フランスのマクロン大統領による発言が波紋を広げている。中国を持ち上げるかのような外交姿勢を見せているマクロン大統領、その狙いは一体どこにあるのか。外交手腕が絶賛された過去の経験から読み解いてみる。
習主席に「あなたが頼りだ」
4月初旬に中国を訪問した際、マクロン大統領は習近平国家主席に対し、「ロシアを理性的な行動に戻し、皆を交渉のテーブルにつかせるためにはあなたが頼りだ」と発言。さらに経済人との会合の場では、先端半導体などの分野で中国を供給網から切り離す「デカップリング」を進めるアメリカを念頭に、「中国と関係を断つのは狂気の沙汰だ」と述べた。
この記事の画像(10枚)習主席を持ち上げるかのような発言を繰り返したマクロン大統領。さらに、帰国する機内でメディアに主張した内容が波紋を広げている。台湾情勢について「最悪なのは、ヨーロッパがこの問題でアメリカのペースや中国の過剰反応に追随しなければいけないと考えることだ」と述べ、アメリカと中国のいずれにも追随しない「第3の道」を追求する姿勢を明らかにしたのだ。
訪中には、EUのフォンデアライエン欧州委員会委員長が同行した。一部報道では、同行を要請したのはマクロン大統領だとも言われている。ウクライナ情勢をめぐってフランスが“言いにくいこと”はフォンデアライエン委員長に発言してもらい、マクロン大統領は第3者的な立場を作ったのではないか、という指摘もされている。まさに、「第3の道」を具体的に演出したとも言える。
また、今回の訪中でフランスは、中国との間で航空機160機の受注を含む約30の協力協定を締結している。航空機を大量に購入してくれた中国に対する“リップサービス”のような側面もあるだろう。
折しも、中国が台湾付近で軍事演習を行っているさなかのこうした発言に、とりわけドイツを中心とするヨーロッパ内やアメリカから批判の声が相次いだ。フランス国内では、中国の専門家であるアントワーヌ・ボンダズ氏が「確かなのは、この発言がパートナーの間に無意味な疑念を作り出したことだ」「アメリカだけに緊張の責任を負わせるのは分析の完全な誤り。タイミングも最悪だ」などと痛烈に批判している。
強気のマクロン節が炸裂も支持率は・・・
ただ、フランス国内ではどうか。一連の発言自体に対する批判は、今のところそれほど大きくない。むしろ、経済面からは成功と捉えられている。しかし、ウクライナ問題で中国を取り込み、ロシアに働きかけてもらう狙いは失敗に終わったと複数のメディアが指摘している。確かに、地政学的には、ヨーロッパから見れば台湾は遠い場所の話であるし、貿易においては中国は重要なパートナー国だ。
それに現状では、フランス国民にとっては、マクロン政権の社会保障政策が最大の関心事であることも理由のひとつだろう。マクロン政権は、3月、年金制度改革をめぐり、法案を強行採決した。これに怒り心頭の国民が激しいデモ活動やストライキを続けているため、通常の経済活動も困難な状況に陥った。
それでも、マクロン大統領はメディアに対し、「私がこの改革を喜んでやっていると思うか?答えは“ノン”だ。前進しなければいけないし、責任がある。再選されようとも思っていない」と強気の姿勢を見せた。マクロン節が炸裂だ。
しかし、こうした強気の姿勢とは裏腹に、最新の世論調査での支持率は、28%と就任以来最も低い水準となった(調査機関「Ipsos」による)。このため、外交で少しでもポイントを稼ぐ、あるいは国民の関心を他に向けようと考えた側面もあるのではないか。そこには、過去の“成功体験”があるように見える。
2019年サミットでの“成功体験”
2019年8月フランス南西部ビアリッツで開催されたG7=先進7各国首脳会議。前年にカナダで行われたサミットでは、アメリカのトランプ大統領(当時)が「首脳宣言を承認しない」と表明するなど混乱が見られたことから、ビアリッツでのG7もドタキャンするのではないかとの憶測もあったほどだった。さらに、当時、アメリカはフランスとの間でデジタル課税をめぐる軋轢を抱えていたこともあり、険悪ムードで始まるかと思いきやー
トランプ大統領は到着直後、マクロン大統領と1対1のランチミーティングに臨み、笑顔も見せる和やかムード。これにはメディアも驚いた。
マクロン大統領のいわゆる”人たらし”の才能を発見した瞬間だった。さらに、トランプ大統領がイランとの核合意からの脱退を表明したことで緊張が高まる中、サミット会場にイランのザリフ外相(当時)をサプライズで招待。関係改善への道筋をつくったとして、その外交手腕が国内で高く評価された。
翌月、マクロン大統領の支持率は急上昇した。フランスの人たちはもともと、文化や生活スタイルを含め総合的にアメリカと何かしら違う姿勢を見せていたいと考える人たちだ。アメリカに対するライバル心?あるいは優越感?のようなものを感じている人が目立つ。だからこそ、マクロン大統領が外交の場でフランスの存在感を世界に見せつけたことで、国内世論を味方にする結果となった。
「自信家」で「影響されやすい人」?
2022年ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、マクロン大統領がプーチン大統領からのつれない対応にもめげず、侵攻をやめるよう再三の働きかけをしたことは記憶に新しい。侵攻前後に行われたプーチン大統領との電話会談は、明らかになっているだけでも実に19回にも上る。このほかにモスクワで直接会談を1回行っている。普段は饒舌で有名なマクロン大統領が、プーチン大統領から一方的に5時間も話し続けられたという報道もあるから驚きだ。
それでもめげないこうした行動こそ、鋼のようなメンタルの強さもさることながら、前出のような過去の成功体験に基づき、自身を強力な仲介者と考えて疑わない「自信家」的側面の表れではないか。結果がどうなったかは...ご存じの通りだ。フランス国内では、マクロン大統領が海千山千のプーチン大統領に適当にあしらわれたように受けとめられている。
また、マクロン大統領は常々、「緊張のエスカレーションを避けなければいけない」という趣旨の発言をしている。彼の中で、緊張のエスカレーションを避ける=問題を作り出す相手側に寄ってみる、というルールがあるように見えてならない。ウクライナ侵攻をめぐっても、プーチン大統領と接触したあとに「ロシアを孤立させてはならない」などと発言し、欧米から批判されたものだ。
あるいは、単純に考えて、会談相手に影響(感化?)されやすい性質を持っているのかもしれない。ここに、あるエピソードがある。
ウクライナ侵攻後、ゼレンスキー大統領はスウェット姿で公務にあたっているのをご存じだろう。戦時のリーダーとして国を率いる姿勢を示したものだ。侵攻当初、暗殺の危険が迫っているのも関わらず、ゼレンスキー大統領が逃げも隠れもせずに各国に支援を求める姿が賞賛されていた。薄っぺらい表現で申し訳ないが、「かっこいい」という形容に尽きる姿だった。そんな2022年3月のある日、マクロン大統領の公式フォトグラファーがインスタグラムに投稿した写真が物議を醸した。大統領府で公務を行うマクロン大統領は・・・なんとスウェット姿に無精ひげと、まさにゼレンスキー大統領そのものだったのだ。
SNS上では冷ややかな反応も見られたが、「かっこいい」ゼレンスキー大統領の真似をしているとしたら、影響されやすいその性格に少し憎めない感覚を覚えてしまうのは筆者だけだろうか。これも、マクロン大統領にとっては自信を持った「演出」なのかもしれないが。
政府は中国を“脅威”と明確に位置づけ
マクロン大統領“個人の”性質を話題にしたのには、ワケがある。大統領個人の発言と政府としての方向性は必ずしも一致しないひとつの例があるのだ。実は、フランス政府が4月4日に閣議決定した「次期軍事計画法(防衛力整備計画)」では、現行法と比較して国防費を約1200億ユーロ増額している。この中で、インド太平洋での中国の戦略がもたらす不安定性はフランスにとっての脅威であると明確に指摘しているのである。つまり、大統領の発言はさておき、フランス政府としては安全保障上、中国を警戒しているのは明らかだ。
フランスを訪れる中国人観光客は年間220万人に上り(アメリカを抜いて第1位)、フランス経済への貢献は35億ユーロ=日本円で約5135億円を超える(2019年「仏政府観光開発局」による)。経済関係で重要な中国に対し、顔を使いわけた対応をしているということだろう。
日本には都合の悪い“マクロン発言”
一方、5月にG7広島サミットをひかえた日本にとっては、水を差す発言になりかねない。岸田首相は、G7サミットやNATO首脳会議などこれまでさまざまな機会で「欧州とインド太平洋の安全保障は不可分」という立場を表明している。ウクライナを支援する日本として「欧州だけの問題でなく、国際秩序の根本を揺るがす暴挙」とか、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」などと発言し、インド太平洋の安全保障に対する強い危機感を共有しようと努めているのだ。
こうした主張を掲げて5月のサミットを成功に導こうとしているさなか、マクロン大統領の「ヨーロッパと東アジアは切り離そう」といった趣旨の発言は日本にとって「都合の悪いこと(政府関係者)」なのである。
西側の分断を図る狙いを持って行動しているとみられる中国。老獪な中国の戦術にはまることなく、西側各国が足並みをそろえられるのか。来たる広島サミットでのマクロン大統領の「演出」に注目したい。