学校にいた用務員の顔や名前を覚えている人はいるだろうか。

静岡県静岡市にある小学校には、子どもたちが安らぎ、時には先生も頼りにする用務員室がある。そこには学校を影で支える2人の姿があった。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。今回は第10回(2001年)に大賞を受賞したテレビ静岡の「こちら用務員室 ~教育現場の忘れ物~」を掲載する。

(※全国では「用務員」という言葉を使っていない自治体、差別用語と捉え「校務員」「管理作業員」など別の表現を使っている自治体もあります。当時の静岡県では「用務員」という表現を使い、各学校では「用務員室」とプレートを掲げていました。主人公になっている用務員さん自身も差別感を抱いておらず、職業に誇りを持っていること、表現を変えることで「用務員」が差別用語だと位置づけてしまう恐れがあるため、変更せずに使用しております。また、記事内の情報・数字は放送当時のまま記載しています)

学校の用務員という仕事

子どもたちを迎える佐々木さん(左)と杉山さん(右)
子どもたちを迎える佐々木さん(左)と杉山さん(右)
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校舎の清掃、運動場の剪定、電球の取り替え、学習机の調整、給食のお茶準備…。用務員の仕事、それは子どもたちと先生が気分よく過ごせるような学び舎をつくること。しかし、学校はとにかく広い。やってもやっても仕事は尽きない。目立たない存在だが役割は大きい。

静岡市の静岡市立城北小学校には佐々木さんと杉山さん、2人の用務員がいる。佐々木さんは1983年の開校以来ずっと、杉山さんは勤務を始めてから数年が経つ。

放課後、2人が校庭の仕事に出ている間、用務員室は5年生の女の子に占領されていた。お目当てはハムスターの「グリ」。数年前、卒業生が佐々木さんにプレゼントしたものだ。

2人とも子どもはいるが、女の子たちにタジタジの様子。塾や習いごとの時間になると帰っていく子どもたちを見送った後、佐々木さんはこう話した。

「いけないということは言うんだけど、学校で鬱憤がたまっているのを私たちにぶつける場面もあるもので。一概に全部がダメだよ(というと)けんかになっちゃう、それはしたくない」

先生と違って2人は怒らない、だからこそ、子どもたちにとっては居心地のいい場所だった。

2人は地方公務員で、静岡市の職員だ。用務員の呼ばれ方は自治体ごとに違い、技能員、校務員というものもある。用務員という呼び方が差別的だという声もある。

用務員は明治時代から存在し、1986(昭和43)年までは家族で学校に住み込んでいた。給料は先生の10分の1で、雨戸を開け、鐘を鳴らして授業の始まりを知らせる。先生の食事を支度しおつかいに行く。

明治時代の見取り図には「使丁室(していしつ)」と記されている。使丁とは雇われて雑用する人。その後、小間使いがなまり“小使いさん”となり、用務員という呼び方に変わったのが昭和30年代。

佐々木さんは子を持つ父親として、思うところもあった。

「寂しい思いをしたという気持ちがあるんじゃないかというのが、親の心配というか。胸を張って(父の仕事が)『学校の用務員』とね、誰も言えないと思うので」

“胸を張って言えない仕事”という思いは、なかなか拭い去ることはできない。先生のように専門課程を通ってきていないという思いがあるからだ。

子どもたちとの別れと出会い

卒業式が目前に迫った頃、6年生が卒業の記念に2人の言葉がほしいとやってきた。「頑張ってね」とエールを送る杉山さん。佐々木さんはアルバムに言葉をつづっている。

この季節になると、「この6年間、この子たちに何かしてやれただろうか」と、そんな思いがよぎることもある。用務員室の壁には「おせわになりました」「また来るね」といった、歴代卒業生のメッセージがある。その言葉が2人にとって、仕事を続ける糧になっていた。

用務員の2人も出席した卒業式。佐々木さんは自分の息子の卒業式を思い出していた。気分よく学べるような仕事をしてきただろうか、気持ちを引き締める瞬間でもある。

「学校でたくさん子どもを見ているんだけど、一人一人親がいて、大事に親の愛をみんな一身に集めて育てられてきたんだなと。一人一人のことを大切にしなきゃいけないなって」(佐々木さん)

式の終わり、2人は卒業生を見送った。毎朝のように交わしたあいさつもこれで終わりだ。

春休みを経て、学校は新たな出発を迎えた。親も子も期待と不安を胸に学校生活に臨む。1年生の教室では初めての給食もあり、担任の先生は配り方を教えるのにてんてこ舞いだ。

城北小学校では1年生の算数や生活科の授業に、もう一人先生を配置している。クラスを持たない教務主任を務めるのは教師歴23年の加藤先生だ。

1年生は最後まで授業に集中するのが難しく、教室を飛び出してしまう子どももいる。担任だけでは残された子どもが授業にならないので、2人制は必要なことだった。

城北小学校では月に一度、全職員で「こどもを語る会」という会議を開き、用務員の2人も出席する。クラスから飛び出す子ども、家庭に問題がある子ども、病気を持つ子どもなどの情報を共有し、担任でなくても対処をしようという狙いがある。

問題行動のある子どもの担任は「自分の力不足でクラスを飛び出してしまう」と自分を責め、時にはノイローゼに陥ることもある。そうなってからでは遅いのだ。

「関わっていいのか」先生ではないゆえの葛藤

子どもへの対応に悩むのは教師ばかりではない。用務員も同じような悩みを抱えている。

静岡市と隣の清水市(現・静岡市清水区)の用務員・事務員で対応を話しあった時には、先生の前で話せない子どもがいることも報告された。一方で先生の対応を用務員が「違うのでは」と感じても、口に出すのをためらうという声もあった。

先生には先生のやり方がある。どこまで関わっていいのか。この集まりには佐々木さんも参加したが、用務員を26年間やってきても答えは見つかっていない。

4月半ばに用務員室にやってきた5年生のMちゃん。転校してきたばかりで、学校やクラスの雰囲気がつかめず、友達ができずに悩んでいた。佐々木さんも対応に苦慮していた。

5月下旬、Mちゃんはこの日、10分ほど遅刻してしまった。クラスに行く前、用務員室にいるハムスターのグリにあいさつしていたからだ。遅れることは担任の先生に佐々木さんが連絡済み。遅刻をしてもクラスに戻ればいい、Mちゃんを優しく見守った。

同じく新学期、授業にいきたくないという子が用務員室にいた。この子は以前、学校を飛び出し、用務員の2人が家に連れて帰った思い出もある。用務員室では、2人の仕事を手伝おうとするなど素直な子どもだった。

用務員室を訪れた加藤先生は、カメラに向かってつぶやいた。

「子どもの本当の姿を知っているのは用務員さんですよ。教室の中での子どもの姿というのは本当ではない。やっぱり先生と意識した姿が。ここにくれば、『この子はこういう子だな』というのがわかる」

2人には頭の痛いことがある。用務員が全国的に減らされる傾向にあることだ。各自治体は財政難から、経費の安い民間委託に変えようとしている。

静岡市職員労働組合が実施したアンケートでは、3割の市民が用務員や給食の調理員などを「民間委託にすべき」と答えている。税金の無駄遣いだからという理由だ。静岡市も退職者の後を補充しない方針を決めている。

児童も先生も安らげる空間がある

6月、学校に植えているビワが色づいた。十数年前、子どもたちが給食に出たビワの種をまいた後、佐々木さんが大切に育ててきた。校庭では落花生を栽培する畑作りも行われ、先生たちが準備に大わらわ。佐々木さんと杉山さんが指南役だ。

その作業後、先生が慰労会を開こうと差し入れを持って用務員室にやってきた。それぞれに話し合い笑顔を見せる先生たち。ほんのつかの間でも笑える空間がここにあった。

「素敵な場だと思うよ、子どもにしてみれば。大人もそうだけどさ、安らぎの場ってほしいわけじゃない。家庭や自分の趣味でもいいんだけど、嫌なことを忘れていきたいのもあると思う。子どもにしてみれば、ハムスターと遊べば気が休まるとか。絶対僕ら(用務員)は勉強の話はしないからね。僕らもわからないから。『おじさんこの宿題教えて』なんて来ないからね。来てもわかんないって返すしかない(笑)」(杉山さん)

七夕が近づいたある日、子どもたちは短冊に願いごとを書いていた。

子どもたちは「ぱぱがねつをださないように」「ままがいつまでもげんきでいてくれますように」とそれぞれの願いを記していた。

佐々木さんたちは毎年、七夕用の竹を子どもたちにプレゼントしている。家族みんなで願い事を書いてほしいとの思いが込められたものだ。いつも子どもたちから元気をもらう、そのお礼だという。

子どもたちが帰った後、佐々木さんは友達ができずに悩んでいた転校生のMちゃんにも竹を渡した。するとそれを持ち、笑顔で他の女の子と話している。「友達が欲しい」という彼女の願いは叶いそうだ。

その後、Mちゃんは用務員室に初めて友達を連れて来たり、初めて笑顔を見せてくれたり、徐々に変わり始めた。

佐々木さんは「子どもはどんどん成長する。たくさんの人にかわいがられた分だけ優しい人になる」と言う。

「周りの友達を意識し始めれば当然、保健室とか事務室、用務員室から離れていく。クラスの子たちや委員会、子どもが活動できる場でみんなに認めてもらって、それに参加できてれば一番いい。そう思っている。だから、早く俺たちのところを卒業してほしい」

風のようにやってきて、風のように通り過ぎていく子どもたち。寂しいようなうれしいような。静岡市立城北小学校で見たのは、先生と子どもたちを地道に支える用務員の姿。

ただ、いつまでこの仕事を続けていけるのか、不安と期待の繰り返し。それでもやるっきゃない。子どもたちの元気に負けないように。

(第10回FNSドキュメンタリー大賞「こちら用務員室 ~教育現場の忘れ物~」テレビ静岡・2001年)

文部科学省が公表している「学校基本調査」によると、用務員の数は年々減り、2001年度は全国の小学校に2万4488人がいたが、2021年度は約半分の1万2614人となっている。

テレビ静岡
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