中国の首都・北京から約2時間半飛行機に乗って到着した広州空港。ここから車で約2時間移動した場所に、2階建てのプレハブ小屋が無数に並ぶ巨大な施設が存在する。

現場付近に放置されたままの工事車両
現場付近に放置されたままの工事車両
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しかし、訪れた私たち以外に人の気配はなく、周辺には使われなくなった工事関係の車両が放置されたままだった。

施設周辺の壁の上に張り巡らされた有刺鉄線
施設周辺の壁の上に張り巡らされた有刺鉄線

施設周辺を歩いてみて目に付いたのは、2メートル以上の高さの壁とその上に延々と張り巡らされた有刺鉄線だ。有刺鉄線の間には監視カメラも設置され、施設の内側と外側を見張っていた。何も知らなければこの施設は罪を犯した人が入る“収容所”のように見えるだろう。

有刺鉄線の間には監視カメラが取り付けられていた
有刺鉄線の間には監視カメラが取り付けられていた

完成後すぐにゼロコロナ政策が終了

収容所のような施設の“正体”は、広州市が2022年11月に急ピッチで建設工事を行い完成させた「広州南沙健康ハブ」と呼ばれる新型コロナの隔離施設だ。

新型コロナの隔離施設「広州南沙健康ハブ」
新型コロナの隔離施設「広州南沙健康ハブ」

東京ドーム約7個分もの広大な敷地(約33万平方メートル)に約8万床のベッドを備えた巨大な隔離施設は「広州最大の箱船病院」と呼ばれ、地元メディアで大々的に報道された。

隔離施設の室内は2段ベッドが配置(中国のSNSより)
隔離施設の室内は2段ベッドが配置(中国のSNSより)

同様の施設は全部で16カ所あり、総面積は81万平方メートルにも及び、総ベッド数は24万6000床となっている。これらの施設は、本来であれば中国が厳格に推し進めてきたゼロコロナ政策の救世主となるはずだった。しかし、完成から数日後、中国政府は前触れもなく突如ゼロコロナ政策を終わらせた。その結果、この巨大な隔離施設は使われないまま“負の遺産”となってしまったのだ。

高い壁に囲われた隔離施設 約8万床のベッドが設置された
高い壁に囲われた隔離施設 約8万床のベッドが設置された

「昼夜問わず工事を進めたが全て無駄に」

隔離施設の建設に関わった作業員は、取材に対して次のように答えた。

取材に応じる作業員(3月13日)
取材に応じる作業員(3月13日)

「ここは中国でも最大規模の隔離施設と言われている。2022年11月から工事が始まり、当時は工期がすぐに迫っていたので昼夜を問わず工事が進められた。しかし施設が完成した後、すぐにゼロコロナ政策が撤廃され、全ての施設が無駄になった。今は施設の入口に門番のスタッフがいるぐらいで中には誰もいない。今後この施設を誰が利用するのか分からないが、これだけの施設を放置しても意味がない。このままでは資源の無駄遣いになってしまうから、政府や国が投資を招いて国民のために使った方がいい」

最後に現在の仕事と給料について質問をすると、「特に仕事はない」と述べたが、「これは政府からの仕事だから、今も出勤して給料はもらっている」と話した。

相次いで出された“勝利宣言”のウラで…

中国では2023年に入り、3年近く続いたコロナ対策について相次いで“勝利宣言”が出された。中国中央テレビなどは習近平国家主席らが中国のコロナ対策について「死亡率が世界で最も低い水準を保ち決定的な勝利を収めた」と総括したことを報じ、衛生当局の専門家も「中国のコロナ対策は重大かつ決定的な勝利を収めた」と記者会見で述べた。

国民を強制的に抑え付け、経済の低迷を招いていたゼロコロナ政策の終了によって中国経済は回復するのだろうか。日中外交筋の関係者は「国の財政にはまだ余裕があるが、地方政府の財政は限界を超えている。ゼロコロナ政策は中国経済が簡単には回復できない状態まで悪化させた」と指摘する。

使われなくなった北京市のPCR検査ボックス 現在もそのまま放置されている
使われなくなった北京市のPCR検査ボックス 現在もそのまま放置されている

中国メディアによると、広州市がある広東省ではこの3年間で約3兆円近くがコロナ対策に投じられてきたという。また、こういった大規模予算を投じたコロナ対策は広東省だけでなく中国各地で行われてきたが、今ではその多くが広州市の施設同様、負の遺産となっている。

過去には地域によって市民全員が毎日PCR検査を受けることもあり、この費用も国や地方の財政などで負担してきたが、2022年に中国の証券系シンクタンクが行った試算によると、PCR検査所の設置や検査試薬、人件費など最大で年間34兆円もの費用が必要になるという数字も出ている。

3期目の新体制をスタートさせた習近平国家主席(3月13日)
3期目の新体制をスタートさせた習近平国家主席(3月13日)

3月13日、北京の人民大会堂で開かれていた全人代(全国人民代表大会)が閉幕した。今回の全人代を経て、国家主席として初めて3期目に入った習主席は閉幕式の演説で「今世紀半ばまでに社会主義現代化強国を全面的に実現する」と述べ、中国が強国になることを国内外にアピールした。

全人代閉会後、初めて記者会見に臨んだ李強首相(3月13日)
全人代閉会後、初めて記者会見に臨んだ李強首相(3月13日)

そして、習近平体制において、政府トップとして政策遂行の実務を担うのは新たに首相に就いた李強氏だ。李首相は全人代閉幕後に行われた記者会見の中で、「5%前後」とした経済成長の目標について「目標達成は容易ではなく、さらに努力しないといけない」と述べ、ゼロコロナ政策の影響などで停滞した経済の立て直しに取り組む姿勢を強調した。

実際、本格的にスタートした3期目の習近平政権の前にゼロコロナ政策によって傷付いた地方政府の財政は重大リスクの1つとして大きく存在している。

今後、習主席と李首相は広州市のように使われないまま放置されているゼロコロナ政策の負の遺産にどのような答えを出し、中国の経済を回復させていくのか。その手腕が試されている。

【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。