元慰安婦が支援団体である正義記憶連帯(略称:正義連)と尹美香(ユン・ミヒャン)前理事長を痛烈に批判した事をきっかけに、団体が受けた寄付金や補助金などについて様々な疑惑が噴出している

元慰安婦による批判で窮地に立つユン・ミヒャン前正義記憶連帯理事長
元慰安婦による批判で窮地に立つユン・ミヒャン前正義記憶連帯理事長
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韓国では保守系メディアを中心に批判の声は高まり、当初正義連側に立っていた与党や進歩系メディアも徐々に正義連との距離を取り始めた。しかし問題の本質は、正義連の不正そのものではない。正義連が日韓関係に及ぼしてきた影響であり、いわゆる徴用工問題を含む日韓の懸案解決に向けた韓国の市民団体の位置づけの変化こそが重要なのだ。

正義連の不正はメディアも政府も知っていたタブー

「これは知っている人は皆知っている、おかしな「秘密」だが、メディアや政府当局者は皆知っていても、報道したり言及すること自体がタブー視された聖域だった」

正義連の不正について「皆が知っているが語る事の出来ないタブーだった」と、カメラを見つめながら淡々と話した一人の男性。彼は北朝鮮の核問題を巡る6者協議の韓国代表を務め、李明博(イ・ミョンバク)政権時代には大統領府の外交安保主席秘書官として韓国外交の中枢を担っていた著名な政府元高官、千英宇(チョン・ヨンウ)氏だ。千氏は自らのYouTubeチャンネルで、慰安婦問題を解決するために元慰安婦や尹前理事長と直接会った際の秘話を赤裸々に語った。

政府元高官、千英宇(チョン・ヨンウ)氏
政府元高官、千英宇(チョン・ヨンウ)氏

元慰安婦と支援団体は利害関係が違う

千氏が大統領府外交安保主席秘書官だった2011年8月、韓国の憲法裁判所は、元慰安婦の賠償請求権に関して、韓国政府が具体的な解決のために努力していないことは「被害者らの基本権を侵害する違憲行為である」との決定を下した。日韓両政府が宮沢・金大中政権下でアジア女性基金を設置し解決済みとしてきた慰安婦問題の政治的前提を、韓国の憲法裁判所が違憲として根本的に覆したのだ。日韓外交当局にとっては衝撃の判決だった。

これを受け李明博政権は日韓請求権協定に基づき日本に対して協議を申し入れたが、日本側が拒否し、慰安婦問題が再び日韓の最大の懸案に浮上した。李元大統領は2011年12月に京都で行われた日韓首脳会談で、冒頭撮影時に慰安婦問題の解決を野田首相(当時)に求める異例の強硬姿勢を見せたが、野田首相は「法的に決着済み」との立場を貫き、議論は平行線に終わった。この首脳会談の前後、千氏は元慰安婦と直接会い、話を聞いたのだという。

「私は慰安婦被害者のおばあさんに会って、その方が望む解決策がどういうものなのか意見を聞いてみた。その方の意見は、一言で言えば早く日本と合意してこの問題を解決してほしいということだった。生きておられる間に日本の謝罪と補償を全て受け取れるならば最善だが、それが出来なければ補償だけでも受けたい、そのような印象を受けた」

首脳会談の翌年となる2012年、日本政府は斉藤勁官房副長官(当時)を特使として韓国に派遣し、千氏と解決策について話し合った。千氏によると、斉藤副長官が示した解決策は、日本の国家予算から補償金を捻出し、在韓日本大使が元慰安婦1人1人を訪問して野田首相の謝罪文と補償金を手渡すというものだった。日本政府の国庫から資金を出すというのは2015年の日韓合意と同じだが、財団経由で元慰安婦に手渡す日韓合意方式と違い、大使が1人1人に手渡す部分はより韓国側に配慮した内容と言える。

千氏はこの日本の提案について、正義連の前身である挺身隊問題対策協議会(略称:挺対協)の代表だった尹前理事長に説明し、意見を聞いたという。日本側の提案は長年の懸案が解決する可能性を秘めたものであり、尹前理事長は喜ぶと考えていた千氏は、すぐに自らの誤りに気がついたという。千氏の発言を引用する。

「このような方法で妥結する場合、挺対協は支持まではしなくても、反対はしないで欲しいと要請した。そして元慰安婦が生きている間にこれより良い解決を期待することは現実的に難しいという話もした。私は慰安婦問題がこのような形でも解決されれば挺対協が喜ぶと思ったが、尹前理事長の顔はとても困惑している様子だった。私が純粋すぎたのだ。挺対協が純粋な気持ちで元慰安婦の利益を代弁していると思っていたが、尹前理事長の表情を見て『ああ、挺対協と元慰安婦の利害関係が違うこともあるのだ』と私は悟った。この解決法は元慰安婦にとって悪いことではないが、挺対協としては、仕事が無くなるのだから組織を閉める準備しろという死刑宣告と同じなのだ。尹前理事長が喜ぶと私は勘違いしていた。」

千氏によれば、尹前理事長は慰安婦問題の解決について後ろ向きで、元慰安婦の意向とは真逆の反応だったという。これが事実なら、慰安婦問題の解決を妨げているのは支援団体である挺対協であり、その活動方針は韓国政府が金科玉条としている「被害者中心主義」を真っ向から否定するものだ。

タブーとなっていた慰安婦支援団体

千氏が慰安婦問題解決に奔走していた際、韓国外務省の後輩から「挺対協が反対する解決を押しきったら、その後難をいったいどうやって耐えるのか」と言われたという。挺対協の存在が、外交政策に影響を与えていた事が分かる。そしてこの状況は今も変わっていないと千氏は主張する。

「支援団体は慰安婦被害者マーケティングで政治的な利益を享受してきた。また、法の上に君臨するこのような人々に間違って触れようものなら、土着倭寇(※韓国の親日派の別称)にされ、その後難に耐えられる人はいない。公務員は正義連に目をつけられればダメになる。親日と言われれば韓国社会では生き残れない。こういう不都合な真実は被害当事者である元慰安婦以外は口に出すことはできない」

問題解決を望まない支援団体、支援団体の反発を恐れる外交当局、支援団体を批判できないメディア…千氏の証言から浮き彫りになるのは、慰安婦問題の解決を妨げてきた韓国国内の歪んだ事情だ。日本側からはこうした問題が再三指摘されてきたが、韓国国内で表沙汰になるのは初めての事だ。韓国国内で議論が深まり、この構図が解消されることが望まれる。

日韓関係のいざこざが解消される日は来るのか
日韓関係のいざこざが解消される日は来るのか

また慰安婦問題と同様に、いわゆる徴用工の問題についても、元労働者本人以外に、裁判の代理人や支援団体など多くの人や組織が関わっている。徴用工問題では当事者や遺族が運動の主体となっている点で、挺対協など慰安婦支援団体とは性質が異なる。だが、現在の日韓関係における最大の懸案であるこの問題でも、慰安婦問題と同様の問題が起きていないか、日本側も注視する必要がある。当事者と支援団体の問題を乗り越えない限り、日韓のいざこざが解消される事は無いだろう。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。