選挙戦の警備のあり方を大きく変えるきっかけにもなってしまった、安倍晋三元首相の銃撃事件。白昼の選挙演説中、しかも複数の警察官が身辺警護を行っていたにも関わらず、なぜ安倍元首相を守ることが出来なかったのでしょうか。当時の映像を検証すると、警備の問題点が見えてきました。

銃撃事件後、街頭演説は“厳戒態勢”に

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街頭演説中に安倍元首相が銃で撃たれた事件の翌日、菅義偉前首相は横浜駅前で応援演説を予定していました。安全面への配慮なのか、交番を背にした場所に演説の場所が設置されました。

さらに、演説開始直前には、神奈川県警の警察官らが集まり、物々しい雰囲気となりました。

演説は駅前で行われることが決まっていましたが、細かい位置などを2度変更。そして、自民党公認候補の三原じゅん子さんの演説が始まりました。聴衆から三原さんまでの距離は約2m。神奈川県警の警察官と警護担当者は不審者がいないか目を光らせていました。

菅前総理の応援演説が始まると、その周りには、壁を作るように警護担当者の姿がありました。

さらに、菅元総理が市民と「グータッチ」をする際には、その後ろで警護担当者が並んで壁を作っていました。

厳戒態勢となった参院選の終盤。戦後初めて、総理大臣経験者が凶弾に倒れた今回の事件は、選挙戦に大きな影を落としていました。

9日、奈良県警のトップ、鬼塚友章本部長は記者会見で、「警護警備に関する問題があったことは否定できないと考えており、今回の事態が生じてしまったことに対する責任の重さを痛感しております」と述べ、警備の不備を認めました。では、その不備とはどのようなものだったのでしょうか。

安倍元首相の背後へと移動する容疑者

選挙演説中に起きた今回の事件は、現場に居合わせた聴衆によって多くの映像が撮影されていて、そこには、発砲直後の容疑者の様子や、容疑者確保の瞬間、2発の銃弾が撃たれた際の周囲の様子が克明に捉えられていました。めざまし8は、複数の専門家とともに複数の映像を分析。すると警備の“違和感”が見えてきました。

7月8日の午前11時半ごろ、街頭演説を行っていた安倍晋三元首相。周囲には多くの聴衆が取り囲み、演説に耳を傾けていました。

場所は、奈良市の近鉄・大和西大寺の駅前。安倍元首相は道路の中央にあるガードレールに囲われた場所に立ち、演説していました。

安倍元首相から向かって右手から撮影された映像をよく見ると、安倍元首相が壇上に上がる際、後方で拍手する山上容疑者が映っています。このとき、安倍元首相と山上容疑者の間には、時折車が通過する様子が映っています。このことから、演説開始時には山上容疑者は、安倍元首相の演説場所から道を隔てた反対側にいたことがわかります。

応援演説開始から1分12秒後、右側へ移動し、画面から消えた山上容疑者。安倍元首相はその後もこぶしを突き上げながら聴衆に向かい弁を振るっています。そして山上容疑者が画面から消えて1分5秒後、激しい発砲音とともに1発目の銃弾が発射されました。そして、1発目の銃声から、2秒半後、同じような大きな発砲音ともに2発目の銃弾が発射されました。その直後、警護をしていた警察官らが、山上容疑者をその場で取り押さえました。

背後は警戒せず?警備の目は聴衆の方向へ

さらに、警護の様子と、銃弾を発射したときの山上容疑者の位置がわかる映像もありました。

今度は安倍元首相の向かって左側から撮られた映像です。銃撃前のこの段階では、山上容疑者の姿は映っていませんが、警備の男性が前方や側面に目を光らせているのがわかります。側面を警戒していた警察官は、時折後方にも目を配りますが、すぐに聴衆がいる前方から側面へと目を向けます。映像を見る限り、常に背後を警戒している人はいないように見えます。

そして1発目の銃撃。安倍元首相のすぐ後ろに、1発目の銃弾を発射した山上容疑者の姿が映っていました。

警察官が身を挺して守るも…無防備にさらされた安倍元首相

さらにこれは、安倍元首相の向かって右側から撮影されたとみられる映像。この映像からは、銃弾が発射された際の安倍元首相の様子と警察官ら、周囲の人の動きを知ることができます。

1発目の射撃音で安倍元首相が後ろを振り返ります。このとき、周囲を見てみると大きな音と煙でしゃがみ込む人や後ずさりする人の姿が。そして、ほぼ同時に山上容疑者へ一斉に向かう警察官らの姿が捉えられていました。

しかし、2発目の銃弾が発射されるのとほぼ同時に2人の警察官が、山上容疑者の前に割って入り、身を挺して守ろうとしています。そのうち1人は防弾カバンを高く掲げているのがわかります。さらに別の警察官が山上容疑者に向かって走っていく様子が捉えられていました。

また、映像をよく見てみると、応援に駆けつけていた小林茂樹衆院議員が、2発目の銃弾が発射された直後、すぐ隣にいた候補者の佐藤啓さんを抱きかかえるように避難させています。

しかし、警護の警察官が立ちはだかっても、1人だけ一段高い演台に立っていた安倍元首相の上半身は、無防備にさらされているのがわかります。

現場にいた自民党現職の佐藤啓さんは、当時の状況について「私は安倍元総理の左横におりましたので、後ろで何かタイヤがパンクをしたのか?何かガスが爆発したのか?私も大変混乱をしておりました」と話しました。

「背後の警戒を怠っていた」専門家が見た警備体制の違和感

有権者との距離が近い演説中、銃撃を防ぐことはできなかったのでしょうか。

これは6月30日、愛媛県での安倍元首相の応援演説の様子です。今回の奈良県での遊説と同じく周囲が360度見渡せる、屋外での街頭演説でしたが、このときの様子を見てみると、安倍元首相の両脇に警察官らしきスーツ姿の男性が2人。さらに安倍元首相に背を向け、常に後方を警備する警察官の姿もありました。

しかし、今回の映像からは、常に安倍元首相の背後を警戒する人は確認できません。要人警護に詳しい、元警視庁警備部特殊部隊所属の伊藤鋼一さんは、「今回は一部のSPしかいないというのは私も見て感じましたので、やっぱり不十分だなと感じました。演説を聞いている人たちがこの辺にいますから、この人達に注視してて背後は一切警戒を怠っていたっていうのがあったんでしょう。一番大きなことは、ここに一般の警備会社の警備員を立たせている。それと、車が自由に行きかっているっていうのに違和感があります」と、警備体制に違和感を覚えたといいます。

また大日本猟友会の佐々木洋平会長は、“手製の銃”の煙に着目し、「おそらく黒色火薬と言って、質の悪い火薬なんですが、黒色火薬だから威力がないし、近くで撃たないとダメだった」と指摘しました。命中精度が高くないため、至近距離から発砲したというのです。

そして山上容疑者への対応について、伊藤鋼一さんは「車道に出た時点で制するべき。道路交通法違反でも名目は何でもいいわけですから。(1回目の発砲後も)今回直近のSPが元首相を伏せさせたり覆い被さるという動作がなかったので、非常に未熟」と指摘しました。

銃が厳しく規制されている日本で起きた今回の事件。長く続いた日本の安全神話は崩れ始めているのでしょうか。

(「めざまし8」7月11日放送)