宮城県石巻市で、長年地元で愛された定食屋があった。12年と1カ月前のあの日、店は津波で流され、店主は最愛の妻を失った。自暴自棄になりかけた時期もあったというが、それでも5年前、店を再開した。店主は、今年11月に73歳になるが、いまだ厨房に立ち続ける理由があった。

「30年以上」地元で愛された味

大坂善万さん:
たかがラーメンだけど、されどラーメンですよ。ばかにできません。ははは。

大坂善万さん
大坂善万さん
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宮城県・石巻市須江地区でラーメン店を営む、大坂善万さん(72歳)。
店の自慢は毎朝仕込むかつお節だしベースのスープだ。大坂さんが作るこだわりのラーメンは、このスープに特製のしょうゆタレを加え、細いちぢれ麺を合わせる。具材はメンマにネギ、ナルトに自家製チャーシューと、シンプルで昔懐かしい味の一品だ。

大坂さんが作るラーメン 店の自慢は毎朝仕込むかつお節ベースのスープだ
大坂さんが作るラーメン 店の自慢は毎朝仕込むかつお節ベースのスープだ

大坂善万さん:
以前の店は、ラーメンが人気でしたね。周りに水産加工屋さんがいっぱいありましたから。それで10個持ってきてだの、15個持ってきてだの、2回に分けて持って行ったりした。

大坂さんは東日本大震災前、海に近い石巻市・湊地区で、妻のかよ子さん(当時58歳)と定食屋を営んでいた。しかし、2011年3月11日、地震が発生。店の片づけをしていた時に津波に襲われた。大坂さんは、2階の窓から外に出て、泳げないかよ子さんをつかみながら、近くの水産加工場にたどり着いた。しかし、冷たい海水にさらされ、服は濡れたまま。追い打ちをかけるかのように、降り出した雪は、二人の体温を奪っていった。

大坂善万さん:
雪が降ってきて、津波に濡れて…。段々衰弱していったんだね。叩いても、ゆすっても意識が無くなっていったんです。女房は凍え死んでしまったんですよ。

 
 

大坂さんが見守る中、かよ子さんは眠るように息を引き取った。その後、自身も命の危険を感じ、「再び来るかもしれない津波でかよ子さんが流されないように」と、かよ子さんの体を水産加工場の柱に縛り付け、やむなくその場から避難したという。

最初は「嫌々だった」店の再開

大坂善万さん:
震災後は、酒は飲むはぶらぶら歩いて、避難した土地の会合があっても行かなかったし、何も手は付きませんでした。ご飯を食べないこともあった。

最愛の妻と店を失い、ふさぎこむ生活が続いた大坂さんだったが、定食屋の常連客などから再開を求める声が相次ぎ、5年前、人気メニューだったラーメンで店を再開させた。

大坂善万さん:
気持ち的には嫌々というのが本音だったんですよ。ところが、周りが「店をやれ」と言うので、じゃあもう一度、やってみようかなと。

昔からの常連客は、大坂さんが作るラーメンについて、「変わらない味。しっかり味を守っている。スープがおいしい」などと、太鼓判を押す。

大坂善万さん:
わざわざ食べに来てくれる人がいる。ありがたいという気持ちしかないです。

作り上げた味を“つなぐ”

苦難を乗り越え、店を再開させた大坂さん。
厨房に立ち続けたことで新たな目標ができたという。

大坂善万さん:
震災後の自分と比べると比べものにならないくらい元気になりました。こうやって働けるから女房も喜んでいると思うし。供養にもなるのかなと思っています。

看護師を辞め店を手伝う 長女・志保さん
看護師を辞め店を手伝う 長女・志保さん

今では、長女の志保さんも店を手伝い、かよ子さんの役目だった「味見」を担当している。大坂さんが作ったラーメンを一口すすり、「変わらない味」かどうかを確認する。

かよ子さんが担当していた「味見」をする長女・志保さん
かよ子さんが担当していた「味見」をする長女・志保さん

長女・志保さん:
店の再開はうれしかったですね。またあのラーメンを食べられると思って、今まで母と2人でやってきていたのを見ているので、支えがないと難しいんじゃないかなという気持ちがあってお手伝いするようになりました。

大坂さんは72歳となり、店に立ち続けることは簡単なことでは無くなった。一番近くでその姿を見続けてきた志保さん。月日がたつにつれ、「父と母が作り上げた味をつなぎたい。」そんな思いが芽生え始めていた。

長女・志保さん:
この味を自分がどこまで引き継げるか、私が作ったときにお客さんがどこまでついてきてくれるかという不安とか、色々考えると悩むところではあるんですけど、それでもこの味を無くしたくない。頑張りたいという気持ちはありますね。

大坂さんも明言はしないが、娘の気持ちには気づいているようだ。

大坂善万さん:
娘もちょくちょく見ながら(技術を)盗んでいるみたいですけどね。でも、ちゃんと教えたほうがいいのかなと思っています。その時期が来たら…。

照れ臭そうに話す大坂さん。一方で、自身もまだ厨房に立ち続けたい思いもある。

大坂善万さん:
頑張ります。体が続く限り働ける、動けるんだったら、やっていきたいと思っています。

関係のない人から見れば“たかがラーメン”かもしれないが、2人にとっては“されどラーメン”。
「亡き妻」「亡き母」との思い出の味をつなぎたい。思いは一つだ。

(仙台放送)

仙台放送
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