バイデン大統領の失言?

始めに、それ程の驚きを感じなかったことに触れる。

日本訪問中、アメリカのバイデン大統領は、岸田総理との共同記者会見で、アメリカの記者に「台湾有事となった場合、貴方は台湾の防衛に軍事的に関わる用意がありますか?」(Are you willing to get involved militarily to defend Taiwan, if it comes to that?)と問われ「イエス、それが我々の誓約だ」(Yes. That’s the commitment we made.)と応えた。

バイデン大統領と岸田首相の共同会見
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確かに一部では驚愕したという声もある。しかし、同様の発言は、就任以来、これでもう三度目だ。発言後、ホワイトハウスの当局者や関係閣僚、場合によっては、ご本人が火消しに回るのも毎度のことである。

もはや驚くに当たらない。いくら失言癖のあるバイデン大統領とは言え、発言は確信犯的と考えるのが普通である。

台湾有事に関するアメリカ政府の“曖昧戦略”は公式には変わっていないようだが、周りが何と言っても、現職大統領本人の発言は重い。その可能性は極めて低いが、少なくともバイデン政権下で台湾有事が起きれば、アメリカは軍事的な支援に乗り出すのだろうと想像するのは自然である。ここまで言って、一朝有事の際に何もしなければアメリカの威信は地に墜ちるからでもある。

今回の日韓訪問と一連の首脳外交の主要目的である対中けん制という観点から見れば、バイデン大統領のこの発言こそが最大のけん制になったと評価すべきかもしれない。

また、対中けん制ですぐ目に見える効果を上げそうなことと言えば、米韓が合同軍事演習を拡大して実施する方針で一致したのも大きい。

韓国・尹錫悦大統領とバイデン大統領

勿論、これは一義的には北朝鮮に対する圧力強化の一環なのだが、拡大された合同演習で高まるアメリカ軍のプレゼンスは、当然、中国に対するけん制になる。

アメリカ政府のアジア政策に詳しいワシントンの専門家は「尹錫悦政権発足から間もないこの時期にソウルを訪問したのは文政権時代に必ずしも上手く行かなかった米韓の連携を立て直すためだ。今後拡大する合同演習とアメリカ軍のプレゼンスはKJU(金正恩総書記)に圧力を加え、XJP(習近平国家主席)抑止する効果を発揮するだろう」と述べている。

ワシントン・ポスト紙記者の驚きの質問

筆者が驚きを禁じ得なかった話にそろそろ移る。

それはソウルで執り行われた共同記者会見で飛び出した。

両大統領の冒頭発言に続き、米韓双方の記者が二人ずつ質問を許されたのだが、アメリカ側の二人目の記者の質問が、日韓関係に関するものだったのだ。

長くなるので詳細は省くが、要は「悪化している日韓関係をどうするつもりですか?」とワシントン・ポスト紙の女性記者がバイデン大統領に尋ねたのである。

バイデン大統領と尹錫悦大統領(ソウル・5月21日)

マニアックになるのを承知で説明すると、アメリカの記者も最大の関心事は多くの場合内政問題である。首脳外交の場であろうが外遊中であろうが、そんなことはお構いなしにアメリカの内政問題の質問ばかりを投げ掛けることも珍しくない。ワシントン特派員を5年務めた筆者はそんな場面に嫌と言う程遭遇して来た。

しかし、この時、ワシントン・ポスト紙の記者は、アメリカ国民を困らせているインフレ問題でも、現在大問題になっている粉ミルクの不足問題でも、韓国訪問のメインテーマであるはずの北朝鮮問題でも中国問題でも、そして、ウクライナ戦争関連でもなく、アメリカから見れば、同盟国とは言え他国同士に過ぎない日韓の関係について尋ねたのである。

前代未聞だった。

バイデン大統領の応えは、要は「その問題について我々は一般論として話をした。東京でも話をする。アメリカ・日本・韓国三か国の緊密な関係は極めて重要である」などというもので具体的な話には踏み込まなかったのだが、文政権下で悪化した日韓関係が、アメリカの記者達にさえこれ程注目されていることに筆者は驚愕したのである。

そこで、先にご登場願った専門家氏に訊いてみた。応えは以下のようなものであった。

「日韓関係がワシントンで相当な注目を集めているのは紛れもない事実だ。今、ワシントンで議論になっているのは、アメリカはどのようにこの問題の解決に資するべきかで、私自身は両国に関係改善を促しつつも、日韓の交渉には直接関与すべきではないと考えている。一部にはもはや仲裁に乗り出すべきという意見もあるが、それはリスキーだと思う」と言う。

そして、日本の一貫した立場と国内感情について「アメリカの専門家達は皆、当然、それを知っている。しかし、必ずしも賛同している訳ではない。難しい内政事情を抱えているのは尹政権も同じだ」と中立的な立場を維持すべきとの考えがワシントンで大勢を占めていることを示唆した。

想像するに、対日関係となるとやたら力を入れる韓国の外交官達がアメリカ政府の関係者達にさんざ泣き付いたせいもあると思うが、それはさておき、日韓の関係改善がバイデン大統領自身の関心事にもなっていることは明白であった。

そして、東京においても、表に出ているレベルでは具体的な話にまで触れられることはなかったが、日米首脳共同声明に「岸田総理及びバイデン大統領は、韓国の新政権発足を歓迎し、安全保障関係 を含む、日本、米国及び韓国の間の緊密な関係及び協力の決定的な重要性を強調した」と記された。

これが何を意味するかと言うと、確認した訳ではないが、日韓の首脳は、今後、関係改善に取り組むことを、それぞれバイデン大統領に事実上約束したと考えるべきだろう。

具体的にどのような落しどころを探るかは、それぞれ腹案はあっても、これからの話し合い次第になるはずだ。しかし、対北・対中の連携を強化するに当たって、日米韓三か国の結束が重要なのは間違いない。先の専門家氏によれば日本は「戦略的な利益・国益を追求し韓国との妥協も受け入れるのか、それとも感情を優先するのか」問われることになるらしい。

いずれにせよ、日本外交の知恵がすぐに試されることになるのは間違いない。

バイデン大統領に関して危惧すること

長くなった。もっとも危惧する点に話を進める。

それはバイデン氏の高齢問題である。そして、後継問題である。

日韓訪問中のバイデン大統領の所作を映像で見る限り、やはり老いは隠せない。

日本・韓国との首脳会談、IPEF、QUAD、インドや豪州との首脳会談、拉致被害者家族との面会、日韓での米軍基地訪問などなど、バイデン大統領は矢継ぎ早の行事を見事にこなした。これらの会談・行事がカバーした内容は実に膨大、多岐に亘った。

拉致被害者家族と面会するバイデン大統領

ウクライナでの戦争や様々な内政問題を抱える中、これらの膨大な仕事をこなしたバイデン大統領には、対中連携を構築する多国間外交に掛ける、それだけの意欲・熱意があったということなのだが、しかし、これがいつまで続くのだろうかと案じざるを得ないのである。

日米豪印「クアッド」首脳

特に24年の次の大統領選挙で、あの御仁が復活したら一体どうなるのだろうかと不安がもたげてくる。トランプ氏は部下達から送られてくるブリーフィングメモでさえ、まともに読まないことがあったという。多国間の複雑な外交も好まなかった。

彼が復活したら、厳しい対中姿勢こそ多分維持するだろうが、今回、バイデン政権が注力したようなマルチ外交に真剣に取り組むとは到底思えない。アメリカ・ファースト路線を突き進まれたら、バイデン政権が推し進めて来た外交路線はほとんど御破算になる恐れさえある。

トランプ大統領 史上初の米朝首脳会談(2018年)

鬼が笑うかもしれない。しかし、荒唐無稽と言い切れることでも無い。

こうした点からも日本外交の知恵が問われることになってしまうのかもしれない。

そう危惧するのである。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎


フジテレビ報道局解説委員。1989年?ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年?ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。

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