4日に開幕した北京パラリンピック。元高校球児が不屈の闘志でつかんだ夢舞台への切符。その物語に迫る。

クロスカントリースキー森宏明

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武器は世界トップレベルのスタートダッシュ。北京パラリンピック初出場の切符をつかんだクロスカントリースキー(座位)代表・森宏明、25歳。

「パラリンピックが現実のものとなって感無量です」

森が出場するのは、座位と呼ばれるシットスキーに乗ってレースをする種目だ。野球に明け暮れた高2の夏に自動車事故によって両足を切断。そんな逆境にも立ち向かい義足をつけて復活した。

「監督から『森の居場所は野球部だから一緒に戦ってほしい』と言われ続けました」

翌年の高3夏の地方大会では、ベンチ入りまで果たした不屈の闘志の持ち主だ。そしてクロスカントリースキーへと競技を変え、ついにはパラリンピック出場までつかんだ。

両足切断の元高校球児の挑戦

2月9日、森は東京・板橋区にある母校の淑徳高校を訪れた。出迎えたのは恩師で野球部の中倉祐一監督。中倉監督は「パラリンピック出場おめでとうございます。一番大きなお土産を持ってきてもらって良かったです」と目を細めた。

高校時代は1年生から試合に出て活躍。高2の夏、新体制となったときには主将にも任命された。しかし夏休みの終わりにさしかかった頃だった。森は当時をこう振り返る。

「建物のそばにいた自分の所に車が突っ込んできて、その場で両足がちぎれちゃったという事故です。『もう野球できないな』というのが一番最初にくる感想で、その瞬間が一番悲しみのピークでした。病院に着いてからは安心感というか『無いものは仕方がない。起きちゃったことは仕方がない』と切り替えは早い方だったかなと思います」

森は6カ月にわたる入院・リハビリも持ち前の前向きな気持ちで乗り越えた。その後、野球部にも復帰するが以前のようにプレーができない。そんな姿を見た中倉監督は、ある提案をした。

「選手という意味では当然ハンディがありますから、出られないんですけど、役割としてもぜひグラウンドに立ってほしい。ベンチにいるだけでなく、試合前にシートノックをしてもらったりとか提案しました」

ベンチ入りした高校最後の夏。甲子園の夢は叶わなかったが、試合前のシートノックでチームに貢献した。

「もう一回野球に戻れた。みんなが最後負けて泣き崩れている中、僕は逆に野球に区切りがついた。すっきりとした気持ちだった」

クロスカントリースキーとの出会い

野球引退後、パラスポーツに興味を持ち、いくつかの競技を体験した。そんなとき、ある人から誘いを受けた。それはノルディックスキー日本代表のチームリーダー荒井秀樹さん。

「今まで森選手は野球を続けてきましたが、スキーは腹筋・背筋・体幹の力も必要になってきます。そういった意味では森選手は野球の経験があるので、非常に可能性があるかなと見ていました」

森はパラリンピックという新たな夢を目指すことを決意した。未知のスポーツだったが、そこは根っからのスポーツ好き。すぐにのめり込んでいく。

下半身強化で得た武器スタートダッシュ

クロスカントリースキーの座位は、18km、10km、スプリント(約1km)と距離によって3つの種目がある。森が得意なのはスプリントだ。スプリントは予選12位以内で準決勝に、準決勝6位以内で決勝に進むことができる。始めた頃はなかなか結果を残せず、W杯では予選落ちが続いた。しかし、昨季あることに気づいた。

「スキーの動作の中でも座っていても、下半身の勢いを使って推進している意識があった」

座位のスキーは上半身で推進しているように見えるが、実は下半身も重要な要素となる。下半身を鍛えたことで世界トップクラスのスタートダッシュを手に入れた森。成績もアップし、2021年12月、初の準決勝進出を決めたことで北京パラリンピック代表に内定した。普段は新聞社で働く森。仕事と競技の両立という厳しい環境の中での価値ある代表の切符だった。

母校で後輩に伝えた思い

2月9日、母校・淑徳高校で行われた壮行会。パラリンピック出場という夢を実現させ、全校生徒を前にこんな思いを伝えた。

「僕ちょうど今ここにいるみなさんと同じくらいの時期に事故をして、目に見えてわかる形で挫折経験をしてきましたが、起きちゃったことは仕方ないし、やりようを考えましょうという感じで、結構悪いもんじゃないと思うので、最終的に皆さんも自分が納得して自分で道を決断してください。それが伝えられることかなと思います」

先輩からのメッセージを2年生の野球部員たちはこう受け止めた。

「自分たちが野球ができていることに対して感謝しなければと思う」

「自分だったら絶対挫折してしまうと思う。そこから這い上がってきてさすがだなと思った」

「今自分ができる最大限のことは何かを考え全力を出す」これが森の座右の銘。優勝を狙うクロスカントリースプリントは今日9日。北京の舞台でその言葉通りの活躍を見せてくれるはずだ。

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