アメリカの電気自動車(EV)大手・テスラの時価総額が1月25日、初めて1兆ドル(=約114兆円)を突破し、翌26日に発表された2021年度第4四半期(10~12月期)の決算でも売上高、純利益ともに過去最高を記録した。

予想を上回る好調の中で、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がツイッターでバイデン大統領を「国民をバカしている」と罵倒したことが話題を集めている。マスク氏はバイデン政権が進める電気自動車の促進政策に真っ向から対立するなど、双方の溝は深い。その背景にはバイデン政権を支える「労働組合」と中国によるウイグル族の人権侵害問題への対応も浮かび上がってきている。

イーロン・マスクCEO
イーロン・マスクCEO
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「テスラ抜き」…バイデン氏はGM、フォード絶賛

「みなさんがアメリカの製造業を復活させている。中西部の工業地帯は、信じられないかもしないが復活しつつある。この地域は復活を遂げただけでなく、世界で最も洗練された製造業を営んでいる」

バイデン大統領は、テスラの史上最高益が発表されたのと同じ日、GMのバーラCEOや、フォードのジム・ファーリーCEOなどを会議に招き、彼らの取り組みや、電気自動車への投資策を称賛していた。バイデン政権は「ビルド・バック・ベター(より良い再建を)」法案という、200兆円規模の看板政策を打ち上げ、気候変動対策や電気自動車の推進に取り組もうとしている。
この日開かれた会議もその一環だったが、そこに世界最大の電気自動車会社のトップであるイーロン・マスク氏の姿はなかった。この会合後にバイデン大統領が「GMやフォードのような企業は、かつてないほど多くの電気自動車を自国で製造しています」とツイッターに投稿すると、マスク氏は次のように噛みついた。

バイデン大統領とGMのバーラCEOの動画(ツイッターより)
バイデン大統領とGMのバーラCEOの動画(ツイッターより)

Starts with a T(最初はT)
Ends with an A(最後はA)
ESL in the middle
(間にはESL)

3つを足し合わせると「TESLA(テスラ)」となり、GMやフォードを絶賛したバイデン大統領に、“テスラの存在を忘れるな”と釘を刺した形だ。

イーロン・マスク氏が投稿したツイート
イーロン・マスク氏が投稿したツイート

「国民をバカに」「湿った靴下人形」罵倒の背景に労組問題

マスク氏はよほどかんにさわったのか、その後もツイッターでのバイデン氏への罵倒が止まらない。
「バイデンは国民をバカにしている」
「バイデンは湿った靴下人形だ(※使いものにならない、役立たずの意味)」

イーロン・マスク氏が投稿したバイデン大統を批判するツイート
イーロン・マスク氏が投稿したバイデン大統を批判するツイート

マスク氏が苛立つ背景の1つに「労働組合」を巡る問題がある。
労働組合は、バイデン政権の与党・民主党を支える組織の1つだが、バイデン氏が絶賛したGMやフォードは、北米に100万人ほどの組合員を擁する、「全米自動車労働組合」の最大の雇用主でもある。
バイデン政権は労働組合が組織されたメーカーの電機自動車を購入した場合には、最大1万2500ドルの税額控除を行う考えだ。これには、労働組合を保有する会社に対してアメリカ国内での雇用を維持させつつ、自らの選挙基盤も固めようという狙いがあると言える。しかし、アメリカで労働組合に加入していないテスラや、日本も含む外国の自動車会社は、現在の状況では控除の対象にはならないことから、大きな不満の声が挙がっているのだ。

2021年8月にバイデン大統領が、新車販売に占めるEVの比率を2030年までに50%とする目標を盛り込んだ大統領令に署名した際にも、テスラ以外の大手自動車会社がホワイトハウスに招待された。テスラは露骨に政権から距離を置かれている状況にあり、マスク氏はバイデン政権について「友好的な政権ではない。労組にコントロールされているようだ。」と批判し、前述の「ビルド・バック・ベター法案」にも反対の姿勢を鮮明にしている。

露骨にイーロン・マスク氏と距離を置くバイデン大統領
露骨にイーロン・マスク氏と距離を置くバイデン大統領

中国のウイグル自治区をめぐる「人権問題」も要因か

さらに労働組合の他にも、中国の人権侵害問題もテスラに影響を及ぼしている。
2月4日から開催される北京オリンピックにアメリカは、すでに政府関係者を派遣しない「外交的ボイコット」を表明。新疆ウイグル自治区などをめぐる人権問題を理由に、中国に対する圧力を強めている。1月31日のホワイトハウスの会見でサキ報道官は、外交的ボイコットについて「中国が新疆ウイグル自治区で行っている大量虐殺や人道に対する罪、その他の人権侵害に対する懸念に関連している」と強調した。

一方で、やり玉にあがっているのが、テスラが2021年末に、新疆ウイグル自治区にショールームをオープンしたことだ。アメリカ国内で、新疆ウイグル自治区で少数民族ウイグル族の強制労働によって生産されたと見られる製品などの輸入を原則禁止する法律が成立する中、テスラの行動にはアメリカ国内から猛烈な批判の声が挙がり、風当たりが強くなっているのだ。

サキ報道官も特定の企業にはコメントしないとしつつ、こう暗に批判した。
「一般的に民間企業は、中国が新疆ウイグル自治区で人権侵害を行っていることに反対すべきだ」。

テスラは新疆ウイグル自治区でのショールーム開設を発表(ウェイボーより)
テスラは新疆ウイグル自治区でのショールーム開設を発表(ウェイボーより)

イーロン・マスク氏はどう動く?擁護派は署名活動も

こうした逆風の中でも、一貫して強気な姿勢を示し続けるマスク氏。テスラやマスク氏の支持者らは、「バイデン政権の行動はテスラで働く人への侮辱だ」「テスラの努力を意図的に無視している」として反発を強める。バイデン大統領に対し、「電気自動車におけるテスラのリーダーシップを認めろ」などとするオンラインでの署名活動も始まった。2日3日時点では、すでに4万8000人以上が賛同の署名をしている。

好調な業績を背景に強気の対応をとるマスク氏だが、先行きを不安視する声も挙がっている。テスラ自体も政府の補助金を利用して成長した背景があるからだ。さらに、中国の人権をめぐる対応でも、アメリカ国内から冷ややかな目を向けられている。マスク氏が今後もバイデン政権との対立を続けるのか、歩み寄りを見せるのか、注目を集めている。

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。