黒部川上流にある出し平ダムで行われる「排砂」。

その影響により海に異変が起きたとする地元の漁師たち。漁獲量が減少し、今までなかった「ヨコエビ」の被害が増え、骨と皮だけになった魚が網にかかるようになった。

フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。

今回は第19回(2010年)に大賞を受賞した富山テレビの「不可解な事実~黒部川ダム排砂問題~」を掲載する。

後編では、「ヨコエビ」の生態の研究なぜ黒部川河口の東側だけにその現象が起きているのか、を探っていく。

(※記事内の情報・数字は放送当時のまま記載しています)

専門家も驚く、「ヨコエビ」の増殖

黒部川河口で繁殖した小型の甲殻類「ヨコエビ」による被害。骨と皮だけになった魚が網にかかるようになり、入善漁港の漁業は壊滅的な打撃を受けていた。

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「ヨコエビ」の被害は全国でも起きているのだろうか。各都道府県が設置する水産研究機関にアンケートを送ると、41カ所から回答を得ることができた。

このうちはっきりとヨコエビの被害があると答えたのは9カ所。より深刻な被害でも網を仕掛ける時間を短縮するなど、漁師の工夫で凌いでいるのが現状で、大量発生し、漁業が成り立たないほどではないとした。

国内でヨコエビの研究者はわずか数人。広島県廿日市市の瀬戸内海区水産研究所にいる専門家を訪ねると、「(ヨコエビの被害は)それほど頻発するものではない。どうしてなのかと不思議に思う」と疑問を抱いていた。

“海の掃除屋”と言われ、通常は魚の死骸などを食べて海の循環を促進しているというヨコエビを各地で採取して調べているが、この専門家も、富山湾入善沖で発生している現象に驚き、これだけ大量のヨコエビを見たことがないと話した。

採取した「ヨコエビ」に強い繁殖力

これは黒部川河口海域だけの特異的な現象なのか。この現象を解明するため、2009年5月、福井県立大学海洋生物資源学科の青海忠久教授(当時)と研究室のメンバー(当時)が海の調査に入った。

調査をする青海教授と研究所のメンバー
調査をする青海教授と研究所のメンバー

黒部川河口海域の東西5つのポイントを調査地点とした調査では、まず水温や水質など海の基本データを計測。前日に海底に設置したヨコエビを採取するための装置を引き揚げる。

採取したヨコエビはビンいっぱいになった
採取したヨコエビはビンいっぱいになった

海底に一晩沈めて採取されたヨコエビは、多いところで推定1万5千匹。ホルマリンで固定して、研究室へと持ち帰った。

青海教授は「日没後9時から12時までの間の活動が活発。以前はこんなヨコエビの被害がなかったというし、他の海域でも刺し網の漁獲物にこれだけたかれば、刺し網自体が成り立たない」と話し、さっそく研究に取り掛かりたいとした。

青海教授は2004年にも、黒部川から押し流される土砂の調査をしていた。海洋研究開発機構の大型調査船で河口海域の海底の土砂をサンプリング。その分析の結果、黒部川の主に東側の海域に出し平ダムから出た土砂が堆積していると結論付けた。

青海教授によると、排砂で出た土砂は黒部川下流26キロの河口まで流れ、海に入ると潮流に押し流され、東側10キロ付近まで強い影響を及ぼす。流れ出た土砂にはダムにたまっていた木くずや木の葉などが混じり、大量の有機物が一気に海に流れ込んでいることに注目しているという。

青海教授の研究所で人工飼育されたヨコエビ
青海教授の研究所で人工飼育されたヨコエビ

青海教授の研究室ではヨコエビが人工飼育され、生態の研究が進められた。通常ヨコエビの繁殖行動は年1回だが、黒部川河口海域では1回に留まらず、強い繁殖力を持っていることがわかってきた。

漁師らの要請でダイバーが潜ると魚に群がるヨコエビを見つける
漁師らの要請でダイバーが潜ると魚に群がるヨコエビを見つける

黒部川の河口海域で毎月採取されたヨコエビと有機物の関係に注目しているという青海教授は、こんな仮説を立てた。

“海の掃除屋”と呼ばれ、通常は死んだ魚などをエサとするヨコエビ。一方、黒部川河口の東側の海域では排砂で土砂に混じった有機物が一気に供給されることから、何らかの要因でヨコエビが爆発的に繁殖。数が増えると、今度は死んだ魚だけではエサが足りなくなり、網にかかって逃げられなくなった魚を襲っているというもの。

さらに、土砂に含まれる有機物とヨコエビが増える仕組みを解明するため、それぞれの成分を分析。問題となっているヨコエビは、同じ有機物でもわかめなどを食べる植物性ではなく、強い肉食傾向であることがわかった。

そしてヨコエビと土砂の有機物との間に、第三の生物が介在している可能性があると青海教授は言い、その水生生物が何かを突き止めたいとした。

有識者が「排砂」の影響を検討するが…

2001年10月、黒部川の河口から20キロ上流、出し平ダムから6キロ下流に国土交通省が管理する宇奈月ダムが完成した。

出し平ダム、宇奈月ダムは同じ機能を持ち、2つのダムが同時に排砂する「連携排砂」が計画された。2009年の出し平ダムの排砂は梅雨のさなかの7月7日に行われ、前日から降った大雨に合わせて排砂された。

2009年7月7日
2009年7月7日

流された土砂は37万立方メートル。平年並みの排出量だったが、出し平ダムと宇奈月ダムで同時に排砂ゲートが開かれ、出し平ダムにたまった土砂が一気に押し流された。

作業は関西電力と国土交通省がつくる連携排砂実施機関が行い、その様子は逐一モニターされた。

関西電力北陸支社の担当者は「今回の排砂の評価についても環境調査を実施して、その結果がまとまり次第、報告したい」とした。

過去の排砂では土砂のヘドロ化が問題になったが、年1回の大雨に合わせて行うようになってから、ヘドロは一切流れていないというのが国と電力会社の公式見解だった。

下流域や河口海域では、国土交通省と関西電力による環境調査が行われた。

しかし、河口海域の漁師たちは土砂で網が埋まるため、排砂が続く3日間は出漁できない。土砂が海へ流れていく様子を見つめ、漁師の佐藤さんは「西の方には流れていかない。色が変わってわかるように、東へ流れていく。たまったもんじゃない」と憤りを露わにした。

国と関西電力は排砂の影響について、判断のすべてを第三者機関である「黒部川ダム排砂評価委員会」にゆだねた。委員は河川工学や海底地質学、生物学など11人の有識者が参加したが、報告はヨコエビなどの海底生物に主だった特徴は見られないというものだった。

ここで提供される調査データや審議の様子はすべて公開されているが、委員会では過去の変動の範囲内にあるとして、大きな影響はないと結論付けた。

そして委員会の報告を受け、国と関西電力は「排砂の影響は洪水時と変わらない、自然に近いものである」とした。

排砂が始まって以来、毎年影響なしの報告が公表され、漁師の不信は募るばかりだった。

黒部川は壮大な実験場なのか…?

ダムの土砂を毎年大量の流すことへの影響について、口を閉ざす評価委員会のメンバーの中で一人の学者がインタビューに応じてくれた。

この学者は委員会発足当時からのメンバーで、河川工学の専門家だった。

彼は「影響はある」としながらも「それがどれだけなのか、量的に把握できない。(影響が)ないのと、あるのと比べれば、何らかの影響はあるはず。それがどの程度、許容できる範囲なのかどうか。今、評価を何年もかかっているけど検討している最中。黒部川の下流の漁民には申し訳ないけど、他のダム問題を考えるときに非常に参考になる存在だから…技術者の私としては一つの技術のあり方として検討したい。ほかに応用できたらと思っています」と語った。

この専門家は、黒部川の排砂ダムが、全国に500はあるダムが抱える土砂堆積問題を解消するための壮大な実験だと暗に示した。

現場の漁師以外に誰も声をあげない状況で、今も黒部川は流れている。全国から訪れる渓流釣りの愛好家も減ってしまった。

小学校の頃からこの川でアユを釣ってきた男性は「小学生の頃はうようよ(アユが)いた。それがなくなっちゃったんです」とかつての思い出を振り返り、変わってしまった川を寂しそうに眺めた。

ダムの寿命を延ばすため、より自然に近い排砂の方法を模索する国と電力会社。前例のない排砂という実験がこの清流で繰り返されている。

環境への影響はないと公表されている一方で、漁業団体には毎年補償金が支払われていた。河口の海で起きている不可解な事実。それでも黒部川は静かに海へ流れている。

(第19回FNSドキュメンタリー大賞『不可解な事実~黒部川ダム排砂問題~』富山テレビ・2010年)

2011年4月、名古屋高裁で行われた控訴審で、漁師と関西電力の当事者間に和解が成立して裁判は終局した。2017年には黒部川ダム排砂評価委員会が「16年間の連携排砂により、排砂に関する一定の手法が確立されてきたと考えられる」として、現在運用している最新の手法やこれまでの検討の経緯、技術の蓄積を「黒部川 出し平ダム 宇奈月ダム 連携排砂のガイドライン(案)」として取りまとめた。自然現象を扱うものであることから、常に最新の知見を踏まえながら更新していくものであるとして、案を付したままとなっている。

富山テレビ
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