歯止めが利かない少子化の影響もあり、現在ひとりっ子の割合は子どもの数の2割くらいと言われている。
ひとりっ子というと”甘えん坊”、”わがまま”、”メンタルが弱い”などのマイナスイメージがあるが、学習塾経営者としてさまざまな受験家庭の相談に乗って来た進学塾・VAMOSの代表である富永雄輔さんは、「ひとりっ子の心理的特徴」や「ひとりっ子家庭のアドバンテージ」を知れば、「ひとりっ子は可能性に満ちた存在」だと言う。
なぜそう断言することができるのか。
ひとりっ子・長子を伸ばすための具体的な指導法と家庭でできることを記した著書『ひとりっ子の学力の伸ばし方』(ダイヤモンド社)から一部抜粋・再編集して紹介する。
ひとりっ子が活躍している時代
現在、子どもがいる夫婦のうち、ひとりっ子の割合は約20%となっています。
1980年から2000年頃まで10%の横ばいできたのが、2005年くらいからひとりっ子が増え始め、今もその傾向が続いています。
そうした中にあって、ひとりっ子の育て方、学力の伸ばし方についての関心が高まっています。実際に、ひとりっ子は、非常に可能性に満ちた存在なのです。
私は、東京・吉祥寺に本部を置く学習塾「VAMOS(バモス)」の経営者として、自ら子どもたちの指導にあたっていますが、その現場でも、こちらが驚くほど大化けするひとりっ子が続出しています。
VAMOSは、学習塾としては小規模ながら、難関校への高い合格率を誇っており、中学受験では、渋谷教育学園幕張、筑波大学附属駒場、開成、麻布、桜蔭、雙葉、豊島岡女子学園、高校受験では日比谷、西といった有名校に多くの生徒を送り出しています。
そして、そこにおけるひとりっ子の割合が、かなり高いのです。
私は、幼少時代に10年間、親の仕事の都合でスペインのマドリードで生活し、サッカーに親しんで育ちました。今も塾経営の傍ら、日本サッカー協会の登録仲介人として、外資系事務所CAA Baseでプロサッカー選手の育成やマネジメントにも携わっています。
そこでも、従来型の「兄弟との競争に揉まれてきた」タイプではなく、「恵まれた環境で自分の好きなことを極めてきただけ」というひとりっ子の活躍が目立ってきています。
学業においてもスポーツ分野でも、まさに 「ひとりっ子の時代」の到来を痛感しているところです。
ひとりっ子ほど親の影響を受けやすい
過去において、ひとりっ子や長男・長女というのは、自立できない甘えん坊というネガティブな捉え方をされました。しかし、学習面においても、人間力という面でも、ひとりっ子はとても伸びしろが大きいのです。
その理由の1つに、兄や姉という比較対象がないことで、本人が極めて自由でいられることが挙げられます。ひとりっ子は、何者にでもなれる状態です。
さらに大きいのが、親の力です。ひとりっ子に対して、金銭的にも時間の面でも、親はたくさんのことができます。
また、ひとりっ子は、良くも悪くも大人に影響されやすく、親がコントロールしやすい状況にあります。だから、親が正しい情報を持ち、投資を惜しまず、適切に導いてあげれば、ひとりっ子は爆発的に伸びるのです。
逆に言うと、親が間違うと、ひとりっ子はその悪い影響をもろに受けます。今の子どもたちを取り巻く教育環境は、親世代の頃とは激変しています。
ところが、上の子を育てた経験がないひとりっ子の親は、そうした変化を知りません。知らずにいれば間違いを犯します。
つまり、ひとりっ子を伸ばすには、親も勉強しないとダメなのです。
ひとりっ子に有利な学習環境が整っている
私はこれまで多くの子どもたちを指導してきましたが、「ひとりっ子は甘えん坊でわがまま」というステレオタイプな感想を持ったことはありません。
ただし、ひとりっ子が「マイペース」であることは事実です。比較対象がない親は気づきにくいかもしれませんが、塾で大勢の子どもを見ているとよくわかります。ひとりっ子は、良い意味でも悪い意味でも一人に慣れており、時間の使い方も自分優先です。
マラソンで言えば、まわりの選手のペースを気にせず、自分のペースで走りたがります。家において、子どもという存在が自分しかいないのだから、それは当然のことでしょう。そして、最近とみに増えてきたタブレットを用いての学習やオンライン授業は、マイペースなひとりっ子の追い風となっています。
言うまでもなく、タブレット、スマホ、パソコンといった機器を用いれば、紙の教材では得られない、よりリアルな資料に接することができます。それは、小学生の子どもにとってワクワクするもので、学習への大きなモチベーションとなります。
また、オンライン授業は、あとからわからない箇所を繰り返し見られるなど、非常にポジティブな面が多々あり、上手く使いこなせれば学力を大きく伸ばすことができます。とくに、英語などの語学学習においては、オンラインの優位性は明らかです。
こうしたことから、学習現場におけるタブレットやオンラインの活用は、コロナ収束後もさまざまな形で続き、さらに拡大していくでしょう。
では、そうした時代になぜ、ひとりっ子が有利なのか。
そもそも、マイペースなひとりっ子にとって、周囲に誰もおらずに一人で学ぶということは、まったく苦になりません。学習パターンをつかんでしまえば、あとは一人でそれをどんどん進めることができます。
それに、子どもが自由に使える「機材と場所」という現実的な問題があります。ひとりっ子ならば、親が用意してくれたタブレットをいつでも好きなように使えます。しかし、兄弟姉妹がいれば、譲り合いが必要となります。
もし、すべての子どもたちに一台ずつタブレットがあったとしても、今度はそれを使いこなす「空間」が限られます。
親である読者のみなさんも、コロナ禍でオンラインでの仕事を経験したはずです。移動時間が節約できるという便利さがある一方、落ち着いて仕事に集中できる場所を確保するのに苦労したのではないでしょうか。日本の住宅事情では、自分の書斎を持っているケースなど、かなり少ないはずですから。
このことは、そのまま子どもたちにあてはまります。
複数の子どもがいる家庭でオンライン授業を受けるとき、それぞれがどこでやればいいでしょうか。今はリビング学習が増えていますが、全員がそこに集まってしまったら、とても集中できません。かといって、子ども部屋でやらせてみたら、兄弟姉妹で茶々を入れ合って、さらにカオスとなりかねません。
その点、ひとりっ子だったら、リビングでも自室でも、ゆったりと集中して授業を受けられます。さらには、ひとりっ子なら親のフォローも充分に受けられます。
高校生くらいになれば、すでにスマホを使いこなしていることからタブレットもなじみやすいのですが、小学生にはまだまだ難しい。なかなか使いこなせずに、途中で音声が切れてしまうなど、授業の内容をしっかり把握できないということも起きます。
そんなときも、ひとりっ子であれば、親が丁寧に教えてあげられます。
学力アップの機会を早い段階からつくる
コロナ禍は、子どもたちの学びに大きな影響を与えました。VAMOSのような学習塾もさまざまな変革を迫られましたが、さらに義務教育の現場は大混乱に陥りました。その結果、子どもたちの学力に大きな格差が生じてしまっています。
とくに、小学校低学年でそれが顕著です。
小学校では、そもそも授業自体が普段どおりにできないことに加え、先生たちがコロナ対応に追われて以前にもまして忙しくなり、子どもたちに丁寧に教える時間が減りました。
そのため、低学年で学ばなければならない、算数の計算など基本的な学習のペースが全体的に遅れています。
コロナ感染を恐れて塾に行くことも控えた子の場合、なおさら、そうした傾向が強くなります。従来以上に、家庭学習の重要性が高まっているのです。
それでも、兄や姉がいた場合、親はそのときの経験と比較して「この子の学びが遅れている」ということに気づけます。しかし、比較対象がないひとりっ子の場合、油断していると基礎力が落ちたままで放置されてしまうことになります。
一方で、どんどん基礎学習を進め、ほかの子たちをリードしているひとりっ子も多くいます。というのも、在宅勤務が増えた親が、これまで通勤に費やしていた時間を使って子どもの勉強を見てあげられるようになったからです。
ある子どもは、両親共に在宅勤務となり、朝の1時間を母親が、夕方の1時間を父親が見ることで、みっちり基礎学習を積むことができました。
こうしたケースでは、親を独り占めできるひとりっ子は有利です。
このように、親の関わり方次第で、伸び方が大きく変わってくるのがひとりっ子なのです。子どもたちの学力に格差が生じているという現実にいち早く気づき、親が動くことが求められています。
富永雄輔
進学塾 VAMOS 代表。
京都大学を卒業後、東京・吉祥寺に幼稚園生から高校生まで通塾する進学塾「VAMOS」を設立。学習指導のみならず、さまざまな教育相談にも対応し、年間400を超える保護者の受験コンサルティングを行っている。
自身の海外経験を活かして帰国子女の教育アドバイスにも力を入れているほか、トップアスリートの語学指導、日本サッカー協会登録仲介人として若手選手の育成も手掛けている。
著書に『男の子の学力の伸ばし方』『女の子の学力の伸ばし方』(ダイヤモンド社)などがある。