またもや「突然」かつ「わかりにくい」市政府発表

5月30日午後6時前。3月28日から続けてきた事実上のロックダウンに関し、上海市政府は、過去10日間に感染者が出ていない居住区の市民2200万人あまりについて「6月1日午前0時以降、市内各地の行政機関などは、いかなる理由があっても居住区における住民の出入りを制限してはいけない」とする通知をネット上で発表した。
2200万人という数は上海市全人口の9割程度にあたるが、通知が「外出制限を解除する」といったシンプルな書きぶりではなかったため、「結局のところどうなるのか?」と半信半疑の市民も多かった。

実際、“ロックダウン”開始の際も、突如ネット上で通知されるというあまりに軽い宣告手段で、当初は大規模PCR検査のため4日間市民の外出を制限するという形だった。それがまさか60日あまりの封鎖生活になろうとは、誰も想像もしていなかったからだ。

記者の居住区入口に設置された柵(3月28日午前5時撮影)まさか60日以上もの“付き合い”になるとは…
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また、封鎖期間中に居住区の陽性者ゼロの期間が一定期間(当初は14日間だったが5月中旬以降は10日間)を過ぎると近場への外出は可能になるはずだった。しかし実際は、陽性者が出た時の責任追及を恐れてか、街の行政機関があの手この手で規制を上乗せした。外出可能になるための必要期間が過ぎていても住民がしつこく要求しない限り外出許可証を出さない、あるいは「近くの居住区で最近陽性者が出た」などといった、政府発表の中では聞いたこともない要素を勝手に上乗せして、市民の外出を事実上阻止するケースが相次いだ。

当時、上海市政府は連日の記者会見で外出可能になったエリアの人口数を発表していた。市民の7割、8割……とその数は日に日に増えていったが、現実が全く伴わない街の様子に「政府発表はウソだ」といった市民の批判も日に日に高まった。
5月24日には地元メディアの上海テレビが取材記者と専門家による2元中継の形で「街の行政機関は陽性者発生を懸念して防御策を取るのではなく、市民の立場に立って対応するべきだ」という趣旨のニュースを20分ほど放送していた。当局を批判する報道は中国では異例で、いわば“身内”からも対応の統一感のなさに苦言を呈された形だ。

こうした批判に配慮した結果、「わかりにくい通知」になったと思われる。しかし、6月1日に市民の9割程度が本当に外出の自由を手にできるのかは、フタをあけてみないと分からない状態だった。

初の外出許可時に撮影 閉鎖中の店舗にはこんな赤テープが貼られていた(5月26日)

迎えた6月1日“解除”

措置の解除対象となった市内各地では、封鎖の象徴になっていた柵などが撤去された他、外出許可証は不要になった。未明だったこともあってか、記者が住むエリア周辺では静かにその時を迎えた人が多かったようだが、繁華街が多い市の中心部では“解除”と共に街へ繰り出す人の姿もあった。にわかに“野外酒場”のような場所も発生し、歓喜の祝杯を挙げる人々で現場は早速、密になっていた。

“野外酒場”と化した現場 長期に及んだ封鎖生活の反動か(6月1日午前0時半頃)

そして夜が明けて公共の交通機関が運行を再開した。私は通勤で使っている地下鉄の駅に向かったが、ラッシュアワーの時間帯にも関わらず道路も地下鉄の駅構内、地下鉄車両内も人影はかなりまばらだった。未明の「歓喜」とは対照的な街の様子に正直驚いた。こうした中、地下鉄駅で目についたのが、乗車するために読み取ることが必要な陰性証明提示のためのQRコードだ。
スマートフォンのアプリを開いてQRコードをスキャンすると、自分の現在地と直近に受けた検査の陰性証明が表示される。陰性証明が検査サンプルを採取された時間から72時間以内のものであれば乗車できる決まりだ。

同様の陰性証明の提示は、職場の入居する建物やスーパーなど営業している店内、公共の施設に入る際にも必要となる。結局のところ自分の行動が全て公のシステムに登録されることになるため、感染対策のためとはいえ、当局による個人の行動監視に利用される懸念はぬぐえない。
また場所によっては「48時間以内の陰性証明」が求められるケースも出てきていて、政府が「72時間以内」とする中、またも統一感の無さが表面化している。検査結果が出るまでの時間も10時間前後で出る場合もあれば1日以上経っても未判明の時もあり、こちらもよく言えばケースバイケースだ。結果が出るまでの空白を埋めるためだろうか、上海市政府は6月5日夜に、公共の交通機関などについて「24時間以内に検査を受けたこと」を示せば入場可能とする追加措置を発表した。
基本的にあらゆる場所で陰性証明が必要な日常は、“ロックダウン”前の上海には無かった。まさかの入場不可リスクを避けるため、毎日検査を受けている人も相当数いる。検査を受ける手間とストレスは“ロックダウン”中と変わっていない。

地下鉄の駅構内に設置されたQRコード

「陰性証明」は通行手形 市民の脳裏に刻まれた封鎖生活のトラウマ

いずれにせよ、今の上海市民にとって陰性証明の経過時間は、外出の自由を担保するための死活問題である。そして当然のことながら、有効期限切れの通知はこない。朝外出する時は問題なかったが、気づかぬうちに公共の交通機関に乗れなくなった、または仕事で訪問先を訪ねることができないといったことも起こりうる「自己責任」が課せられている状態だ。

そんな不安が常に付きまとうがゆえに、街に設けられている検査スポットから日中に人波が消えることはほぼ無い。なかには数時間待ちの行列ができているところさえある。待っている間に感染してしまうのではないかという不安の声はもちろん、今回の“ロックダウン”でオミクロン株の感染力を思い知った上海市民からは、検査をするから感染者がゼロにならないのではないかと、ゼロコロナ政策に対し逆説的な批判も高まっている。

街のPCR検査スポットには至るところで行列ができている(6月1日午前9時頃)

こうした中、実質的解除翌日の6月2日には解除対象になっていた複数の居住区で、早速新たな市中感染者が判明した。当該地区はたった1日でまた封鎖に逆戻りとなった。当日、このうちのひとつを訪れたところ、現場では封鎖用の柵が増強されていた他、再び設けられた柵の中から呆然と外を眺める人たちの姿もみられた。
そんな様子を撮影していたところ、公安当局者が近づいてきて取材班は身元確認などのための職務質問を受けた。この地区で陽性者が出たと政府が発表したのはこの数時間後で、公式発表前だったせいもあるのかもしれない。普段の職務質問で必ず提示を求められる「記者証」と「パスポート」に加え、「撮影許可証はあるのか」とも問われた。また、現地に上司を呼んだので取材内容を説明してほしいと求められ、最後は4人ほどの公安当局者に囲まれる形になってしまった。結局、その場に30分ほど足止めされた。

取材中に職務質問を受ける 再封鎖された地区付近では公安当局が警戒 (6月2日午後2時半頃)

当局のピリピリムードを直接肌で感じたこの日、市内の別の場所にある大型商業施設では勘違いによるとされる騒動も発生した。突如、出入り口を閉じた上での館内消毒が始まり、封鎖されると考えたテナントのスタッフなどが猛烈な勢いでエスカレーターを降りるなどして出口に向かったのだ。
消毒が行われた理由について、施設側は感染対策の規定に基づくものと説明、この日午後には営業再開となったので脱出を試みた人たちはことなきを得た。ネット上では「感染者の立ち寄り先だったのではないか」などといった様々な憶測が流れていたが、いずれにせよ、長期の“ロックダウン”を経験した市民にとって突如出入り口が塞がれることは恐怖でしかなく、今回の脱出騒動はこれを象徴する出来事だといえよう。

閉じられた出入り口を前に人々は何を思ったのだろうか…(6月2日午前・中国SNSより)

いつ封鎖生活に逆戻りしてもおかしくないというトラウマが街に蔓延する中、「社会生活への復帰」に加え「まさかの感染」への不安もあいまって、「解封式社恐(=封鎖解除に伴う対人恐怖症)」という言葉が話題になっている。果たして、今回の実質的解除を市民が心から喜べる日はくるのだろうか。

“ロックダウン解除”翌日に再び封鎖された地区(6月2日 午後2時半頃)

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走

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