TikTokに潜むリスク

アメリカ議会下院外交委員会は3月1日、アメリカ国内でTikTokの利用を禁じる法案を賛成多数で可決しました。EUにおいても政府職員が使用する端末でのTikTokの使用禁止を示しています。

欧米で使用禁止の動きが広がるTikTok
欧米で使用禁止の動きが広がるTikTok
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日本でも2月27日に松野官房長官が政府職員の公用端末において、TikTokの利用禁止を明らかにしていますが、今回のアメリカの法案は、官民問わずTikTokの利用を全面的に禁止するものです。

その理由について、野党・共和党のマコール外交委員長は「スマホなどにTikTokのアプリをダウンロードしていれば、個人情報を中国共産党に知られてしまう」としています。

では、TikTokから流出する個人情報とは何でしょうか。実は、そこに重大なリスクが潜んでいます。

そのリスクを発見するには、“中国”側の目線でどのような情報が取れるか考えてみればリスクが見えるでしょう。いわば、攻撃者の目線になるのです。

まず、TikTokでは、短時間の動画投稿とメッセージ機能が主ですが、当然連絡先や位置情報の同期が行われます。

TikTokで流出する可能性のある個人情報とは…
TikTokで流出する可能性のある個人情報とは…

その連絡先や位置情報、メッセージのやりとりから

・交友関係、家族関係
・自宅、学校、職場(日中長く滞在する場所)、立ち寄り先
・趣味、嗜好、思考

等の生活状況が把握されます。

こういった情報を基に、中国があなたに諜報活動ハニートラップを仕掛ければ、容易に出会い等が演出できますし、“落とし”やすい状況を作れるでしょう。(もちろん、あなたの家族や恋人がターゲットになるかもしれません)

ハニートラップも容易に…
ハニートラップも容易に…

また、動画から、あなたの身体の様々な角度の画像=3D情報が得られるでしょう。

ロシアによるウクライナ侵攻で大きく取沙汰されたように、情報戦は現代戦にとって有効な戦略です。

TikTokから得られたあなたの顔画像を用いてTwitter等であなたのアカウントを作成し、日本人に成りすまして台湾を陥れる情報を拡散すれば、中国にとって台湾有事に向けた情報戦の一端となります。

勿論、身体の3D情報があれば、ディープフェイク動画の材料ともなるでしょう。(中国には、“五毛党”といった情報工作集団もおり、情報戦の感度は非常に高いのです)

ザッカーバーグ氏のディープフェイク映像…どちらが本物か分かりますか?
ザッカーバーグ氏のディープフェイク映像…どちらが本物か分かりますか?

要するに、あなたの情報はいかようにも料理されることになるのです。

ちなみに、このTikTokですが、利用者は世界で10億人を超え、日本でも約1500万人が使用していると推計されています。

国家データ局の新設にみる中国の情報への執着

さて、2021年3月、LINEアプリユーザーの個人情報が中国にあるアプリ開発の委託先企業から閲覧可能だった所謂LINE問題を覚えているでしょうか。

同問題もTikTokについても、その根っこには中国の情報への執着があり、その一端として中国国家情報法があります。

同法は、安全保障や治安維持のために、企業も民間人も中国政府の情報収集活動に協力しなければならないと義務づけ、中国政府は企業などが持つデータをいつでも要求できるのです。

中国では企業も民間人も中国政府の情報収集に協力する義務がある
中国では企業も民間人も中国政府の情報収集に協力する義務がある

日本をはじめ外国の企業も当然対象となるもので、昨今の経済安全保障の観点からも、米国含む西側諸国を驚かせ、本気にさせてしまった法律です。

同法が背景にある以上、TikTokが善意の企業でも、その根底には中国による情報収集のリスクが付きまとうのです。

更に、習近平政権は、7日に開かれた全人代で、ビッグデータなどを管理する国家データ局新設するとしています。習近平政権は、外国企業が中国国内で収集したビッグデータを海外に持ち出すことを厳しく制限していますが、この管理を一層強化する狙いがあります。

中国の国家データ局新設で更に個人情報流出の懸念高まる
中国の国家データ局新設で更に個人情報流出の懸念高まる

国家データ局設置により、外資系企業のデータの持ち出しなどを管理するほか、国内外の企業が海外にデータを持ち出す際、安全保障上の問題がないかなどの判断を行うとされています。

このデータの囲い込みは、欧州GDPR(※一般データ保護規則)の流れを汲むものですが、中国政府によるデータ管理については、前述の国家情報法からもわかるように、中国政府の意図次第で恣意的な運用が非常に懸念されるのです。

まとめ

これまで論じてきたように、中国が、他国・他企業・個人の“情報”を持つリスクは、我々にとって非常に大きいものでしょう。

性善説に立ち、話し合いで中国とうまくやっていこうという時代は終焉(しゅうえん)を迎えています。

一方で、日本は中国との経済的結びつきも非常に強力であり、その中で日本として守るべきものは断固として守る姿勢が求められています。

北京中心部の高層ビル 日本企業も軒を連ねる
北京中心部の高層ビル 日本企業も軒を連ねる

そこには、政府任せではなく、経済安全保障というトレンドにのって、我々民間においてもインテリジェンス能力を備え、民間発信のカウンターインテリジェンス(防諜)コミュニティの形成を図るべきであると強く思います。

【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】

稲村 悠
稲村 悠

稲村 悠(いなむら ゆう)
Fortis Intelligence Advisory株式会社 代表取締役
(一社)日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
外交安全保障アカデミー「OASIS」講師
略歴
1984年生まれ。東京都出身。大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。BCG出身者と共に、世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。また、一社)日本カウンターインテリジェンス協会を通じて、スパイやヒュミントの手法研究を行いながら、官公庁(防衛省等)や自治体、企業向けへの諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動を行う。メディア実績多数。
著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『防諜論」(育鵬社)、『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)