新型コロナウイルス流行下では、2つめのオリンピックとなった冬の北京オリンピック。
夏の東京大会よりも厳しいバブル方式で、「中」にいる選手や大会関係者、メディアなどと「外」の一般市民らを接触させないことが徹底されている。その「中」と「外」は全く別世界だ。

全く別世界!バブルの「中」と「外」

バブルの「中」は厳しい感染対策があるとはいえ、セレモニーや競技の様子を直接自分の目でみることができ日本人が言うオリンピックムードの高まりをまだ感じやすいのだろう。

メイン会場の通称“鳥の巣” バルブ内のため一般市民は立ち入ることができない
メイン会場の通称“鳥の巣” バルブ内のため一般市民は立ち入ることができない
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ではバブル「外」のオリンピックムードはどうなっているのか?

オリンピック開幕前後のおよそ3週間、取材で北京のバブル外に滞在し、実際に体験した中で印象に残った出来事を紹介したい。

北京中心部の繁華街に設置されたカウントダウン時計
北京中心部の繁華街に設置されたカウントダウン時計

熱狂「ビンドゥンドゥン」

先日、羽生結弦選手の4回転半ジャンプ挑戦は中国でも大きな話題になった。熱狂的なファンの中国人男性は歴史的挑戦を生中継で見届けた後、「試合に成功と失敗はつきもの。羽生選手を応援し続けます」とエールを送っていた。

そう語った彼の自宅にはおよそ5000個の歴代オリンピックグッズがある。グッズ集めに900万円ほど費やしたそうだ。そして、あるキャラクターを指さしながら「今、私はこのグッズを中国で一番持っていると報道され有名になりました」と胸をはった。

それこそが北京オリンピックのマスコットキャラクター「ビンドゥンドゥン」。

今や誰よりもどの競技よりも幅広く市民の話題になっているのは“カレ”である。その熱狂ぶりはこんな騒動も引き起こした。

羽生選手に声援を送る北京のファン(左側) 自宅に大量の「ビンドゥンドゥン」をコレクション
羽生選手に声援を送る北京のファン(左側) 自宅に大量の「ビンドゥンドゥン」をコレクション

北京市内の繁華街にあるオフィシャルグッズショップの前をたまたま通りがかった時の事。閉店前の夜の時間帯にも関わらず行列・・というか、人だかりができていた。
しばらくすると警備担当者と人々の間で言い争いが発生、警備サイドは「柵が全部壊れたじゃないか!まだ押すのか!」「周りの家や店にも迷惑でしょ!?」と、スピーカーでまくし立てている。

ショップの前が騒然とする一方で、店の入り口に目をやると、人だかりの傍らから普通に店に入っていく人たちの姿が。私も感染リスク地域を訪問したことがあるかどうかなどを示す健康コードを提示したうえで入店してみたところ、目に入ったのは異様な光景だった。

突如、オフィシャルグッズ店前で騒動発生 人だかりの周りを公安関係者がすぐに取り囲む
突如、オフィシャルグッズ店前で騒動発生 人だかりの周りを公安関係者がすぐに取り囲む

店内の商品はまばら。むしろ客が置き去りにしていったとみられる飲み残しのペットボトルの方が目立っていた。さながら「“買い物客”たちが夢のあと」である。

こんな状況なのに、そして、まもなく閉店時間なのに外にはなぜ人だかりが?店員に聞くと「売り切れたビンドゥンドゥングッズを予約したい人たちだ」とのことだった。

その後、外にでてみると公安関係者が周りを取り囲む中、人だかりは行列に“整備”され、先頭付近の人は徹夜で並ぶことでも覚悟したのか、腰かけ椅子に座り込んでいる状態に。
気温氷点下になる北京の夜の街はビンドゥンドゥングッズをめぐる熱い争奪戦の現場と化したわけだ。

騒動当時の店内 棚には商品ではなく客が放置したとみられる飲み物の容器が・・・
騒動当時の店内 棚には商品ではなく客が放置したとみられる飲み物の容器が・・・

転売目的で大量にグッズを買い漁った人も多いとされ、オリンピック自体に対する盛り上がりというよりは、ひとたび人気に火が付くと一瞬で爆発する中国の消費マインドを象徴するような出来事だった。

一般市民を“排除する”オリンピック

こうした少しずれた意味での盛り上がりを目にした一方で、一般市民がオリンピックからいわば排除されたともとれる出来事にも遭遇した。

それは聖火リレー初日のこと。今回の聖火リレーでは、感染対策などのため当局が選んだ関係者やメディアしかリレー自体を間近でみることができない仕組みになっていた。

この日の朝、我々取材班はリレーのスタート地点付近が「遠巻きに」撮影できる公道から、複数の日本メディアと共に当局者から移動を命じられた。「撮影許可がない」というのが主な理由だったが、中国にとって外国メディアの我々の身には常におこりうることなので、ある程度は予想の範囲内だ。

中央一番奥に見える人だかりがスタート地点付近とみられる
中央一番奥に見える人だかりがスタート地点付近とみられる

予想外のことが起こったのは、そんな日の午後、北京市郊外に作られたスノーボードなどが行われるジャンプ台を撮影中のこと。

ジャンプ台を見渡せる近辺のアーチ状の橋から撮影していたところ、我々取材班はバブル「中」の聖火リレーのコースの一部が、橋の上から、これまた「遠巻きに」見えることに気づいた。そして橋の上にはその様子を見に来た市民が20人ほどいた。厳格なバブル方式がとられる北京オリンピックで「外」にいる一般市民が「普通に」オリンピックを間近に感じられるいわば異例の現場を撮影できるかもしれない。

ジャンプ台と聖火リレーの様子が撮影できる「異例の現場」になるはずが・・・
ジャンプ台と聖火リレーの様子が撮影できる「異例の現場」になるはずが・・・

だが、そんな思いはすぐに打ち砕かれた。我々取材班はもちろん、期待に胸ふくらませていたであろう市民たちも全員、公安当局者からリレーの様子が全く見えない橋の袂まで移動を命じられたのだ。

橋の下に見えたリレーのコースまでの距離はどうみても10メートル以上はあり、集まった人たちが密だったかどうかと言えば、先に記したオフィシャルグッズショップ前の騒動の方がはるかに密。橋自体は広大でそもそも屋外である。

我々外国メディアはともかくとして、このケースにおいてオリンピックの象徴的な1コマを一般市民にさえも見せない理由がどこにあったのか、正直言って理解に苦しむ。

「リレーは見れなかったけど、雰囲気は感じられてよかった」と語った市民の言葉には、ある種の痛々しさすらも感じた。

聖火リレーは当局にとってそれほどまでに「敏感なもの」なのであろうか?

移動を命じられる市民 撮影を制止しようとカメラの前には公安関係者の手が・・
移動を命じられる市民 撮影を制止しようとカメラの前には公安関係者の手が・・

五輪モニュメントも遠い存在に

また中国の象徴的な場所といえば、天安門広場をイメージする日本人は多いであろう。今、広場内には今回のオリンピックのモニュメントがある。

広場内での取材自体が事実上不可能なことは知っていたので、北京滞在中の休日にプライベートで見にいくことにした。先ほどの聖火リレーを見れなかった市民ではないが「五輪モニュメントが設けられた広場の雰囲気だけでも肌で感じられたらいい」という思いで。取材班のスタッフにも一切知らせず、ルールに沿ってネット上で事前に予約を取った。

そして1人で現地に赴いたわけだが、結論からいうとモニュメントを自分の目で見ることどころか、広場に入ること自体認められなかった。

理由は私が外国メディアの記者で、オリンピック期間中に広場に入るには事前許可が必要だから。身分証となるパスポートを見せたら、数分でこちらの素性を把握された。

取材ではなくプライベートであることを入れ替わり立ち替わりやってくる公安関係者に何度も説明したが、最後にやってきた責任者風の女性は「あなたの言ってることは理解できます。でも今はルールで決まっている以上、どうしようもないんです・・・」と、もはや申し訳なさそうな表情すら浮かべていた。何かあった時の責任を取りたくない役人事情と言ってしまえばそこまでだが、大方針が決まっている以上、現場が勝手に融通を利かせられないという“どうしようもない”現実も垣間見えた。

では私が見に行こうとした天安門広場の中は、実際はどうなっているのか?

これは北京在住の一般市民が広場内で撮影した画像だ。モニュメントの後方に映り込んでいるのが天安門。2つの距離は数百メートル離れている。

天安門広場に設置されたオリンピックのモニュメント(北京在住の市民撮影)
天安門広場に設置されたオリンピックのモニュメント(北京在住の市民撮影)

撮影した市民が語った「オリンピックはどこか遠い国で行われている出来事のようだ」という言葉に、世紀の祭典と一般市民のココロの距離が凝縮されているように感じた。

後半戦突入後もパブルの「中」では熱戦が続くが、オリンピックはバブル「外」の一般市民にどのようなココロのレガシーを残すのだろうか。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走