ロシアのウクライナ侵攻とそれに伴う対ロシア経済制裁は、原油価格やその他の物価が上昇というかたちで日本を含む全世界に影響を及ぼしている。

ウクライナ・マリウポリに展開するロシア軍(3月28日)
ウクライナ・マリウポリに展開するロシア軍(3月28日)
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ロシア・中国と協力関係進めるサウジ・UAE

主たる原因のひとつは、ロシア産原油の禁輸に伴う原油の供給不足だ。国際エネルギー機関(IEA)は3月16日、主要産油国が増産を始めない限り世界経済はここ数十年で最大の供給危機にさらされる可能性があると警告した。

ロシア産原油の禁輸を決定した米国はサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)に原油増産を働きかけているが、両国とも石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなど非加盟国で構成する「OPECプラス」の生産協定を堅持すると述べるにとどまっている。

これだけではない。サウジ、UAEの両国はロシアのウクライナ侵攻後、ロシアおよび中国との協力関係をこれまで以上に積極的に進めている。

サウジにとって中国は一番の原油輸出先であるが、中国に販売する原油の一部を人民元建てに切り替える方向で協議中だと米「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が報じた。習近平国家主席は早ければ2022年5月にサウジを訪問するとも伝えられている。

UAEは国連安全保障理事会におけるロシア非難決議で棄権、UAE外相はその後モスクワを訪問し、ロシアのラブロフ外相との共同記者会見で、世界のエネルギー安全保障の改善に向けて共に協力していくと述べた。ロシアの「盟友」であるシリアのアサド大統領もUAEを訪問した。

UAEのアブドラ・ビン・ザイド外相とロシアのラブロフ外相(モスクワ 3月17日)
UAEのアブドラ・ビン・ザイド外相とロシアのラブロフ外相(モスクワ 3月17日)

“最大の脅威はイラン” 核合意再建目指すバイデン政権に不満

サウジとUAEのこうした動きの背景には、中東における最大の脅威はイランであり、イランおよびイランの代理組織から自国を防衛することこそが安全保障上の最大の課題だという共通認識がある。サウジもUAEも米国の同盟国である。ところがバイデン政権は、同盟国であるサウジやUAEの利益を鑑みてイランという脅威を排除するどころか、イラン核合意再建のためにイランと交渉し、対イラン制裁を徐々に解除するなどして、イランの力を増大させている。

サウジは2019年以来、毎日のように自国の空港や石油関連施設などに対し、隣国イエメンを拠点とするイランの代理組織フーシー派から弾道ミサイルやドローンによる攻撃を受けている。サウジアラビア国営石油会社アラムコの施設が攻撃され、原油生産量が一時的に低下する事態も既に発生しており、アラムコのCEOは今後もフーシー派の攻撃により原油供給が影響を受ける可能性に言及している。

フーシー派は今年に入り、UAEに対しても攻撃を開始し、死者も出ている。トランプ前政権はフーシー派をテロ組織指定したが、バイデン大統領は就任してまもなくその指定を解除し、サウジやUAEがいくら再指定を要求しても「検討中」だとやり過ごしている。

フーシー派の攻撃を受けたアラムコの施設(サウジアラビア・ジッダ 3月25日)
フーシー派の攻撃を受けたアラムコの施設(サウジアラビア・ジッダ 3月25日)

サウジ通信は3月21日、フーシー派による自国の石油施設に対する攻撃によって生じる国際市場への石油供給不足の責任は負わない、と同国外務省当局者を引用して報じた。バイデン政権に対する不満と憤りを象徴している。

サウジやUAEは必ずしも米国との同盟関係を捨て、ロシアや中国の側にコミットしたいわけではない。先日もサウジは米国からパトリオット・ミサイルの引き渡しを受けた。UAEは2021年11月、UAEの港湾に中国が軍事施設と疑われるものを秘密裏に建設しているという米国からの警告を受け、これを中止させた。UAEには中東最大規模とされる数千人規模の米軍兵士が駐留している。

対イラン「中東版NATO」構想

サウジやUAEが目指すのは、全方位外交による自国および中東地域の安全保障の確立だ。このことは、これら諸国とイスラエルとの急速な関係強化からも見てとれる。

3月末にはイスラエルでエジプト、UAE、バーレーン、モロッコというアラブ4カ国の外相と米ブリンケン国務長官を交えてのネゲブ・サミットが開催され、イランの脅威に対抗するための地域安全保障、防衛同盟について協議された。イランを牽制する上でもはやアメリカは頼りにならないと見切った彼らの念頭には、サウジやバーレーンなども含めた中東版NATOの構想もある。

バーレーン、エジプト、イスラエル、モロッコ、UAEの外相とアメリカのブリンケン国務長官(イスラエル・スデボケル 3月28日)
バーレーン、エジプト、イスラエル、モロッコ、UAEの外相とアメリカのブリンケン国務長官
(イスラエル・スデボケル 3月28日)

2020年にアブラハム合意でアラブ4カ国と国交正常化したイスラエルは、2021年11月にはモロッコと、2022年2月にはバーレーンと安全保障協定を締結した。イスラエルのガンツ国防相はこれらについて、地域全体の安全保障強化のための協力を可能にするものだとしている。中東のニュースサイト「アル・モニター」は「新しい中東NATOが目の前で形作られている」という当局筋の発言を報じている。

イスラエルのベネット首相は2022年1月、たとえイラン核合意が再建されようとイスラエルはそれには縛られない、米国だけでなく他とも同盟関係を構築し、イスラエルを攻撃する「タコの足」と格闘するだけでなく「タコの頭」を叩く必要があると述べた。「タコの足」とはヒズボラやハマスといったイラン代理組織であり、「タコの頭」とはイランのことである。

中東の対立構造はもはや、イスラエル対アラブ諸国ではない。「力による現状変更を現在進行形で実践しているイラン」対「中東地域の安全、安定、国家の主権、独立を保持したいその他諸国」というかたちへの地域再編が進んでいる。

世界は二極化ではなく多極化している。多極化した世界秩序の中で国益を守るためには、「どちら側」とも取引をしなければならないと考える国が少なくないという現実は、日本にも従来の外交や政策の再考を迫っている。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。