軍・警察と「イスラム国」を支持する地元の武装勢力「ダウラ・イスラミヤ」との戦闘が絶えない。4月に入っても、治安部隊が南ラナオ州にある「ダウラ・イスラミヤ」の潜伏先に対する急襲作戦を実施し、銃撃戦の末「ダウラ・イスラミヤ」のメンバー3人を殺害し、7人を逮捕した。

フィリピン・ミンダナオ島
フィリピン・ミンダナオ島

ミンダナオ島に進出する日本企業は多くはないかも知れないが、インドネシアにおいてはテロの潜在的脅威が常にある。現在、以前ほど「イスラム国」の脅威はない。

しかし、依然としてそのネットワークは存在し、各地で支持勢力が活動していることから、引き続き注意が必要だろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415