韓国のSNS上で飛び交っているイラストがある。ソウルの日本大使館前に設置されている慰安婦像とよく似た少女が椅子を倒して立ち上がり、ろうそくの火を手に持ちながら「NO安倍!」との声を上げている。その背景には「正義連を攻撃する者が土着倭寇」との文字がある。

慰安婦像似の少女が「NO安倍!」と声を上げ、その背景には「正義連を攻撃する者が土着倭寇」との文字が
慰安婦像似の少女が「NO安倍!」と声を上げ、その背景には「正義連を攻撃する者が土着倭寇」との文字が
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土着倭寇とは韓国内の倭寇、即ち親日派を意味する。韓国では現在、元慰安婦を支援する正義記憶連帯(略称:正義連。旧名:挺身隊問題対策協議会)の不正疑惑が噴出し続けている。もちろんこの疑惑と安倍首相は全く関係が無いのだが、正義連を支持する層(ほとんどが文在寅政権を支える与党支持層と重複しているとみられる)や一部の与党議員は「疑惑追及するのは親日派だ」などと批判の矛先をズラそうとやっきになっている。このイラストは、こうした状況を端的に表している。日本や安倍首相にとって甚だ迷惑かつ失礼な事だ。

寄付金で買った施設の管理人は前理事長の父親だった

疑惑の発端は元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)さん(92)が、5月7日に突如会見を開き、正義連と尹美香(ユン・ミヒャン)前理事長を痛烈に批判した事だ。曰く「集めた寄付金を元慰安婦のために使っていない」「2015年の慰安婦に関する日韓合意について、尹前理事長は事前に韓国政府から説明を受けていたのに、元慰安婦には説明しなかった」という。

正義連や尹前理事長を痛烈に批判した元慰安婦の李容洙さん
正義連や尹前理事長を痛烈に批判した元慰安婦の李容洙さん

日本でも様々なメディアがこの内紛劇を報じているが、騒動から2週間近く経過した現在でも新たな疑惑が次々に出てきている。その最たるものは、団体への寄付金で建てられた「平和と癒しが出会う家」を巡る疑惑だ。

挺対協が寄付金で購入した「平和と癒しが出会う家」。尹前理事長の父親が管理人となり報酬を得ていた
挺対協が寄付金で購入した「平和と癒しが出会う家」。尹前理事長の父親が管理人となり報酬を得ていた

この施設は、韓国の大企業である現代重工業が社会福祉共同募金会を通じて寄付した資金を使って挺身隊問題対策協議会(挺対協)が購入した一軒家で、京畿道の安城市にある。映像を見る限り、かなりの豪邸だが、ソウルからは高速鉄道と車で2時間ほどかかる交通の便の悪いところにある。正義連の資料によると、購入金額は7億5千万ウォン(約6750万円)で、元慰安婦の安息の場所を提供する事、元慰安婦と若者の出会いの場として世代を超えたネットワーク作りを行う事などが事業目的となっている。

高尚な目的を掲げて寄付金で購入したまでは良かったが、その後の運用は当初の目的とはかなり違ったものだった。韓国メディアが報じた疑惑は多岐にわたるが、主なものだけでも、
1)建物取得価格が周辺相場に比べ高すぎる。仲介した尹前理事長の夫の友人に便宜を図った
2)元慰安婦はこの施設をほとんど使っていなかった
3)この施設を利用した個人のブログに、施設がペンションのような宿泊施設として運用されているとの記載があった
4)施設の管理人は尹前理事長の父親で、給与が支給されていた
というものだ。

韓国のテレビ番組に出演して釈明する尹美香前理事長。今月末には国会議員になる。
韓国のテレビ番組に出演して釈明する尹美香前理事長。今月末には国会議員になる。

正義連側は釈明に追われた。

1)については相場通りだったと反論
2)については「元慰安婦たちには被害を証言するなどの活動があり、施設に居住するのは難しかった」と認めた
3)については連帯する団体とのネットワーク形成のために場所を貸して収入を得たことがあるが、年に5~7回程で多くはないと弁明した。ペンション利用に関するブログは疑惑発覚後に削除された
4)については「管理出来るスタッフがいなかったため尹前理事長の父親に頼んだ。2014年から今年4月に建物を売却するまで合計約7700万ウォン(約690万円)の報酬を支払った」と事実関係を認め、思慮が足りなかったとしている。

疑惑全体に対しては「目的に合った運営が出来なかった。事業をきちんと遂行出来ず申し訳ない」と謝罪に追い込まれた。尹前理事長と正義連は防衛に必死だが、尹前代表の個人口座が寄付の送付先になっていた事が発覚するなど、疑惑は増え続けている。

16年前に黙殺された元慰安婦による支援団体批判

今回の内紛劇でにわかに注目された声明文がある。2004年にシム・ミジャさんら元慰安婦33人が連名で出した、挺対協を激しく批判する声明文だ。シムさんは日本の裁判所で日本政府を相手取り損害賠償を求めた事があり、2004年に最高裁で上告が棄却され敗訴したものの、二審の東京高裁では「慰安所が事実上は日本軍の管理下にあり、安全配慮義務を負う場合があり得た」との判断を受けた有名な元慰安婦だ。

シムさんら33人が出した声明の内容をいくつか書き出してみる。
「いつ死ぬとも知れない慰安婦を歴史の舞台に物乞いとして売り、私服を肥やしてきた悪党」
「15年間慰安婦の人権回復のために何もしなかった。反対に人権蹂躪はあなた方から受けた」
「(日本人の寄付金などを原資に元慰安婦に1人あたり200万円の「償い金」を支給した)アジア女性基金を受け取れないようにあなた方が邪魔をして、通帳口座を随時確認して、電話で恐喝脅迫を行ってきた」
「慰安婦を物乞いとみなして自分たちの実績を積むことにだけに汲々としている水曜集会を直ちに中断せよ」
「あなた方が受け取った寄付や募金で恩恵を受けたことはありません」

驚くほど李容洙さんの今月の告発と内容が似ている。批判はむしろより激しい。16年も前に元慰安婦からこのような声明が出ていた事に驚く。しかしこの声明はほとんど注目される事は無かった。当時は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で、慰安婦問題を担当する女性家族省のトップは、元挺対協共同代表の池銀姫(チ・ウンヒ)氏だった事が影響していたのかもしれない。

石碑に刻まれなかった元慰安婦の名前

2016年8月、挺対協はソウル中心部にそびえる南山(ナムサン)に「記憶の場所」と名付けた石碑を建立した。「記憶の場所」には、元慰安婦247人の氏名が刻まれている。しかしそこには、2004年に挺対協に反旗を翻したシム・ミジャさんの氏名は無い。あたかもそのような名前の元慰安婦など存在しなかったかのようだ。挺対協を引き継いだ正義連はシムさんの名前を刻まなかった理由を韓国メディアに問われたが、「理由が多い。おばあさんの事情は言及しない」と回答しなかった。

元慰安婦を踏みにじってきたのは誰なのか

日本政府はこれまで、アジア女性基金や2015年の日韓合意を通じて元慰安婦の女性たちの生活を支援してきた。これらの日本政府の動きを激しく攻撃してきたのは、挺対協・正義連だ。韓国では絶対不可侵の存在である元慰安婦と行動を共にし、派手なパフォーマンスを繰り広げる中で、挺対協・正義連もまた不可侵のタブーとなっていた。だが日韓合意では、当時生存していた元慰安婦47人中7割以上に当たる35人が日本政府からの資金を受け取っている。挺対協・正義連と行動を共にし合意受け入れを拒否した元慰安婦は、実は3割にも満たない少数なのだ。

今回発覚した一連の疑惑を受け、こうした事実も韓国社会で注目されつつあり、挺対協・正義連への見方が変わってきている。与党の次期大統領候補として最有力の李洛淵(イ・ナギョン)前首相が「問題を重視している」と述べるなど、もはやタブーではなくなったと言える。また、韓国メディアは検察が尹前理事長の捜査に入る方針を固めたなどと伝えている。

1991年に金学順(キム・ハクスン)さんが韓国で初めて元慰安婦として実名で名乗り出てから29年、元慰安婦を踏みにじってきたのは誰なのか、慰安婦問題はなぜ今も韓国でくすぶりつづけているのか、その答えが一連の疑惑の解明で見えてくるかもしれない。

【関連記事:「利用されるだけ利用された」…元慰安婦が支援団体にまさかの絶縁状 寄付金の不正利用と10億円の行方

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。