11月8日、習近平国家主席をはじめとする中央軍事委員会の新メンバーが、戦闘服姿で軍の統合作戦指揮センターを訪れた。
習氏は同センターの「総指揮」の肩書きで登場し、軍の幹部らを前に、「全てのエネルギーを戦争に合わせ、戦争に勝利する能力を向上させなければならない」と強調した。
この記事の画像(11枚)習主席は10月の共産党大会で、核心的な利益とする台湾の統一について「祖国の完全な統一は必ず実現する!必ず実現出来る!」と語気を強めてアピールし、「決して武力の放棄を約束しない」と強調している。
その後、発表した新たな党規約には、「台湾独立に断固として反対し、抑え込む」との文言が盛り込まれ、台湾への関与を強めるアメリカのバイデン政権や、台湾の蔡英文政権を強くけん制した。
共産党トップの総書記として3期目の指導体制をスタートさせた習主席は今後、台湾政策や軍事・安全保障政策を含む党運営をどのように行っていくのか。
中国の政治経済や安全保障政策に詳しい京都先端科学大学の土屋貴裕准教授は、「今回の新体制となった人事は軍人や軍需産業の関係者が再任したり、引き上げられている。これは台湾有事、武力統一を意識した布陣であり、軍事衝突リスクが高まったのは間違いない」と指摘する。
軍事上の権限を背景にした習主席の「台湾シフト」
――習主席の「1人勝ち」とも言われる今回の人事が台湾に与える影響は?
実際に台湾に侵攻する場合、最終的な判断を行うのは習主席をトップとする政治局常務委員会になるが、計画の立案と実務は中央軍事委員会が担うことになる。その中に習近平よりも高齢の72歳となる張又俠(ちょう・ゆうきょう)氏が再任し残留したことは特筆すべきだ。
中央軍事委員会主席の習近平を支える副主席として再任された張氏(72)は、建国時の中国人民解放軍上将である張宗遜(ちょう・そうそん)氏を父に持つ「紅二代」(中国の建国に参加、貢献した中国共産党や軍の幹部を親にもつ子弟)で、また張氏自身も1979年に起きた中国とベトナムの間で起きた戦争(中越戦争)に参加し、これまで軍の要職を務めてきた。その張氏が中央軍事委員会の副主席に再任されたのは軍における実戦経験や軍事における継続性重視の姿勢を反映したと見られる。
もう一人の中央軍事委員会副主席に抜擢された何衛東(か・えいとう)氏(65)は福建省出身で、張氏と同様に、台湾海峡、東シナ海、および西太平洋を戦略的方向性に据える元南京軍区の第31集団軍に所属し、これまで東部戦区司令員を務めてきた。
また、その他の中央軍事委員会メンバーの劉振立(58)は張氏同様に実戦経験を有している。劉氏は1984年から始まったベトナムとの中越国境紛争に2年後の1986年から参戦し、最前線の中隊長として実戦で功績を立てている。
そして、苗華(62)は何氏らと同様に元南京軍区・現東部戦区出身であり、李尚福(58)、張升民(64)は元第二砲兵部隊、現ロケット軍出身である。これら幹部の人選は台湾を強く意識したものと言えるだろう。
習主席は今回の人事で、実戦経験のある張氏らを軍の中枢に配置しただけでなく、軍事産業の経歴を持つ人物を数多く党の幹部に抜擢している。これにより、習近平政権は3期目においても、「軍民融合発展戦略」を継続、深化するものと見られ、台湾への武力統一のリスクが高まり、同時に不確実性が高まったのは間違いない。
――今後、台湾関係において緊張が高まるタイミングは?
今回3期目で行われた人事は4期目を見据えた指導部人事となっていることから、中台統一を4期目に持ち越したとしても不思議ではないが、4期目の習近平は高齢であることや、4期目に突入するためのレガシーとする可能性、一人っ子政策の影響で兵士の命のコストが上がること、さらには経済の低迷や米中対立の激化といった背景がある。
また2024年に台湾総統選挙を控えており、その結果も影響を与える。任期終了前の2027年には「建軍百年奮闘目標」の達成を掲げていて、こうしたタイミングが揃った場合、3期目のうちに軍事侵攻を決断することも想定される。
中国発の世界同時恐慌のリスク
――習主席の「1人勝ち」による弊害はないのか?
中国国内に目を向けると、政治面では、習近平派が政治局常務委員をはじめ党内の主要ポストを独占したことで、習氏が思い通りの政策を展開しやすくなることを意味する一方で、多くの不満を党内に抱えることとなったとも言える。
現在は顕在化していないが、意見の分かれる政策に、ゼロコロナ政策の影響や不動産関連規制の影響などによる実際の経済低迷や、市民の不満爆発などが加わった場合、これまで抑えられていた党内における不作為や反発などが表面化する可能性もある。
また、習主席が病気など何らかの理由で体調を崩した場合、1強であるがゆえに、代わりの効かないリスクもある。
内政面では、3期目の習近平政権においてもゼロコロナ政策、いわゆる「人民の生命安全」が経済成長よりも優先されている。
今後、ゼロコロナ政策が変わっていく可能性もあるが、当面の間は「人民の生命安全」を優先し、経済への統制を強めるとみられていて、これが続くと生産と消費の両面が縮小し、中国の世界的な購買力(輸出入)が低下し、中国発の世界同時恐慌のリスクが高まる可能性がある。
――3期目の外交面はどのように進められていく?
外交面では、「恒久的に平和な、普遍的に安全な、共同繫栄する、開放的かつ包摂的な、清く美しい世界の建設を推し進める」といった美辞麗句の下、「人類運命共同体の構築を推進する」一方で、輸出管理法や反外国制裁法に代表される「渉外法律闘争」を展開しながら米中対立をはじめとして、いわゆる「戦狼外交」と呼ばれる対外強硬姿勢を強めていくだろう。
日本に影響を与える“チャイナリスク”への備え
――3期目の習主席率いる中国に対して日本はどう対応していくべきか?
日本としては、社会の統制と対外強硬姿勢を強める中国の動向を引き続き注視しなければならない。
仮に中国と台湾が武力衝突にエスカレートした場合、台湾に進出している1000を超える日系企業や1万人以上の在留邦人の安全は奪われ、さらに中国本土に進出している1万を超える日系企業と、約10万人の邦人も何らかの影響を受けることは必至だろう。
こういった有事に対応するため、日本としては自衛隊とアメリカ軍の連携を強化することで抑止力を向上させるとともに、周辺国や国際社会とも協力し中国の情報操作や誘導工作を阻止する必要がある。
また、経済面では突如として発生するチャイナリスクへの備えも必要になる。軍民融合発展戦略の下で技術獲得に努める中国へ、日本の民間から軍事に転用できる先端技術が流出するリスク、政治的な対立をきっかけに中国が一方的に確保が困難な特定重要物資のサプライチェーンを寸断するというリスク、さらには中国の社会統制やゼロコロナ政策、米中対立などをきっかけとした中国発の世界同時不況リスクといった経済安全保障にかかるチャイナリスクをいかに軽減するかが日本の課題となる。
そして、こういったリスクが現実のものとなり、中国との摩擦や対立が鮮明になるという可能性にも留意すべきである。
(インタビュー取材:FNN北京支局 河村忠徳)