トランプ政権の親イスラエル政策

トランプ米大統領は、2017年から2021年の第一期政権において、イスラエルへの強い支持を明確にしてきた。

在任中、エルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転する決定を下した。また、ゴラン高原をイスラエルの領土として承認し、アブラハム合意を通じてイスラエルとアラブ諸国の関係正常化を推進するなど、中東政策においてイスラエル寄りの姿勢を鮮明にした。

これらの政策は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相との緊密な関係を象徴するものだった。

ゴラン高原をイスラエル領土と承認した 2019年3月
ゴラン高原をイスラエル領土と承認した 2019年3月
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トランプとネタニヤフの「蜜月関係」は、両者の政治的利益が一致した結果でもあった。

トランプ氏は国内のキリスト教福音派やユダヤ系ロビー団体からの支持を固め、2020年の再選を目指す戦略の一環として親イスラエル政策を打ち出した。一方、ネタニヤフ氏はトランプ政権の後ろ盾を得て、国内での政治的基盤を強化し、イスラエルの安全保障政策を強硬に進めることができた。

この関係は、2025年現在もトランプ氏が再び大統領に就任したことで続いている。

6月の12日間戦争とその余波

そして、2025年6月、イスラエルとイランの間で軍事的緊張が高まり、「12日間戦争」と呼ばれる短期間の衝突が発生した。

建物から上がる煙(テヘラン・2025年6月13日)
建物から上がる煙(テヘラン・2025年6月13日)

この戦争は、イランの核開発疑惑や地域での代理戦争を背景に、両国間の軍事的応酬がエスカレートした結果だった。トランプ政権は、この衝突においてイランに対する初の空爆を実施し、イスラエルを間接的に支援する姿勢を見せた。しかし、その直後、トランプ大統領が停戦を発表し、両国がそれを受け入れる形で停戦に至った。

「イラン核施設を完全に破壊した」と述べたトランプ氏(2025年6月21日)
「イラン核施設を完全に破壊した」と述べたトランプ氏(2025年6月21日)

しかし、この停戦は、表面的には中東の緊張緩和を意味するものだったが、実際には不安定な均衡の上に成り立っている。

イランは依然として核開発を続ける姿勢に徹しており、親イランの代理勢力(ヒズボラはかなり壊滅的だが)を通じてイスラエルに対する挑発を続ける可能性が高い。

イラン最高指導者のハメネイ師
イラン最高指導者のハメネイ師

一方、イスラエルはネタニヤフ首相の下、敵対勢力のわずかな動きにも即座に反応する強硬な軍事姿勢を維持している。この状況は、トランプ大統領とネタニヤフ首相の間に1つの亀裂を生む可能性を秘めている。

トランプのレガシーと停戦への執着

トランプ大統領は、2025年の再選後、自身の政治的レガシー作りに注力している。

特に、外交面での実績を積み上げることで、歴史に名を刻むことを強く意識している。2022年から続くウクライナ戦争では、ロシアとの和平交渉を模索したが、目に見える成果を上げられていない。それにより、トランプ大統領は中東での停戦を自身の外交的成功としてアピールする意欲を高めている。

トランプ氏は中東でレガシー作りに注力しているが…
トランプ氏は中東でレガシー作りに注力しているが…

6月の停戦は、トランプ政権にとって数少ない「成功事例」として位置づけられている。しかし、この停戦は脆弱であり、イスラエルの軍事行動によって簡単に崩れる可能性がある。

トランプ氏は、停戦を維持することで自身の外交手腕を誇示したい狙いがある。そのため、イスラエルがイランやその関連勢力に対して新たな軍事行動に出れば、トランプ大統領にとってのレガシーが損なわれるリスクが生じる。

ネタニヤフの強硬姿勢とイスラエルの安全保障

一方、ネタニヤフ首相は、イスラエルの安全保障を最優先に考えている。

イラン現体制を生存の脅威とみなすネタニヤフ政権は、核開発や地域での影響力拡大を阻止するため、軍事行動をためらわない姿勢を貫いている。特に、2025年の12日間戦争後、イランの動向に対する警戒心は一層強まっており、ネタニヤフ首相はイランが少しでも怪しい動きを見せれば、即座に攻撃する構えだ。

軍事作戦の開始を発表したイスラエルのネタニヤフ首相(2025年6月13日)
軍事作戦の開始を発表したイスラエルのネタニヤフ首相(2025年6月13日)

この強硬姿勢は、イスラエル国内の政治状況とも密接に関連している。ネタニヤフ氏は、長年にわたる汚職疑惑や国内の政治的分裂を背景に、強硬な安全保障政策を通じて支持を集めようとしている。イランへの軍事行動は、国民の団結を促し、自身の指導力をアピールする手段でもある。しかし、この姿勢はトランプ氏の停戦維持という目標と衝突する可能性がある。

蜜月関係に生じる亀裂の可能性

トランプ氏とネタニヤフ氏の関係は、これまで互いの政治的利益が一致することで強化されてきた。しかし、今後はそうはいかない可能性もある。

トランプ氏は、停戦を維持し、外交的成功をアピールすることで自身のレガシーを固めたい。一方、ネタニヤフ氏は、イスラエルの安全保障を最優先に考え、必要とあれば停戦を破棄してでも軍事行動を取る構えだ。

仮にイスラエルがイランへの新たな空爆を実施した場合、停戦は崩壊し、中東情勢は再び緊迫するだろう。このシナリオでは、トランプ氏が自身の外交成果が台無しにされたと感じ、イスラエルに対する不満を募らせる可能性がある。

蜜月関係はいつまで続くのか…
蜜月関係はいつまで続くのか…

トランプ氏は、自身の支持基盤である福音派やユダヤ系ロビーへの配慮から、イスラエルとの関係が一気に冷え込む可能性は低いだろう。しかし、ネタニヤフ氏の強硬な姿勢がトランプ氏の政治的目標を妨げる場合、両者の間に1つの亀裂が生じる可能性は否定できない。

トランプ氏とネタニヤフ氏の関係が今後どうなるかは、中東情勢の展開に大きく左右される。イランがイスラエルが挑発的と捉える行動を控え、停戦が維持される場合、軍事的応酬は回避されるだろう。

しかし、イランが核開発で何かしらの動きを示す、あるいはイスラエルが予防的攻撃に踏み切る場合、トランプ氏の外交的目標とネタニヤフ氏の安全保障優先の姿勢が衝突し、関係の冷却化が進む可能性が考えられよう。

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415